第9話 作戦開始

 レジェンドソードファンタジーには2種類のクエストがある。一つは普通にモンスターの討伐を行ったり、指定したアイテムをフィールド上で集めてくるなどの「通常クエスト」。そしてもう一つはプレイヤー同士が戦い最後まで生き残る「バトルロイヤル」。通常攻撃はプレイヤーに当たらない仕様となっているのだが、このクエストの間だけは敵味方関係無く攻撃がヒットしてしまう。そのため、ただただ相手を狩ることだけを考えていた通常クエストと違い、見方を巻き込まない立ち回りを要求されるのだ。


 そしてそんな「バトルロイヤル」のマッチングがまさに行われていた。


「うし、これで4キルだ。だいぶ数が減ったな・・・・・・」


 その男は目の前の獲物を始末すると、マップを開いた。マップ上では自分の周囲には敵は居なかった。彼が保有しているスキル「探知」の効果でマップ上のモンスターやプレイヤーの位置、さらにアイコンの違いから標的か否かまで判別がつく。


「さて、次の狩り場に行くか—————————」


 と足を踏み出したとき、突然バリバリバリバリッ!!と視界が揺らいでブラックアウトし、「あなたは“ゼーレ”に殺された」と表示が出た。


「うわっ・・・・・・・・・クッソ最悪、奴が居やがった」


 男は不愉快そうに椅子の背もたれに寄りかかった。マップ上では敵の姿は見えなかったし、実際にアバターの視点からでも確認できなかった。視認できる距離のさらに範囲外に居たのか、それとも「探知」をすり抜けたのか・・・・・・いずれにしても、真っ当なプレイでは無かった。


「相変わらずこいつ完全にやってるわ。マジでこう言う奴死ねば良いのに」


 男の画面は自分を殺した相手の視点に切り替わる。画面に映ったのは、男をキルした「ゼーレ」をTPS視点で俯瞰していた様子だった。位置的に明らかにマップの表示外に居たゼーレは、次の獲物をスナイパーライフルで撃ち抜いていた。どこからどう見ても頭に当たっていないのに、表示されるダメージは完全にヘッドショット判定。あからさまなぐらいにチートを使っていた。黒い軍服の上から赤くたなびくマフラーを巻いている青年の姿が映し出されるが、このスキンが実装された当初は、まさかここまで忌み嫌われるものになるとは思わなかった。


「あーおもんな。もうやめだやめ」


 興が冷めた男はそのままマッチから離脱し、レジェンドソードファンタジーからログアウトした。プレイヤーの通報はもうしない。今までも何度かゼーレに遭遇し、通報してきた。しかし他のプレイヤーは秒でBANされるのに、コイツだけは未だに居残り続けているのだ。公式からも「現在取り急ぎ対応中です」と答えが返されるのみで、結局何も好転していない。これでは運営の信頼も揺らぐというものだ。


「さーて寝るか。どうせこのあとだし、やることねぇ」


 そう言って男はVRゴーグルを取り外し、適当にその辺においてベッドに寝転がる。今のレジェンドソードファンタジーにおいて、彼はまだ粘り強くプレイしてくれている方だ。彼がこうして横になっている間にも、何人ものプレイヤーがゼーレのチートの相手をさせられ、引退を決意させられている。既に全盛期の10%が、ゼーレの登場からログイン記録が途絶えている。データを消去した者まで現われているのだ。


 このチーターの存在が、どれほどの人間を辞めさせたのか。











「ふう・・・・・・・やっぱり“スキル”の力は偉大だな」


 短い黒髪に黒い軍服、そしてたなびく赤いマフラーの青年—————ゼーレはため息を吐いていた。目の前には「You Are Surviver!」の文字と今までのキルログやら実績やらが次々に表示されている。


「“ステルス”に“局所破壊”、“リコイルカット”・・・・・・・要らないかなとは思っていたけど、とっておいてよかった」


 ゼーレはマッチから離脱し拠点の一つである「リディア」にリスポーンすると、スキル一覧を開いた。そこに並ぶのはこのゲームにあるほぼ全てのスキルだった。ゼーレはこれを全て集めたと言って居るが、実際に集めたのは「ゼーレ」ではなく、本垢である「ルシフェル」の方で手に入れたものだった。


「最初はどうなるかと思ったけど、住めば都とは良く言ったよ」


 物思いに耽るゼーレ。彼は元々この世界の人間では無く、彼をアバターとして作ったある男が転生して、この体にその魂が宿っているのだ。しかも本垢の方で手に入れた「スキル」や「装備」をほぼそのまま引き継いだため、文字通り「強くてニューゲーム」状態だったのだ。金銭もたんまりあったため食べ物にも困らなかったし、金をせびってきた迷惑な奴も金と力で黙らせてきた。


 そしてこの世界に来て最も楽しかったことがある。


「ゼーレ様!!」


 ゼーレの元に駆け寄ってきたのは、自分よりも頭一つ分ほど小さい女の子だった。銀色の髪に緑の瞳、そしてわかりやすいほどのネコ耳と尻尾が特徴の獣人俗の少女、「エレナ」だ。


「聞きました!!また“バトルロイヤル”で1位を取られたのですね!!すごいです!!」


「いやぁ、それほどでもないよ」


 ゼーレは照れくさそうに鼻の下をこすった。彼女はこのリディアの宿屋の娘だが、現実でも特にお気に入りの見た目をして居た彼女とは、この世界では特に親密にしていたのだ。


 彼女に限らず、元の世界のゲームでNPCとして登場してきた女の子達は、皆ゼーレに対して好意的だった。勿論最初から全員そうだったわけじゃないし、逆に印象最悪から始まったこともある。だけどそんな娘ですら、今では立派なハーレム要員の一人だ。


「わざわざ来てくれてありがとう。どうしたんだい」


「それは、これを・・・・・・・・・」


 そう言って、エレナは鈴付きの首輪を差し出した。


「これって、アクト族の・・・・・・・・・」


「はい・・・・・・・・・・・・」


 エレナは顔を赤くして、もじもじしていた。獣人であるアクト族が鈴付きの首輪を渡す、それは彼らにとって「求婚」のサインだ。つまりエレナは・・・・・・・・・・


「でも、そういうわけにはいかないよ。俺なんかよりも、もっといい人がいるに決まっている。そう言う人と出会ったときに渡せば良い」


「ダメです!!ゼーレ様だから良いんです!!私にとって、ゼーレ様こそが最高の人なんです!!」


「そうか・・・・・・・・でも、気持ちだけは受け取っておくよ」


「そんな・・・・・・・・私のどこが———————」


 ダメなんですか、と言いかけたとき、不意にエレナの唇がゼーレの口づけで塞がれた。


「大丈夫。まだ焦る時間じゃない。。だからまだこの関係で居たいんだ」


「あ、ふぁ・・・・・・・・・・」


 ゼーレは唇を離して耳元でささやきながら、彼女の背筋からお尻にかけてなぞるように刺激して見せた。ゾクゾクゾクッ、とエレナは震える。


 そして・・・・・・・・・


「ふ、ふにゃぁあああああああん!!」


 一際大きな嬌声を上げると、じょわぁああああ・・・・と足下に水たまりが広がった。彼女らアクト族の女の子は、気持ちよくなると失禁するクセがある。ゲームではそんな特徴は一切無かったはずだが、ゼーレはこれはこれでいいと思っている。


「ふにゃぁ・・・・・・ダメですよぉ・・・・・・人が見てます・・・・・」


「大丈夫。ほら、皆居なくなっているから」


 ゼーレの言うとおり、リディアの町からは人が居なくなっていた。ゼーレがこの世界に来てから突然人々が消え去るという現象が度々起きているのだ。勿論ゼーレは最初は戸惑ったし、、誰も居ない町というのはそれはそれで乙なものだった。


「多分1時間くらいは皆戻ってこないと思う。だからその間に・・・・・・・ね」


 ゼーレは彼女を卑しい目つきで見ていた。くりくりと大きな目に白い肌、自分よりも背が低いのにブラウスのボタンが閉められないほどの大きな胸。所謂ロリ巨乳な獣人の少女が、感じるとお漏らしをしてくれるのだ。性欲が旺盛なゼーレにとって、欲情するなと言う方が無理である。


「わかりました・・・・・・・・それじゃあ、エレナのここを、慰めてください・・・・・・」


 そう言って、エレナはワンピースのスカートをまくり上げる。ゼーレの目に彼女の小水で濡れたショーツが露わになろうかという、その時だった。









ジジ、と、ゼーレの視界が大きく揺らいだ。









「?!」


 ゼーレは何事かと辺りを見回した。視界が揺らいだと彼は感じたが、実際には揺らいだのは世界の方だった。一瞬にして世界が灰色に染まり、何もかも時間が止まる。


「な、何が起きて————————」


 狼狽するゼーレの前で、さらなる異変が訪れる。リディアの町の上空に方眼状に線が現われ、貼り合わせたタイルが剥がれるようにバラバラと散っていく。


 そしてその奥の広がった真っ暗闇の空間から、見たこともないキャラクターが表れた。


「なんだ、あれは・・・・・・・・・」


 それは人間のようで、人間では無かった。血のように赤い長髪に所々黒いメッシュが入り、黒地に赤い縁取りやファーが施されたコートを纏ったその人物の背中には、その身に不釣り合いな程巨大な翼が生えていた。それもコウモリのような細くて薄いものでは無く、巨人のように発達した腕に翼膜が広がっているような代物だった。









「さあ、狩りの時間だ!!ゼーレ!!テメェをこの世界から引きずり出してやる!!」


 グレイシア・ゼロ・ファーレンフリード。異世界では魔王の幹部を務めていた龍人が、ゼーレの傍若無人な働きを止めるためにこの世界に入り込んできたのだ。













「よし、今すぐにワープポイントの設定を!!」


「無意味かもしれないが、できるだけ奴のスキルを無効にするんだ!!」


 株式会社インタレスティングゲームズのオフィスは騒然としていた。プログラマーは皆それぞれのデスクについて、各々ができる事に取り組んでいる。様々なオブジェクトの操作やスキルの無効化など、ゼーレに通じそうなものは片っ端から試している。さらにさっきまでアクティブになっていたデータを、万が一の時のためにバックアップを取っておく。


 そしてそんな彼らを傍目に、一部の人間はある人物を囲んでいた。彼らの目の前にはゲーミングチェアに腰を掛け、改造VRゴーグルでゲームの世界にダイブしているゼロが居た。現実世界の彼はじっとりと脂汗をかいて浅い呼吸を繰り返していた。


「どうでしょうか・・・・・・・・」


「画面上では、ゼーレとゼロ様が交戦しているのが確認できます。接触段階は成功したとみて良いでしょう」


 テストプレイの画面では、リディアの町のマップ上でゼロとゼーレがリアルタイムで戦っているのが映し出されていた。


「メディア増設完了致しました!!今から“決戦場”のデータを導入、接続を行います!!」


「わかりました!!急いでください!!」


 今、現実世界ではレジェンドソードファンタジーは「大規模なサーバーメンテナンスのため、接続を中断しています」とアナウンスされている。普段のメンテナンスでは大体は1~2時間程度で終わらせているのだが、今回は様々なバグの修正と銘打って6時間と大幅に時間を取っている。この6時間の間はサーバーとネットワークとつながらないため、善良なプレイヤーに害が及ぶことは無い。


 つまり、この6時間の間でゼーレとの勝負を終えなければならないのだ。しかもただ勝敗を決するだけで無く、その間に施した仕掛けを解除したり無効にした各種データを元に戻したりしなければならないため、これでも時間が足りないのだ。









「頑張ってください、あなただけが頼りです」


 松本プロデューサーは、ゲーミングチェアにぐったりともたれかかっているゼロに願いを託していた。

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