第8話 ダイブ イン ザ ゲーム

 ゼロが「オーパーツ株式会社」でVRの仕組みを学んでから2週間後の事だった。ゼロは再び「株式会社インタレスティングゲームズ」の、テストルームの椅子に腰を掛けていた。頭にはVRゴーグルを装備していて、腕翼を展開し地に着いていた。装備しているVRゴーグルは元々のフレームが取り払われ、中の部品やケーブルがむき出しになっていた。


「それでは動いてみてください」


 ゼロは耳から入ってくる女性の声に従い、「歩いて」見る。


『腕翼の方はどうでしょうか」


「問題なくトラッキングできています。ボーンの位置も概ね正常です」


 女性の他のスタッフが見ているのは、画面の中だった。魔王としての姿を露わにして居るゼロだが、彼の姿と全く同じ3Dモデルが画面の中を闊歩している。本体は普通に人間のように二足歩行しているが、彼の背中から伸びている腕翼は画面内の地面を力強く踏みしめている。


「次に、何でも良いので攻撃モーションをお願いします」


 画面の中のゼロは腕翼を思いっきり振りかぶり、地面をえぐるように勢いよく振り回した。ガリガリガリガリッ!!と凄まじいSE(効果音)が鳴り地面がえぐれるエフェクトが表示される。


「次に、腕翼を畳んでください」


 アナウンスに従い、ゼロは腕翼を折りたたんで姿勢を正した。鉤爪の肩当てと翼膜のマントを纏ったゼロが、画面内に映り込んでいる。


「では、最後に激しく動き回ってみてください」


 ゼロは女性の言葉に従い、画面内を縦横無尽に動き回った。腕翼を展開して空を飛んでみたり、空中で腕翼を畳んで急降下し、地面に着くなり拘束で走り回ってみたり、兎に角動き回った。


「一旦休憩に入ります。ありがとうございました」


「ふう・・・・・・・・・・・」


 ゼロはVRゴーグルを外し、大きく息を吐いた。


「感覚神経接続の方はどうでした?」


「良好ですね。オーパーツで内部機構を学んだ甲斐がありました」


 ゼロは調子よさそうにバサリ、と腕翼をはためかせた。


 この2週間の間に、ゼロはオーパーツ株式会社と共同で特注のVRゴーグルを開発していた。既存のゴーグルでは人間の視覚や聴覚に合わせて作られているため、ゼロの視覚や聴覚とずれが生じてしまう。そのためゼロが酔ってしまうという問題があった。


 そこでゼロはオーパーツ株式会社でVRゴーグルの構造を学び、さらにそこで独自に改造を施したのだ。これによってゼロとVRゴーグルは直接神経を接続し、文字通りの意味でゲーム内にダイブ出来るようになった。


 そして、今行っていたのはダイブしたゼロの精神とインタレスティングゲームズが作成した3Dモデルの同期だった。テストプレイ用のモデルをゼロのモデルに適用し、ログインした際にそのモデルに入り込めるようにして居たのだ。


 度重なる調整の末、ついにゼロは画面内に入り込むことが出来るようになった。


「ところで、“ステージ”の方はどうなっていますか?」


「ええ。こちらになっています」


 ゼロが尋ねると、男性が画面を切り替え、ゼロが依頼していたステージのプレビューが表示される。それを見ていたゼロは思わず唖然としていた。


「・・・・・・・・・・いや、ここまでするんですか?」


「これでもまだ途中段階です。やるからには最高の舞台を、とのことです」


 いや、それでも十分すごいぞ、とゼロは心の中でつぶやいていた。どうやらここの制作陣はこだわりが強いらしい。


「しかし、すごい技術ですね。まさか私の姿をここまで再現できるとは」


 ゼロは画面内でぐるぐる視点を動かして、表示された自分の3Dモデルを眺めていた。


 本来3Dモデルは作成するのに相当な時間を要する。頂点の調整からボーンの配置、テクスチャの用意など、作り込もうとすればするほど時間が解けていくような代物だ。


 だが、3Dモデルの作成方法には裏技がある。それは現実に存在する人物をそのまま3Dモデルとして投影するという技法だ。これを「3Dスキャン」と言うのだが、この画面内のゼロはまさにそれで作成されている。


 よく、リアルタッチなタイトルではまるで生きている人間が入っているかのような人物が登場するが、まさにそういったキャラクターを「3Dスキャン」で作成されているのだ。特に俳優などを文字通り役者として出演させるためにこの技術が使われており、原理的にはこの世界の物理法則を逸脱しているわけではないのだ。


 とはいえ、まさか異世界出身者のゼロの体も問題なくスキャンでき、画面内に正常にトレースできたと言う事実は驚嘆すべきだが。


「ゼロ殿はご自分のモデルとステージをご用意との指示でしたが、一体どのような戦略でゼーレを追い詰めるつもりですか」


 傍らで見ていた設楽は初めて口を開いた。ゼロがやっていることは殆どゲームの開発の様なものだ。これがゼーレ逮捕につながるとは到底思えなかった。


「そうですね・・・・・・・このゲーム自体のお話をしましょう」


 ゼロの代わりに答えたのが、プロデューサーの松本だった。


「そもそもレジェンドソードファンタジーは、完全なオープンワールド方式ではありません。それぞれ拠点となる“町”のマップ、その町をつなぐために“旅路”のマップ、実際にクエストを行うための“戦場”のマップ・・・・・・・より濃密なプレイが可能となるための工夫の一環ですね」


「その辺りの事はよう解りませんが・・・・・まあ、続けてください」


「はい。で、そのマップを切り替える都合上、プレイヤーにはどうしても“マップ移動”をしていただく事になります。いくら相手が“チーター”と言えど、流石にこれを無視するわけには行きません。何しろここまで無視してしまったら、もはやゲームとして成り立たなくなりますから」


「そうですね。私はそこに着目しました」


 そして、実勢に作戦を立てたゼロが口を開く。


「要は、ゼーレを特定の空間に隔離するのです。サーバー内で生き続けることにはなりますが、こちら側からワープポイントなるものをしていしなければ、その隔離空間からは出られないはずです」


「しかし、ゼーレもそこを突いてくる可能性はないのですか?何かしらの“チート”で自分だけ勝手にワープポイントを設定して抜け出す可能性も・・・・・・・・」


「そうならないように、その隔離空間のデータだけはサーバーとは別のメディアにつなぐんです。奴が入った瞬間にサーバーから切断する。そうすれば奴はサーバーには戻れません」


「・・・・・・・・・・成る程」


 確かにゼロの言うとおりである。いくら相手が「チート」を使おうと、所詮はデータ上での存在。物理的に隔離してしまえば手も足も出ない。


 だが、設楽は一つ懸念があった。


「ですが、それでは逮捕したことになりません。奴の身柄を実際に取り押さえる・・・・・・少なくとも、奴の口から事の真相を聞かなければなりません。そこはどうするんですか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そう。彼ら警察が行うのは「隔離」ではない。「逮捕」だ。いくらデータ上の存在とは言え、その身柄を最低限確保し、取り調べを行わなければこの事件は終わらない。「隔離」出来るのは脱走した野生動物や特定外来生物だけだ。意思疎通の出来る「人間」相手にやることではない。


 そして、ゼロが出した答えは————————









「—————————————」









「「「・・・・・・・・・・・・」」」


 聞いた一同は唖然としていた。余りにも突飛すぎる内容。いくらゼロが異世界出身者だとしても、頷けなかった。


「そんな事が可能なんですか?」


「そうしたら、モデルを用意した意味が・・・・・・・・・・・」


「意味はあります。奴をご用意してくださったステージに追いやるために必要です」


「だとしても、なぜそんな事を・・・・・・・・・」


 設楽は理解できなかった。ゼロがそんな事を出来ると言うことも、そんな事をする意味も。










「奴の“本体”がこの世に存在しないという事実、これが私がこの結論に至った決め手となります」

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