第5話 「チーター」
※実際にどのようにオンラインゲームを管理しているのかについては、筆者は心得がありません。そのため、実際の現場と乖離した描写が見受けられるかと思われます。誠に申し訳ありません。
「いらっしゃいませ、お越しいただきありがとうございます。私、“レジェンドソードファンタジー”プロデューサーの松本と申します」
「私、異世界から参りましたグレイシア・ゼロ・ファーレンフリードと申します」
「鳥羽警察署から参りました、警部補設楽と申します」
ゼロたちが訪れたのは、「株式会社インタレスティングゲームズ」のオフィスだ。この会社はMMORPGだけでなく、アーケードやコンシューマなど、様々な作品を手がけている。その内の一つが、今最も勢いのあるMMORPG「レジェンドソードファンタジー」だ。
その「レジェンドソードファンタジー」で、現代の技術では解決が困難な事件が起きているというのだ。
「では、早速ですがご案内致します」
「「お願い致します」」
松田に手引きされ、ゼロ達はオフィスの奥に入っていく。中は人が慌ただしく行き来したり話し合ったりしていて、様々なタイトルについて開発・改善を進めていた。
「そう言えば、ゼロ様は異世界から来られたと話を聞いておりますが、“ゲーム”のことについてはどの程度知っておられますか?」
「そうですね・・・・・・・一応警察の方々のご協力を得て、どの様な形態で展開されているのか、ぐらいは勉強させていただきました」
「というと?」
「オンラインゲームと言うものは、“サーバー”というゲームの世界を構築するコアの様なものがあり、それに各々が端末を使って回線につながることで、離れた場所でも同じ世界観を共有することが出来る・・・・・・・ぐらいなら」
「おお・・・・・・よくご存じで」
設楽は訝しげに長ランの姿を取っているゼロの後ろ姿を見ていた。彼は昨日この世界に来たばかりだ。確かに枕元には自分たちでこの件に関わる概念について片っ端から解説してあるページを印刷しておいた。しかしそこには「サーバー」や「インターネット回線」などの基礎も基礎な事まで出してある。ページを印刷するだけなら短時間で出来たが、そのページ数は膨大なものだ。しかもこのような概念は向こうの世界には存在しないはず、つまり理解するのに相当な時間を要するはずなのだ。
にもかかわらず、ゼロはそれをざっくりとは言え理解して居た。類似した概念が向こうの世界には無いハズなのに、そういった下地も無しに理解できるなど、設楽は信じられなかった。
「では、こちらへどうぞ」
そして、ゼロ達は会議室へと案内された。そこには頭頂部がすっかり禿げた痩せぎで眼鏡の男性が待っていた。
「本日は来ていただき、ありがとうございます。私、エンジニアチーフの斉藤と申します」
斉藤という男と挨拶を交わし、皆席に着いた。それぞれの席には分厚い資料が用意されている。
「それでは早速ですが、本件についてどの程度ご理解なさっているかについてですが・・・・・」
「確か・・・・・・・“ゼーレ”というプレイヤーが“チーター”である可能性が指摘されており、その該当アカウントの停止が何故か出来ない、と言うことは聞いております」
「流石です・・・・・・・では、話を進めさせていただきます。不明点あれば、遠慮無く言ってください」
「かしこまりました」
ゼロがうなずくと、早速松本は資料を開いた。
「先ず、この“ゼーレ”というアカウントが行っていることをお話ししましょう。このアカウントが作られたのは今から約1年前、その三ヶ月後に一度活動が途絶え・・・・・・本件の三ヶ月前から“チート行為”が見られるようになりました」
「成る程・・・・・・・・・その“チート”はどんなものがあったんですか?」
「それについては、次のページを見てください」
松本に促されて、ゼロは資料をめくった。すると二つの表の間に矢印が引かれてある様子が載っていた。表のタイトルには「Table.1 該当アカウントの不自然な数値変動及び取得装備」と銘打たれていた。
「こちらが、そのゼーレがチート行為をし始める前と後のステータスを表わしたものです。前と後で、極端に変動しているのがおわかりでしょう」
表には再活動始める前と後のステータスが記されていた。活動を始める前には「Lv.65」程度だったのが、チート行為を働くようになった頃には「Lv.999」まで不自然に上がっている。しかもゲーム中で獲得できる殆どの「スキル」を習得しており、何よりも本来入手できる期間を過ぎているはずの装備が追加されていたりと、あからさまに「チート」と言える様子が露わになっていた。
「これがほぼ半年間で・・・・・・?このレベルになるにはどれぐらい時間が掛かるのですか?」
「理論上ではギリギリ半年ですね。しかし、この不自然なレベルアップの間に必要な経験値が入っていないのです。勝手に数値をいじられたとしか考えられません。それに、この“エスティンギルの剣”は1年前に終了したイベントの特典で貰えるものです。このアカウントの空白期間に手に入れることなど、絶対にあり得ません。明らかに不正な手段で手に入れています」
眉間に深い皺を刻みながら、斉藤は語る。
「それだけでは無いんです。次のページを見ていただけますか?」
「これは・・・・・・・・?」
ゼロはページをめくり眉をひそめた。そこには方眼の世界で二体のマネキンが覆い被さっている様子が映し出されていた。その覆い被さり方だが・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・まるで性交しているみたいだな」
「そうなんです。ゲームのNPCが妙な挙動をして居たのでその挙動を抜き出して再現したら、こんなことが・・・・・・・・・・」
「こんなものを、あなた方は実装していたのですか?!」
「するわけがありません!!セロ(CERO)を確認してください!!」
設楽は青筋を立てて松本らに詰め寄った。「レジェンドソードファンタジー」は全年齢向け(CERO-A)のオンラインゲームである。このような性的な描写など出来るはずも無い。
「これは我々でも実装していないモーションです。明らかに外部から不正に導入されたとしか考えられません」
「単純に自分のステータスだけではなく、サーバー自体にも悪影響を及ぼしていると言うことか・・・・・・・・・随分悪質ですね」
ゼロは微かに目尻を痙攣させていた。ゼロは自分の所属していた王国が滅ぼされた時を思い出していた。このときの「転生者」もこのような不自然なレベルの力を手にしていて、暇さえあれば女とまぐわっていたそうだ。
「このような行為を働いているところを、他のプレイヤーからも報告があり、何度もアカウントを失効させようとしているのです。しかし、なぜかこのアカウントはそれを受け付けず・・・・・」
「そこが一番の問題ですね」
設楽ははあ、とため息を吐いていた。設楽自身、ただの鳥羽警察署に所属する警部補にしかならない。システムエンジニアの心得があるのならばまだしも、寧ろ現場で指揮を執り犯罪者を引っ捕らえるのが仕事の彼では、その具体的な対策を取ることも出来ない。
「・・・・・・・・・・・ダメですね。これだけでは全く解りません」
「・・・・・・・・・そうですか」
ゼロの言葉に松本は頭を抱えた。せっかく異世界から来た者の強力を仰げると思ったのに、肩すかしを食らったような気分だ。このチーターを放っておけば、やがて他のユーザーも満足のいくプレイが出来なくなる。だけどそのために「レジェンドソードファンタジー」を畳むのは本末転倒だ。依然として八方詰まりだった。
そのはずだった。
「実際にどのようにプレイしているのか見ないと、全く解りません。どのようなゲームなのかを延々と語られても、正直何も実感できません」
「・・・・・・・・・・・・?」
「ゼロ殿、まさか・・・・・・・・・・・?」
ゼロはガタッと席を立ち、松本と斉藤を急かした。
「このゲームがプレイできる環境があるところに連れて行ってください。流石にテストプレイできる所ぐらいはあるでしょう?」
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