第6話 テストプレイ

「こんなものを付けて遊ぶのか。この世界の者達は大変ですね」


「今はこんなものがあるのか・・・・・・随分時代は進んでいるんだな」


 ゼロは柔らかな椅子に座り、VRゴーグルを手にしてつぶやいた。ゼロ達が居るのは、ゲームの開発の際に用いるテストプレイのための部屋だ。


 VRゴーグルはヘッドフォンと一体化しており、半ばヘルメットのような形状をして居た。これを被り視覚情報や聴覚情報を介してゲームの世界に没入、専門用語で「ダイブ」を行うことであたかも自分がゲームの世界に入り込んだかのような感覚に陥る。五感をほぼゲームとリンクさせることの出来る最新機種のハードではあるものの、その重量故に使う者を選ぶ代物であり改善の余地はあった。それでもなお「インザゲーム」のうたい文句に惹かれる者は後を絶たない。


「ゴーグルをかけていただき、ヘッドフォンを両側から押してください。そうすれば、テストプレイ版のものにログイン出来ます」


「わかりました」


 ゼロは斉藤の指示に従い、VRゴーグルを装着しヘッドフォンを両側から押し込む。ゼロの視界に接続状態を表わすシークバーが現われ、徐々に紅く染まっていく。そして100%に達したとき、「接続酔いにご注意ください」の表示が現われ、ゼロの感覚が一瞬グワッと揺らいだ。


「くっ・・・・・・・・・・・」


 軽いめまいを起こした後に映った視界には、3Dモデルで形作られた世界が広がっていた。どれもこれも輪郭がはっきりしていて、アニメ的な色使いで世界が彩られていた。


「(成る程、このように仮想空間にある仮の肉体に自分の精神を投影し、仮想空間での行動を可能としているのか)」


 ゼロは視線を下げ、自分の手を見る仕草をして見た。「レジェンドソードファンタジー」のデフォルトのスキンにはいくつかあるが、そのうちの一つが目に飛び込んできた。若草色の上着に黒いハーフパンツ、そして白い手袋をして居る。一応白いベレー帽も被っているらしいが、残念ながら一人称視点のゼロには見ることが出来ない。


「(次に歩く動作を・・・・・・・)」


 ゼロはいつも通り「歩く」ことを考えた。仮想世界の自分は足を踏み出して前に歩いて行く・・・・・が、そこでゼロは異変を感じた。


「(おかしい・・・・・・俺はこんなに歩くのが遅かったか?)」


 いつも通り歩いているはずなのだが、その歩みがやけに遅いのだ。ゲーム中で「歩く」「ダッシュ」というモーションが分けられているせいでそうなっている・・・・・・かと思いきや、別の部分に原因があることが早くもわかり始めて居た。


「(ああ、成る程。コイツは人間のスペックに合わせて作られているから、俺の動きには合わせられないのか。それに、確か移動速度もある程度は“パラメータ”で変動すると言って居たな)」


 ゼロは心の中で「ステータスオープン」と唱えた。すると目の前にライトブルーに輝くウインドウが表示された。




Player1

職業:村人

Lv.1

HP:20/20

MP:10/10

攻撃:10

防御:10

知力:10

精神:10

敏捷:10

幸運:10


スキル

なし





「(確か斉藤は“テスト用のため、予め各種パラメータは10として設定してある”って言って居たな。成る程、“敏捷”の値が“10”だとこれぐらいになるのか)」


 このように知覚連動型のゲームでは、所謂「素早さ」関連の数値がVR内での行動速度に反映される様になっている。とは言え数値が上昇する度に行動速度をそのまま速めてしまうと、プレイヤーの実際の感覚が追いつかなくなってしまうという問題が生じる。そこで、この数値は回避判定の成否に関わるように調整が成されているのだ。


 例えば相手よりも「敏捷」が高い場合、相手の攻撃を避けるための「回避判定」の時間が長くなり、低い場合はその逆といった計算式が成されている。「レジェンドソードファンタジー」に限らずこういったMMOVRで良くある「回避特化した者がPvP(対人戦)で無双する」という事例はこういった計算式から来ているのだ。


「(さて、そうして攻撃は・・・・・・・・)」


 ゼロが攻撃コマンドを脳内で入力し、実際に使ってみようとしたとき。


「うぐっ!?」


 ゼロの五感に非道いノイズが入り、平衡感覚が滅茶苦茶になり始めた。ゼロは思わず頭に付けているVRゴーグルを強引に取り外し、叩きつけるように放り投げた。ゲームは接続が強制的に切れたことにより一時停止状態となり、TP視点用モニターから再度接続を要求している。


「うわぁっ!?」


 投げられたVRゴーグルはガシャァン!!という音とともに破損し、外装の欠片や分解されたパーツが一部床に飛散する。


「ぜ、ゼロ殿!!何をしているのですか!!」


「・・・・・・・・・・・・・」


 突然の凶行に顔を青くする設楽。しかし、当の本人であるゼロはもっと青い顔をしていた。


「・・・・・・・・・酔った」


「酔った・・・・・・・・?」


 斉藤がつぶやくと、ゼロはずり落ちるように椅子から降りて、絨毯の敷かれた床にそのまま崩れ落ちる。


「お前達人間は、こんなものを使った娯楽を嗜んでいるのか・・・・・・悪いが、俺にはとてもプレイできないぞ・・・・・・・・・・・・」


「に、人間・・・・・・・あ、そうか。ゼロ様は“亜人”でしたっけ」


 その言葉を聞いて、斉藤は納得した。確かにこのVR技術は現代においては最高のもので、健康な人間であればよほどのことが無い限り正常に感覚がリンクされるようになっている。


 だが、それは「人間」での話だ。ゼロは元々異世界、しかも「龍人」と呼ばれる種族だ。人間と同じ五感でも、その精度は全く違う。ゼロの五感に、VRのスペックが追いついていないのだ。


「・・・・・・・・・・でも、実際に使ってみてわかりました。五感とリンクして操作できるって言うのは非常にありがたい。これならばゲーム内でも問題なく行動できるかもしれません」


「ゲーム内でも・・・・・・どういう事ですか?ゼロ殿」


 どうにか酔いから醒めたゼロは椅子で支えながら立ち上がる。


「一つ聞きたいですが、他のプレイヤーがゼーレに接触した際、奴と意思の疎通は出来ました?」


「意思の疎通・・・・・・・?」


 松本はゼロの質問に首をかしげる。


「ええ。実際に正常な会話が出来たという報告があります。実際にクエストに同行し、共闘したとの報告も。ただ・・・・・・・“チートじゃないのか”という質問をしても、まともに答えが返ってこないとのことです」


「まともに返答してくれない?そりゃ不正行為を働いていることを公言する馬鹿はいないでしょう」


 設楽は呆れたように肩をすくめた。警察という立場からか、少々荒い言葉遣いをしても許されるのだろう。


「それはそう、なのですが・・・・・・何というか、会話がまともに通じていないような、そんな感じがするとの報告がされています」


「会話が通じない・・・・・・か」


 ゼロは顎に手を当てて考えた。確かに会話をはぐらかす程度ならばこんな事を言わないだろう。だが、実際に「会話が通じない」と明言されている以上、はぐらかすと言った程度の問題では無いとゼロは予測した。


「もしかしたら、奴にはそう言う部分が悉く通じないのかもしれませんね」


「都合良く解釈されていると言うことですかな?」


「と言うよりも、何らかの力が働いて全く別の言葉に向こうは届いているのかもしれません」


 設楽の質問に、ゼロは血のように赤い髪を流しながら答えた。


「元々私が居た世界でもそうなのですよ。私達が何をいくら言っていても、まるで別の言葉に翻訳されているような、そんなやり取りを交わしてきました。恐らくその類いである可能性があります」


「そうしたら、どうするのですか?」



 一瞬、静寂が訪れた。


「————————それは難しいのでは無いかと思います」


 そう言って、松本は資料を見せてきた。それはゼーレが残した「クエスト達成状況」と「PvPでの戦績」、つまり「キルログ」だ。


「こちらにあるとおり、ゼーレは受けたクエストを全て成功させ、プレイヤーとの対戦では無敗となっています。更に相手は“チート”を使っていて、ゼーレにまともにダメージを与えられて居ないと報告されています。そんな相手に挑むなど・・・・・・・・」


 松本の言うとおりだった。クエストを全て成功と言うのは、言い換えればコンピュータ上の敵キャラでは刃が立たないと言うことだ。さらにPvPで無敗と言うことは、人間相手でもぜーレを下すことが出来なかったということでもある。


 当たり前だ。相手はステータスが全てカンストしており、さらに殆どのスキルを習得している。そして極めつけに、今では入手できないアイテムや装備さえ手にしている。明らかにイカサマも甚だしい相手に、立ち向かえる訳がないのだ。だからこそ、アカウントの失効が出来ない、所謂BANする事が出来ないというのは大問題となっているのだ。


 だが、ゼロはそんな次元の話などして居なかった。


「まあ、正攻法で挑めばそうでしょうね———————


 ゼロは学ランを身を包むように翻すと、バリバリバリバリッ!!と赤黒いエネルギーを放出した。それは赤黒い雷が迸るようにも、空間に亀裂が入るようにも見えた。










「俺が行く」


 巨大な腕翼を広げた「魔王」が、そこに居た。

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