第3話 設楽警部補

「・・・・・・・・・・・・それは本当なのですか?」


「だから、何度も言っているでしょう?」


 場所は交番—————————ではなく、鳥羽警察署の一室。設楽は戦慄していた。









「私は“グレイシア・ゼロ・ファーレンフリード”。異世界で一国の“魔王”を務めさせている者です」


 ゼロは元の姿——————血のように赤く黒のメッシュの入った長い髪に黒地に赤いファーのついたコート、そして背中に巨大な腕翼を持つ姿を晒していた。








 ゼロと設楽は机に向かい合って座っているのだが、その机にゼロは腕翼を着いていた。細見の体に不釣り合いなほどの巨大な腕にマントのような翼膜、そして触れた物全てを切り裂いてしまいそうな鉤爪。明らかにこの世の者とは思えない姿だった。


「・・・・・・・・・その姿を見る限り、その話は本当のようですな」


「ご納得いただけて何よりです」


 ゼロは設楽の言葉を聞き、腕翼を折りたたんだ。翼膜はマントのようになり、鉤爪は肩当てのように収まった。


「で、その異世界の魔王様の渡航理由は?」


「渡航理由、か・・・・・・・・・・・・・」


 はあ、とゼロは深くため息を吐いた。


「・・・・・・・・・・・簡単に言えば、あなた達の世界から人が入ってくるのです。私たちの世界では“異世界の英雄”だとか“転生者”だとか、“転移者”だとか呼んでおります」


「“転生者”・・・・・・・・創作物の話かと思っていましたが、そんな事が本当にあるのですな」


「言葉自体はあるのですね」


「ええ。こちらの世界ではそういった者を主人公にしたライト・・・・・小説がはやっておりましてね。“異世界転生”なるものが横行しているのだとか」


「・・・・・・・・・?」


 ゼロは設楽が何かを言いかけたのを聞き逃さなかった。彼の言う「小説」は、その口にしようとした「ライトなんとか」というものをわかりやすい表現にしたのだろう。いずれにしても、「転生者」の概念自体はあるということは大きな収穫だった。


「その“転生者”・・・・・・でしたか、その数はどれほどそちらに」


「どれほどもこれほども、毎日のように来ているのですよ。俺たちの領土を好き放題荒らしやがって・・・・・・・・どれほどの仲間が奴らに殺されたか・・・・・・・・失礼しました」


「成る程・・・・・・・・・そういうところまで同じという所ですか」


 ゼロは苛立ちの余り、思わず敬語を崩してしまった。心境を察した設楽は気まずそうに咳払いをした。


「・・・・・・・・・しかし、こちらに渡ってきて何をなさるつもりです?」


「その“転生者”どもがどうしてこちらにやってくるのかを突き止めるためです」


「あなたの世界にやってくる理由、ですか」


「理由というより原因ですね」


 最初は姿勢を正して座っていたゼロだが、じょじょに体勢が崩れていく。机に肘を置き、カリカリといらだたしげに爪で掻いていた。


「奴らはこちらの世界に余りにも馴染もうとしなさすぎる。自分たちの力が周りにどれだけ影響を及ぼしているのか、そのせいでどれほどの被害が出ているのか、奴らはまるで理解して居ない。自分にやっていることがどんな事なのか、根本的に理解して居ないんだ!!」


「・・・・・・・・・・そうですか」


 設楽ははぁ、とため息を吐いた。


「具体的に、その原因をどのように調べなさるつもりで?」


「そのために今、あなたと話をさせていただいているのです。私はついさっきこの世界に来たばかりです。この世界のイロハも何もわからない。だからこの世界で有事の際には頼れるところを、としてここを訪れているのです」


「成る程、わかりました」


 ガタリ、と設楽は席を立った。


「ただ、こちらとしてもあなたの事をどう扱えば良いかも解らないのが現状です。しばしの間、この部屋に待機を願います」


「有り難う御座います。かしこまりました」


 互いに会釈をしたのち、設楽は部屋から出て行った。残されたゼロは一人、顎に手を当てて考え込んでいた。


「(しかし、あのシタラという男の言っていたことは非常に気に掛かる。あのライト・・・・なんとかとかいう奴が、“転生者”共に何かしらの影響を与えているのだろうか・・・・・)」


 なんとなくではあるが、ゼロはシタラが言おうとしていた言葉——————「ライトノベル」というものに色々なものが集約しているような気がしていた。


 設楽は「小説」と言い直していた。小説はゼロの世界でも普通に広まっている娯楽の一つで、識字率の高い人間が主に嗜んでいる。しかし逆に言えば文字を読めさえすれば魔族でも十分に楽しめるもので、実際にゼロは同じく読み書きできる魔族が書いた様々な研究論文を目に通してきた。


「(物は試しだ。後で何かしら紹介してもらうか)」


 ゼロは今起きている事が一通り片付いたら、この世界の「小説」を読ませてもらおうと思っていた。











「・・・・・・・・・正気ですか」


『ああ。天貝長官はそうおっしゃっているんだよ。設楽君』


 設楽は自分の上官である警部に電話をかけていた。設楽の階級は警部補、警察内の階級では下から三番目でしかない。そんな彼が「異世界からやってきた異形の怪物、しかも言葉が通じて会話がまともに出来る相手」に対する対処法など会得しているはずも無く、彼の手に余る事案であるのは明白だ。そのため、ゼロの処遇について上に問い合わせていたところなのだ。


 だが、彼の上官である警部からは、予想外の回答が返ってきた。


『この件は余りに不可解なところが多すぎたからな。警視庁内でも情報開示を規制していた。だが、その糸口となりそうな者が見つかったのであれば、直ちに連絡をとのことだ。私に電話してくれたのは英断だったよ』


「だとしても、彼は“異世界”から来たと言っています。実際に私もその人物が異形の姿をしているのを見ています。いくら何でもそう簡単に信用するなど——————」


『とにかく、そのゼロという魔王様を連れてきてくれ。でなければ話が進まん』


「—————————かしこまりました」


 それじゃあ、と警部は電話を切った。設楽は胃に穴が開きそうな思いをしながら、しばし頭を抱えていた。


 やがて踏ん切りが付いたのか、設楽はゼロが控えている部屋の戸を開けた。


「設楽殿、いかがなさいましたか」


「————————ゼロさん。申し訳ありませんが、今から私に着いてきてください」


 設楽は、自分の顔が引きつっているのを実感していた。










「我々警察——————この国の治安維持組織の最高階級の者に会っていただきたい」

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