第23話「その可能性はたった今、否定されたところでしょう?」
部屋の空気がピンと張り詰めた。
「タイムアップ……? そんなもの、今までなかったじゃない」
『余りも話が纏まらなさすぎて、聞いているのも疲れましたのでね。……第一、こちらはそちらに呼び出された側ですよ? 聞きたいのは答えのみです。話は簡潔にまとめてもらいたいものですなぁ……』
フゥと警察の溜め息声がスピーカーから漏れてきた。
『……犯人の名前を挙げて下さい』
部屋の中が、しぃんと静まり返った。
「こいつだ! 清澄が殺人犯人だ!」
性懲りもなく、眼鏡の男は唾を飛ばしながら叫んだ。
『虚偽通報は犯罪です。犯人を挙げて下さい……』
──ところが、警察はその結論を認めてはいないようだ。再度、犯人の名前を挙げるように求めてきた。
「だから、清澄だって……」
『その可能性はたった今、否定されたところでしょう? 遺留品に指紋がなかったんですから』
「え、いや……。そんなのは、手袋でもなんでもしていて誤魔化せるじゃないか!」
『しかし、遺留品についた指紋は犯人のものなのですよね? だとしたら、手袋をしていたなら指紋は残らないのでは?』
なんだコイツは──と、眼鏡の男は唇を噛んだ。
さっきからこの警官は、どちらの味方だというのだ。清澄に肩入れして、公平性などまるでないように思える。
──まぁ、いい。
眼鏡の男は湧き上がってきた怒りを抑えるべく黙ることにした。
そもそも、自分が犯人の名前を挙げてやる必要などないのだ。
討論は有耶無耶になってしまったが──どうせ、それで困るのは通報者である清澄だけなのである。
このまま犯人の名前を答えられなければ、虚偽通報として清澄が罰を受けるだけだ。別にここで黙っていたところで、自分が何か不利益を被るわけでとない。
『それでは虚偽通報者を罰します』
清澄が俯いたまま何も言えなくなっていたので、警官はそう判断したようだ。
清澄も、眼鏡の男を陥れてやりたかっただろうが、実りのある話は何もできなかった。
──眼鏡の男は勝ち誇ったかのような笑みを清澄へと向けた。
清澄は悔しそうに拳を握って震わせ、唇を噛んだ。
この勝負はどうやら、眼鏡の男に軍配が上がったようである──。
『それでは……眼鏡の男を刑に処します!』
「は、はぁっ!?」
──ところが、虚偽通報者として名前が挙がったのは清澄でなく眼鏡の男であった。眼鏡の男はポカーンと口を開けて、思わず呆けてしまう。
『虚偽通報の上に虚偽申告……重罪です』
警察が責めるような口調で眼鏡の男を咎めた。
「そんな……。な、なんで僕が……?」
『議論中に、ご自身で主張なされたでしょう。自らが通報者であることを……』
「そ、それは……」
自身の発言が思い返された。
──ああ、そうだとも。清澄の名前で通報させてもらったのさ。……しかし、まさかこうも上手くいくなんてね。
確かにその通りであった。清澄に炙り出され、まんまと眼鏡の男は自身が通報者であることを打ち明けてしまっていた。
「そんな……」
眼鏡の男は爪を噛みながらブツブツと呟いた。
「なんだ、そんなこと……いや、確かに、あの状況であの発言は、自分自身の首を絞めるだけでは? だが、タイミングとしては……」
何やら分析をするように眼鏡の男は呟き始めた。
──しかし、それは単なる現実逃避に過ぎなかった。
この後に自分の身に襲い掛かる恐怖から目を背けているだけであろう。
『虚偽通報により逮捕致します……プッ!』
スピーカーから流れていた声が途切れた。
──部屋の扉が乱暴に開け放たれ、制服姿の警察官たちが現れた。
猪──豚──鯨のお面を被った男たちである。
一体、この警官たちは何人居るのであろうか。お面の種類も、実に豊富である。
制服警官たちは眼鏡の男を取り囲むと、それぞれ身構えた。
「な、何だお前ら……。僕だって、簡単に連れて行かれはしないぞ!」
眼鏡の男も応戦すべく、構えを低く立った。
眼鏡の男とて警察官の端くれ──柔道剣道の心得もあるし、簡単にやられたりはしない。
「……なっ!?」
──しかし、そこからの展開は早かった。
身軽なフットワークで猪のお面が瞬時に眼鏡の男の間合いに入り込んで来た。後ろに回り、その腕をねじ上げた。
「いて……いてててっ!」
──カチャッ!
さらにその腕に、鯨のお面が手錠を掛ける。
捕縛された眼鏡の男は背中を押され、制服警官たちにモニター室の外へと連れ出されて行ったのであった。
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