第21話「君が犯人で、僕に罪を着せようとしている構図は見え見えじゃないか。」
『……こちらは警察。警官です』
全員が部屋の中に揃うと、まるでタイミングを見計らったかのようにモニターのスイッチがついて羊のお面をつけた警官の姿が映る。スピーカーから声も響いてきた。
『さて。それぞれ準備は整ったようなので殺人事件の犯人を明らかにして頂きたいと思います。通報者の清澄さんにお願いしたい』
「待ってました!」
清澄は声を上げて張り切っている様子であった。──余裕そうには見えるが、内心では焦りもあるようだ。下手をすれば自分が制裁を加えられてしまうので緊張したように汗をダラダラとかいている。
『清澄さんが犯人として挙げられるのは、どなたかな?』
「犯人はですね……。その……えっと……」
清澄はひとり一人の顔を見回しながら思考を凝らしていた。誰を犯人として晒し上げるか──この時まで考えていなかったようで、今更ながら頭を悩ませていた。
──みんなそれぞれ証拠品を秘めているのである。生半可な気持ちで挑めば、返り討ちになることは目に見えている。
誰に犯人の汚名を着せるか──どう証拠をでっち上げるか──何処に押し付けるのが一番自分にとって優位に運べるのか、清澄は結論が出せずに居た。
『虚偽通報は犯罪ですよ?』
「わ、分かってるよ! 待ってくれ!」
羊のお面に急かされたので、清澄は慌てて一人を指差してみせる。これ以上時間稼ぎをしてタイムアップにでもされたら堪らない。
「……こいつが犯人だ!」
やっつけではあったが、そう言って清澄が指差したのは──眼鏡の男である。
「僕だって?」
クイッと人差し指で眼鏡の位置を直しつつ、眼鏡の男は首を傾げた。──佐野を陥れてヘイトが自分に向くことは予想していたのか、眼鏡の男は大して驚いていなかった。
「僕が犯人だっていうなら、聞かせてもらおうか……。何故、そうなった?」
眼鏡の男が尋ねると、清澄は考えるような素振りを見せる。
「え、えっと……。事件が起こったのは佐野君が殺された後……自由行動の時だ。その時に、眼鏡君は彼女……被害者の部屋に侵入してナイフで刺殺したんだよ!」
「……えっ?」
清澄からの事件の概要が説明され、マコは目を丸くした。
どれもこれも嘘っぱちの出鱈目で──清澄の空想話でしかない。
当然、濡れ衣を着せられている眼鏡の男も失笑した。
「おかしなことを言いますね。被害者と僕は面識がありません。……つまり、動機がないんですよ。なんで僕が、そんな人を殺さなきゃならないんですか?」
「ただの殺人狂……そう、愉快犯だったんだよ! だから、誰でも良かったんだけど、衝動的に彼女を殺しちゃったのさ! 本当は、別に彼女じゃなくても良かったんだろうがね……」
──調子付いてきたらしい。清澄は饒舌に、さらに言葉を続けた。
「たまたま血に飢えた獣である君が、視界に彼女を捉えた……。自身の内なる衝動を抑え切れずに行動を起こしてしまった。ただ、それだけだよ。実に残念なことだけれどね……」
清澄は態とらしく悲しそうに顔を伏せる。
清澄の主張が展開されたが、眼鏡の男に動揺した様子はない。
「君……根本的なことを間違っていないかい?」
クスクスと眼鏡の男は笑った。
「自由時間に犯行? ……いや、無理だね。だとしたら僕に殺人なんて出来るわけがないじゃないか」
そう言いながら、眼鏡の男は上着のポケットに手を入れた。──そして、そこから取り出したのはカメラだった。
「……だって、君も知っているだろう? 自由行動の時間には、僕は廊下で写真を撮っていたんだからね。……このエッチ写真が、何よりの証拠さ!」
眼鏡の男は、液晶画面に裸のマコと綾咲が廊下を走る写真を映した。
──途端に、綾咲の顔が怒りで真っ赤に染め上がった。
「あんた、データ消してなかったの!?」
「……今はそんな場合じゃないから、黙っていてくれるかな」
眼鏡の男からヒラヒラと手を振られてあしらわれたので、綾咲はムスッとした顔になる。
「この時間に廊下に居た僕が、どうやって人殺しなんてしたのさ? 凶器の始末だってあるし、何より返り血を浴びるだろうからその処理だってあるだろう……。この場に居た僕に殺人は無理じゃないかな?」
眼鏡の男から思わぬ反論を受け、清澄は一瞬怯んでしまう。
「い、いや……。何とか段取り良くやれば、それも上手くさ……」
「無茶を言うなよ。……それよりも、犯行が可能な人間なら他にもいるよ」
眼鏡の男が手を上げ──そして、清澄を指差す。
「むしろ、君になら犯行が可能だったんじゃないか?」
「……はぁ?」
逆に指を差され、清澄は目をひん剥いた。
「君が犯人で、僕に罪を着せようとしている構図は見え見えじゃないか。でも、残念だったね。よくよく考えれば、犯行が可能だったのは君くらいのものだもの。それを他人に罪を擦り付けようだなんて……爪が甘いね、清澄君……」
当然、眼鏡の男のその言葉も出鱈目。
出鱈目と出鱈目の対決──。
そもそも眼鏡の男が何を主張したいのか、誰も合点がいっていないようであった。綾咲も理解不能だったようでついつい横から口を挟んでしまう。
「ん……でも、清澄君も廊下で一緒に居たんでしょ?」
「いいや」と、眼鏡の男は頭を横に振った。
「彼はそこには居なかったんだよ」
「えっ!?」
眼鏡の男がそんなことを言い出すので、綾咲は目を見開いた。
「でも……清澄君は眼鏡君が廊下で写真を撮っていたことを知っていたじゃない」
さらにマコからも指摘が入る。
『眼鏡の男が写真を撮っていたこと』を清澄が知っていたから『清澄もそこに居た』のだと、みんなは思っていたものである。
眼鏡の男はチッチと指を振るう。
「それは事後に僕が彼に撮った写真を見せてやったからさ。そしたらコイツ、興味津々でコピーまでさせてくれって……。それはそれは嬉しそうだったよ」
当時の情景を思い浮かべながら眼鏡の男はクスクスと笑った。
しかし、裸を見られた方としてはたまったものではない。
「な、何よそれ! 最低!」
マコが嫌悪感を剥き出し、男共を睨み付ける。
清澄に対してだけではなく、拡散した眼鏡の男に対しても嫌悪感が酷くなる。
「いやいや……。ちょっと待ってくれ。僕はそんなこと、しちゃいないよ。そもそも、あの廊下に居たし……」
「じゃあ……」と、眼鏡の男が声を上げ、一同を見回す。
「あの時、廊下で清澄君を見たという人は居ますか……?」
──尋ねるが、誰も手をあげない。事実はどうであれ、誰の印象にも当時の清澄の姿は残っていないようであった。
「……ですって」
厭味ったらしく、眼鏡の男は清澄を見ながら笑う。
「それは……部屋で休んでいたら外が騒がしくて、扉越しに外を見ていたからなんだ。だから、僕はあの場所に居たんだよ!」
清澄が吠えるが、眼鏡の男は「いや、君しか有り得ない」とそれを否定して追い打ちを掛ける。
「女子二人は覗かれ……僕と足達教官は廊下に居た。間石は覗きをしていたし……。そうなると、消去法で犯人は一人しかいない。……後は、分かるよね? 分が悪いのは君の方だと思うんだけれど……。いい加減に、罪を認めてくれないかな?」
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる眼鏡の男に対して、清澄は悔しそうに唇を噛んだ。
「……いや、だから俺が覗いたわけじゃないんだって!」
間石が否定する。
──当然、今はそれどころではないのでスルーされてしまう。
「犯行の動機は、先程清澄君自身が自供したようなものさ。たまたま被害者を見掛けて殺したくなって刺した。……ただそれだけのこと。実に凄惨な犯行だよね。許せないよ」
「しょ、証拠が……証拠がないだろう!」
形勢が不利になった清澄が、何とか搾り出した言葉がそれであった。
清澄が殺人をしていないことは誰の目にも明らかなことである。そもそも【殺人現場】も予め施設内に用意されていたものである。
もっと堂々としていれば良いものの、どんどん眼鏡の男にありもしない根拠を積み上げられて清澄は追い込まれていた。
眼鏡の男からしたら清澄の反論は想定内のものであったらしい。証拠集めの際にここまでの筋道を組み立てていたようで、上手くいってニヤリと口元を歪めている。
「それじゃあ……君の上着の中でも見てみるとしようか。被害者の遺留品が何か見付かるかもしれないから」
そう言いながら眼鏡の男は部屋の隅に丁寧に畳まれて置かれている清澄の上着を指差した。
「……はぁ?」と、清澄の表情が曇る。
「足達教官。中を調べて貰えませんか? 一応、公平を期すために、第三者に中身の確認をお願いした方が良いと思いますので」と、眼鏡の男が足達に促した。
「あぁ……分かった……」
足達は頷き、清澄の上着に近付くとそれを手に取った。
ポケットの中に手を入れて、中身の確認を始める。
「無駄だよ。そんなことをしたって、何も見付かるはずが……」
口を開いた清澄を黙らせる様に、眼鏡の男が手で制する。
──そこで言って、清澄はハッとなる。
──何故、上着が畳まれて置いてあったんだ?
清澄は【殺人現場】に向かう際、確かに上着を脱いだ。しかも、それは畳んでなどおらず脱ぎ散らかした状態だ。端っこの方に丸めてポンッと置いておいた。
──誰がそれを畳んだというのだ?
証拠品を集めにみんなが部屋を飛び出していった時のことが思い返される──。
あの時、何故だか眼鏡の男だけはその場から動こうとせず、みんなが出て行くのをそこで見送っていた。
──もしかしたら、取りに行かなかったのではなく──取りに行くよりも重要なことをこの部屋で行うためだったのではないか──。
だから、みんなが血眼になって【殺人現場】に証拠品を求めに行くのをあの時、冷ややかに見送ることができたのではないか。
眼鏡の男が残ってやったのは──。
清澄の顔が青褪めた。
「いや……まさか、そんな……」
頭の中に、悪い予感が過ぎって止まらない。
しかも、その予感は現実のものとなる。
足達がポケットから『血のついた女性物のハンカチ』、『口紅』などを取り出し、清澄は大いに絶望したのであった。
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