第4話 警察庁にて
※筆者は警察関連のことにはかなり疎いです。そのため、細部に誤りがありましたら申し訳御座いません。
警察。それは国の治安を維持するための組織の総称であり、日本はその拠点である警視庁を東京都千代田区霞ヶ関に構えている。その警視庁の長「警察庁長官」と呼ばれる人物「天貝」はこの治安維持組織実質的なトップであると言える。
その天貝の元にゼロは連れてこられていた。天貝の直属の部下と思われる者が部屋の脇に控えていて、ゼロの背後にも設楽が構えていた。
「改めて、よくぞ来てくださいました。私“警察庁長官”天貝と申します」
「お声がけありがとうございます。私“アストライア王国 魔王”を務めております、グレイシア・ゼロ・ファーレンフリードと申します」
両者の最初の言葉は、互いに挨拶から始まる。外交などの場で礼儀を欠くようなことは会ってはならないと、ゼロは既に知っていた。
「さて、早速ではございますが・・・・・・・こちらを見ていただきたい」
「これは・・・・・・・・・?」
ゼロはスクリーンに映された画面を見て首をかしげた。映された内容——————というよりも、白い分厚い紙に映像が浮き出ている現象自体を全く見たことがなかったからだ。
「これは“プロジェクター”というものです。様々な情報を出力することの出来る機械ですが・・・・それは一旦おいておきましょう」
天貝が合図をすると、部下の一人がリモコンを操作した。画面には「Legend Sword Fantasy不審なハッキング・チート行為の件」と書かれていた。
「レジェンド・ソード・ファンタジー・・・・・・・?何だこれは」
「これは日本で発売されているMMOVRのタイトルです。このゲームは・・・・・・」
「長官。おそらくゼロ氏はゲームの存在を知りません」
「・・・・・・・・・・はい」
「申し訳ありませんでした。ゼロ殿は異世界から来たのでしたね」
ゼロは申し訳なさそうに頭を下げた。異世界——————つまりこの世界では当たり前のように普及しているゲームだが、ゼロが居る世界には当然存在しない。この辺りの認識から説明しなければならなかった。
天貝は手短に、一通りゼロに解説して見せた。この世界には仮想空間で登場人物を動かして遊ぶ娯楽「ゲーム」があること、その中でもVRゴーグルと呼ばれる機材を用いてゲームの世界を実際に体験できる技術「Virtual Reality」というものがあること、そしてその技術と合わせて世界中の人間と同じゲームで遊ぶ事の出来る「Massively Multiplayer Online(MMO)」という概念があるということ。これらを話した上で、ようやく「レジェンドソードファンタジー」について触れることが出来た。
「成る程・・・・・・・・・要するに私達の世界に近い世界観の仮想空間を、大人数で楽しむことが出来る、というのがこの“レジェンドソードファンタジー”と言うものなのですね」
「その通りです。・・・・・・・・が、ここからが問題となっております」
天貝は体勢を直しながら話を切り出した。
「この仮想空間なのですが、実はオンラインゲームというのは、機材と技術があればある程度外部からいじれるのですね。これを“チート“と言うのですが・・・・・・・・」
「ああ。この単語自体は聞いたことがあります。成る程・・・・・・・語源はこういうことか」
ざっくりとしか聞いていないためなんとなくではあるが、ゼロは異世界でも使われている(正確に言えば持ち込まれた)単語「チート」の意味について理解して居た。
「しかし、他人が作った仮想空間を勝手にいじってしまって問題ないのでしょうか?お話を聞く限り、そんな事をしたら多くの人間にも影響が及びそうですが」
「ええ。全くその通りです。故に我々はこういった行為を取り締まり、チートを使った者が再度ゲームに入らないようにするなどの対策を取っております————————ですが」
と、ここで天貝が言葉を句切ると、画面がとあるプレイヤー(厳密にはそのアバター)を第三者視点から映したものに切り替わった。
「この“ゼーレ”というのプレイヤーですが、何故かアカウントの停止が出来ないのです。サーバーメンテナンスで回戦を切り離しても居残り続け、エンジニアでもなぜ停止できないのか不明です。なんと言いますか、我々の世界の物理法則からは離れているような、そんな・・・・・・」
「成る程、事情はわかりました」
ゼロはゲームの中の世界で何が起きているのかは解らなかったが、天貝らにとってこの上なく厄介な問題が起きていると言うことだけは理解できた。
オンラインゲームというのは、文字通りインターネット回線を用いて世界中の人間とつながり、協力したり敵対したりしながら遊ぶゲームである。勿論ゲームである以上規定のプログラムが施されており、それに則って遊ぶように設計されている。
しかし、このようなプログラムを勝手に改造したり、不正なプログラムを導入したりする様な行為を働く輩がいる。このような行為自体を「チート」、この行為を働くような者を「チーター」と呼ばれている。本来はこれらの言葉はネット上でのタブー行為として定められているのだが、ゼロが訪れている世界ではあろうことか「他者を凌駕しうるほどの絶対的優位性」を指す言葉として、つまり肯定的な比喩として使われる事が多い。
ゼロの元の世界に送り込まれてくる「転生者」が、まさにこのような「チーター」だと言うことは、彼はまだ知らなかった。
そして天貝達が直面している問題こそが、まさしく正しい意味での「チーター」と、昨今のラノベで使われるような「チーター」、この二重の意味での「チーター」の存在なのだ。しかもサーバーを回線から切り離しても、電源を落としても居座り続ける、余りにも奇妙な存在。もはや物理法則を超越しているこの存在に、彼らは手を焼いているのだ。
「天貝長官。小職から質問です」
「設楽警部補、どうなさいました」
設楽はおずおずと手を上げていた。
「確かに、小職は彼がこの世界の者では無いことは目視で確認致しました」
「ええ。いただいた画像からもそれは確認できています」
「ですが・・・・・・彼自身がこの問題を対処できるかと言われますと・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・そうですね。私も、シタラ殿のおっしゃるとおりだと言えます」
何やら言いにくそうにして居る設楽に変わり、ゼロは彼の言いたいこと、そして自分自身の意見を口にする。
「確かに私は異世界から来た者でございます。しかし、まだ私がどのような技術を持っているか、能力を持っているかはお見せしておりません。故にアマガイ長官がお望みになる結果が得られるとは言い切れませんが・・・・・・・・」
「確かにその通りです。しかし、現状我々に有効だが無いのも事実・・・・・・どうか、お力添えをお願い致します」
そう言って、天貝とその部下達も頭を下げた。
「・・・・・・・・・・ゼロ殿、お願い致します」
ゼロの背後の設楽も、天貝に倣って頭を下げる。頭を垂れた大人達に囲まれ、ゼロはむず痒そうにしていた。
「・・・・・・・・・・わかりました。出来る限りであれば私の方でなんとか致しましょう」
「・・・・・・・・・・ありがとうございます。その後の手はずは後ほど追手説明させていただきましょう。設楽警部補。彼の宿泊先の手配を」
「かしこまりました」
設楽は再度頭を下げて、ゼロを手引きした。
「(さて、鬼が出るか、蛇が出るか・・・・・・・・・)」
警察庁長官である天貝も、内心では非常に不安だった。何しろ今まで見たことのない異世界人なのだ。しかも真っ黒で巨大な腕翼を背中に持つ、異形の怪物。いくら比較的友好的な姿勢を見せていても、猜疑心を抱かずには居られない。
「お疲れ様でした。宿の手配もありがとうございます・・・・・・・シタラ様もありがとうございます」
「本当ですよ・・・・・・私もまさかただの強盗事件に立ち会っただけなのに・・・・・・・」
設楽はべしゃっとベッドに突っ伏した。彼も不運というかある意味幸運というか、まさか異世界人と遭遇し、あまつさえ共に事件の解決に向かうなどとは思いも寄らなかった。しかも今回ゼロに接触したのが設楽だったため、必然的に彼がゼロの面倒を見る羽目になった。これは人生の中でもなかなか負担の大きい仕事だ。
「とりあえず、今後の説明をさせていただきましょう。明日は“株式会社インタレスティングゲームズ”の方々と現在の状況について情報を整理、解決策の模索を行っていただきたい」
「かぶしきがいしゃ、インタレスティングゲームズ?」
「“レジェンドソードファンタジー”の開発元ですよ。オンラインゲーム以外にも様々なコンシューマ作品も手がけて・・・・・・・失礼、このような用語はまだ解らなかったですね」
設楽はうっかり、と言った様子で頭を下げた。
「それから、あなたはこの国では“
「イテツキヒョウガ?」
ゼロは如何にも「転生者」風な名前に眉をひそめた。
「ええ。こちらの世界に滞在していただく以上、戸籍情報が必要となります。本来ならば元の名前でも良かったのですが、そうなると海外在住などの情報が必要になるので、背景がややこしくなるのですよ。警察という組織の都合上、できるだけ情報のねつ造はしたくはないので」
「成る程・・・・・・・解りました」
そして、設楽は部屋の電気を消し、すぐさまいびきを立てて寝始めた。四歩疲れていたのだろうか。
「(・・・・・・・・・・・・・・さて)」
ゼロはホテルの窓から外を眺めた。外には摩天楼が建ち並び、煌々と明かりが瞬いていた。
「(随分とこの世界は息苦しいな。こんな夜でも人の気配がうじゃうじゃ感じる。こんな狭い土地に相当な数の人間が押し込まれている。これじゃ牢獄と変わらんぞ)」
東京は日本の首都として定められている都市。故に夜でも多くの人々がここで活動している。1400万人の人間が20万ヘクタールほどの土地に詰め込まれているのだ。異世界出身のゼロからすれば、窮屈に感じるだろう。
「(兎に角、俺はこの世界の事を知らなくてはならない。まずは目の前の不明点を解決しなければならない)」
そう言って、ゼロは暗闇の中で机に置かれた紙の束を手に取った。設楽や警察の人間が急ピッチで調べ上げ、「オンラインゲーム」や「チート」などの用語をまとめたものだ。時間が無かったため調べたサイト上の内容をそのまま印刷したりしただけのものだが、ゼロにとってはそれだけでも非常に助かった。
「(まず、そもそもゲームとは何か・・・・・・・・・この“レジェンドソードファンタジー”は何なのか・・・・・・・・・・・・)」
人間の目では何も見えないような暗がり、しかし「龍人」であるゼロはそんな暗がりでも問題なく視認できた。
ゼロの異世界での生活は、まだ始まったばかりだ。
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