第10話 電脳戦
世の中には、「没データ」というものがある。没データというのは、データ上では存在しているが実際にゲーム上では反映されていないものをさしている。不要なデータならば削除してしまえば良いのでは無いかと言われるのだが、そうも行かないのが実状である。そのデータを消したことで不具合が生じてはならないからだ。特定の条件下で発生するバグならばいいものの、そのデータが関わっているプログラムがゲームの根幹に関わっていた場合、最悪の場合ゲーム自体が御釈迦になってしまうかもしれないのだ。
そんな訳で様々な没データの存在があるのだが、そういったデータの存在が周知されているのはなぜか。それはその没データを「掘り起こす者」がいるからだ。改造ツールを使ってROM解析し、中のプログラムを勝手に書き換えて、あまつさえ掘り起こしてしまうのだ。勿論これらの行為は違法、良くてグレーである。しかし一度明るみに出てしまえば、掘り起こしたものは世に出回ってしまう。その結果、いくら取り締まろうと切りが無くなってしまうのだ。
ところで、読者の諸君はここでなぜ「没データの存在触れるのだろうか」と思ったところだろう。
それは、ゼーレの保有スキルにも、その「没データ」が含まれているからだ。
「ウオオオオオオオオッ!!」
ゼロは雄叫びを上げて、思いっきりゼーレに飛び込んでいく。掲げた両腕翼を振り下ろし、ドガァアアアアアン!!と地面に叩きつけた。岩盤がめくれ、周囲に細かい砂利がまき散らされる。だけど、それはあくまでただのエフェクトだ。
「ふっ!!」
ゼーレは短く息を吐き、その場から飛び退いた。そのままゼロを正面に捉えたまま後退し、手にしていたアサルトライフルをダダダダダッ!!と連射する。
「ガアッ・・・・・・・・・!!」
ゼロはすかさず跳び上がりその場から離脱したが、その最中に数発弾丸を受けてしまった。弾は体に当たったのに、何故か頭部に強い衝撃と痛みを感じ視界がバリバリと歪む。そうしている間にもゼーレがアサルトを乱射してくるので、建物を使って射線を切る。
「(痛ぇ・・・・・・・クソッ!!コイツの“局部破壊”が厄介すぎる!!二重の意味で“チート”じゃねぇか!!)」
上述の通り、ゼーレは没データとされている「スキル」を幾つも保有している。その一つが「局所破壊」だ。これは「攻撃を全てヘッドショット判定にする代わりに反動ダメージを5%受ける」という効果だ。ポイントとなるのが「反動ダメージ5%」の部分で、一見すればどうと言うことはないデメリットに見える。しかし、攻撃が全てクリティカルになる、場合によっては即死攻撃にもなり得るヘッドショット判定だ。相手に与えるダメージも尋常では無いものになる。
例えば相手に一発10のダメージを与える弾丸を撃ったとしよう。それがヘッドショット判定になった場合、このゲームではその10倍のダメージを与えることが出来る。そうすると、単純に100のダメージを与えることになり、そのダメージの5%、つまりダメージを5受ける事になる。たかが5、されど5だ。これが弾丸一発当たりなのだから、これを相手が倒れるまで撃ち込んでいる間にはその何倍、何十倍ものダメージを負うことになる。一撃が大きい攻撃を当てた場合、反動で自滅することさえある。
このため、そもそもの効果が余りにも強すぎるのと、回復がガンガン解けるという無視できないデメリットのため没データとして未実装に終わったのだが、ゼーレはどういう経緯かそれを所持し運用していたのだ。このスキルのデメリットを解消する希少スキル「反動カット」、「反動ダメージを無効化する」を併用して。
「(落ち着け、奴の射線は切った。次はどう攻めるかだが・・・・・・・)」
ゼロは乱れた呼吸を整えながら思案していた。しかし次の瞬間、ゼロの顔の脇スレスレをシュン、と弾丸が横切った。明らかに建物をすり抜けている。
「畜生ッ!!俺の位置はお見通しな上に遮蔽物も関係無いってか!!完全に(チート)やっているな!!」
仕方が無く、ゼロはその場から離脱した。できるだけ蛇行しながら、狙いを定めさせないように逃げる。本来なら建物や樹木などの「オブジェクト」は弾を通さない事になっているのだが、ゼーレには関係ないようだ。居場所を突き止めるのは兎も角、遮蔽物も貫通するのは本来「スキル」にも無かったものだ。どこからどう考えても「チート」としか考えられない。
さらに、それだけでは終わらなかった。
「見つけた!!」
「!!」
ゼーレは2,3階建ての建物を軽々と飛び越えて、ゼロの頭上まで迫っていた。レジェンドソードファンタジーにジャンプアクションは存在するのだが、せいぜい建物1階分を飛び越える程度だ。このジャンプ力を補強するスキルを併用しても、1.5階分程度にとどまる。「チート」もここまで来ると、もはやすがすがしいほどだ。
今回の作戦、それはゼーレを特定のワープポイントまで追い込むことだ。今、外のスタッフが町を出入りするワープポイントを無効にし、代わりに「決戦場」へ飛んでいくワープポイントを設定している。そこにゼーレを追い込み、この世界から嬌声撤退させるのだ。
だが実際に相対して解るが、ゼーレの「チート武装」は想像以上に脅威で、こちらの攻撃は当たらない、だけど向こうの攻撃は常にクリティカル、オマケに防ぐこともままならないという余りにも不条理極まりないものだった。しかも近接戦闘を行う武器種だったら良かったものの、よりによって射撃武器で距離を保ちながら的確に攻めてくる。これでは相手の誘導もままならない。いくらゼロの知能指数が高くとも、物理的に解決できない課題に対しては等しく無力だった。
それでも、どうにかしなければならないのだ。
「(どうする、どうやって奴を追い込めば良い?)」
そう考えていたときだった。
ゼロの耳元にザザッとノイズが走った。
「それにしても、あのモンスターは一体何なんだろうな。見るからに人型っぽいけど、あんな背中から腕なんか生えた種族見たこともないし」
ゼーレはビルの屋上で手すりに脚を掛けながらつぶやいた。ゼーレの目には建物越しに突如襲ってきた侵略者——————ゼロの姿が映っていた。遮蔽物越しに敵を視認するスキル「透視」だ。ゼーレがこの世界に降り立ってからしばらく暮らしていたとき、「隠しダンジョン」をクリアしたときに貰えたものだ。メインアカウントである「ルシフェル」の時はほぼ全てのコンテンツを制覇するほどにやりこんでいたが、こんなぶっ壊れスキルが眠っているダンジョンなんて見覚えが無かった。しかし貰えるものはありがたく貰っておくスタンスのゼーレは、そんな疑問はすぐに忘れた。
「ステータスオープン、“鑑定”!!」
ゼーレは「ステータスウィンドウ」を開いて、スキル「鑑定」をゼロに適用した。「鑑定」は選択した特定の対象の詳細な情報を閲覧するためのスキルだ。よく異世界転生もののライトノベルで出てくるスキルだったが、使用してみてわかる。とんでもなく有用だ。選択したオブジェクトを個々に指定・解析できるため、ドロップアイテムのもつスペックや「呪い」の有無が拾わなくても解るのだ。
そして、そんな「鑑定」のスキルにより、やってきた侵略者の情報が手に取るようにわかった。
Player1
職業:村人
Lv.999
HP:99999/99999
MP: 99999/99999
攻撃:9999
防御:9999
知力:9999
精神:9999
敏捷:9999
幸運:9999
スキル
なし
「うわぁ、なんだこれ。完全に俺を殺しに来ているじゃん」
うへぇ、と大して驚いて居なさそうにしているゼーレ。「ステータス」の全てのパラメータがカンストし、普通では付けないようなキャラクター名の侵略者。明らかに相手に弾が当たっていたにもかかわらずHPが減っていないのは、恐らくHP無限として設定された相手なのだろう。恐らくいくら相手していても切りが無いタイプだろう。
「まあ、だったらどうやって倒すか調べるだけだな」
久しぶりに攻略しがいのある相手が現われたと、ゼーレは面白そうに舌なめずりした。こっちの世界に来てから、自分の圧倒的な「ステータス」と実装を見送られたものさえ取りそろえている「スキル」、そして現役で最強だとされている「装備」の前には何人たりとも刃が立たなかった。「隠しダンジョン」でさえ歯応えが無いのだ。
せっかくこの「レジェンドソードファンタジー」まんまの世界に転生させて貰えたのだ。優秀な「ステータス」も、強力な「スキル」も、余すところなく使わせてもらう。
「さぁて、まずはヘッドショットを決めてみよう。それでだめなら“一撃必殺”だ」
と言って、ゼーレは建物越しにゼロの頭部に狙いを定めた。手にしているのはスナイパーライフル。ヘッドショット判定になれば確実にHPを0に出来る威力を持つ。仮にキルを取れなくても、攻撃を当てた相手を必ず倒す隠しスキル「一撃必殺」がある。
「こいつ、動きは人間くさいけどFPS慣れしてない動きだ。どれ——————」
そして、ゼロの頭にレティクルを合わせ引き金を引こうとしたとき。
ズゴオッ!!と突然足下から真っ白な角柱が飛び出し、ゼーレは空中に放り出された。
「—————————なっ!?」
いくらありとあらゆるスキルを保有しているゼーレと言えど、完全に意表を突かれた。ゼーレは無様に手足をバタバタさせきりもみ回転で落ちていく。そのまま建物の間をすり抜け、石造りの整備された地面に落とされそうになる。
「落ち着け、こういうときは———————“フロート”!!」
間一髪、地面に落ちそうになったゼーレはその場にふわりと浮かび上がった。そのまま上昇し再度建物の屋上に乗ろうとするが、そこで建物の壁から真横に何本も先ほどの白い角柱が飛び出してきた。
「うぐっ!?」
ゴッ!!と無様に頭から激突したゼーレは、今度こそ地面にたたき落とされた。こういったオブジェクトをすり抜けるような「スキル」はゼーレは持っていなかった。
当然だ。建物やら地面やら天井やらまですり抜けてしまったら、それこそゲーム性の崩壊につながる。そもそもこういった当たり判定まで消して仕舞えば、ゼーレは地面をすり抜けひたすら奈落の底に落ちていくしかなくなるのだ。
「散々痛めつけてくれやがったな!!このクソ野郎が!!」
「っ・・・・・・・・・・!!」
鬼の形相でゼロは建物の影から飛び出し、猛然とゼーレに突進してきた。彼の人間態の部分は普通に二足歩行で走っているのでたいしたことが無いが、その背中から生えている巨大な腕翼が地面をえぐるような勢いで大地を捉えている。禍々しい形状も相まってその迫力は並大抵のモンスターを凌駕していた。
「落ち着け、ここはアサルトで・・・・・・・・」
と、スナイパーライフルからアサルトライフルに切り替え、ゼロに狙いを定める。「局所破壊」のスキルを適用しているので、どこを狙ってもヘッドショット判定になる。慌てずに、ただ撃てば良い。
それだけのはずだった。
「フッ!!」
突進してきたゼロはおもむろに跳び上がり、そのままゼーレの反対側へ回り込もうとする。
「この程度!!」
ゼーレはすかさずそれに対処するべく、すぐさまゼロの動きを追従しアサルトを発砲する。が、その判断の速さが仇となった。なんとゼロはゼーレの真上に角柱を発生させ、それを蹴って元の位置に戻ったのだ。
「いぃ?!」
完全に虚を突かれたゼーレは慌てて向き直るが、時既に遅し。その巨人と見まごう程の腕翼がゼーレを捉えた。
「ガアッ・・・・・・・・・・!!」
「フン、流石にこうして捉えていれば攻撃できまい」
そう言って思い切りゼロは腕翼を振りかぶり、近くにあったゴミ捨て場(型のオブジェクト)に向かってゼーレをぶん投げた。
「うわぁあああああああああああああ!!」
ゴシャァアアアッ!!という轟音とともに投げ込まれたゼーレ。次の瞬間に彼の視界がぐるぐると回り、そして————————見たこともない空間に出た。
「うぐぐ、ここは・・・・・・・・・・」
頭を起こして辺りを見回すが、その場所は異様な光景が広がっていた。
全体的に紫色の岩石で形作られた円上の舞台。その周囲は紫の稲光が迸る雲に覆われ、足下から紫色の光に照らされているような感覚に包まれる。さらに周囲の背景には薄紫色の立方体がフワフワと居ており、紫づくしの暗い異様な世界観だった。様々な戦闘フィールドの存在する「レジェンドソードファンタジー」だが、今までにこんなおどろおどろしいステージは見たことがなかった。
「やばい、早くここから離脱しないと・・・・・・・」
そう言って、ゼーレは「ステータスウィンドウ」を開き、「フィールドから離脱する」という項目をタップする。クエスト中でもこれを行うことで中断でき、報酬は得られないものの出発した拠点に帰還することが出来る。
しかし、そうやって逃げだそうとした矢先のことだった。どうにかしてここから脱しようとしたとき、「サーバーに接続されていません」との表示が出てしまった。
「ええっ!?嘘だろ!?おい!!」
やけになってゼーレは何度も同じ所をタップしまくるが、やはり同じ事の繰り返しだった。
そしてさらに事態は次々は急変していく。このおどろおどろしい空間の上空に、縦にビーッ、と裂け目が入った。
「どうなっているんだ・・・・・・・・」
メキメキメキメキ・・・・・・と嫌な音を立てて裂け目が開いて行く。そこから現われたのは・・・・・・・・・・・
「ハァッ、ハアッ、ハアッ・・・・・・・」
ゼロはぐったり腕を投げ出し、取り外したVRゴーグルを投げ出していた。今度は思いっきり叩きつけなかったので壊れていない。
「良くやりました!!これで奴はこのHD(ハードディスク)の中です!!」
そう言って喜ぶ松本。彼が手を置いているのは、机の上に置いてある黒光りする外付けの記憶メディアだった。
ゲーム内でゼロがゼーレをぶち込んだのは、このメディア内の決戦場「冥界」へのワープポイントだ。両者が争っている間に、プログラマー達は各地のゴミ捨て場のオブジェクトにこのワープポイントを設置していき、そこに放り込めばそこへ行けるようにして居たのだ。そしてゼーレがこのフィールドに入ったのを確認し、すぐさまサーバーを担うメディアとの接続を物理的に切ったのだ。
さらに戦闘中、もう一つ試みていたことがある。それはゼロが得意としていた魔法を再現するために、任意の場所に辺り判定付きの白い角柱を発生させるという機能を追加することだ。これによってより複雑な動きを可能にし、ゼーレの目を欺くことに一矢報いたのだ。
だが、これで戦いは終わりではない。
「それでは、我々のできる事はここまでです」
「ああ。手を貸してくれてありがとう・・・・・・・・」
頭を押さえながらよろよろと立ち上がるゼロ。ゲーム内で受けたダメージ(正確には痛覚)が響いており、本来の肉体の方もかなり消費していた。敬語が崩れ、本来の荒々しい口調に戻っている。
「模造ナイフを」
ゼロが手を差し出すと、そこにスタッフが玩具のナイフを手渡した。このナイフはキャラクターがゲーム内で行うモーションを再現してみるのに使われるものだ。それを手に取ったゼロはバリバリバリバリッ!!と赤黒いエネルギーを纏わせる。
そしてゼーレが閉じ込められているハードディスクの前に立つと、ハードディスク—————正確にはその手前の空間にビーッと切れ目を入れた。そしてゼロは腕翼を展開し、その切れ目をメリメリとこじ開ける。
「それでは、あなたたちは・・・・システムを・・・・・・」
「はい、こちらは任せてください」
そう言って、プログラマー達はすぐさま作業に取りかかる。時刻は既に3時を回っている。早く復旧させなければ、サーバーメンテナンス終了————つまり6時に間に合わなくなる。
そしてゼロはこじ開けた切れ目に飛び込んだ。その先には株式会社インタレスティングゲームズのモデラーがモデリングしたステージ「冥界」を目の当たりにした。そしてそこに引きずり出されたゼーレも。
「こ、こんな所まで来やがった!!」
慌ててアサルトライフルを構えるゼーレ。だけど、もうその表情に舐め腐ったような余裕の表情は無かった。
「さあ、最後の一勝負と行こうじゃ無いか!!ゼーレ・・・・・・・・・否、“
ゼロは「レジェンドソードファンタジー」屈指のチーターの、本来の名前を口にした。
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