21-1 人と竜のあるべき物語
「……はぁ。ここに至ってどうして戦いになるかなぁ」
エリノアとは、実のところ話が通っていた。
テアが怒ったように彼女を追い立てたのは――やたら本気臭かったけど、演技ということになっている。
僕は赤竜かエリノアかという二択ではなく、三つ巴のまま進むことが何よりの結果を生んでくれるはずだと信じていた。
だからこそ赤竜にもこの三つ巴の話が通るように事を運んだ。
その結果がこれだ。
……一応、決定的な破談ではない。
けれども勇者を上回る脅威ともう一戦とは予想外だった。
言葉や理性で解決できたらと思って堪らない。
しょぼくれた顔をしていると、テアが背をバンと叩いて気付けをしてくる。
「私にはわかるよ。割り切れない気持ちがある時、思いっきり暴れるのを誰かが止めてくれるのが楽なの」
ふふふ、と経験を語ってくれた。
あんなに恐ろしい圧が目の前にあるというのに、テアからは緊張の欠片もない信頼の表情が向けられている。
怨敵に歯牙を突き立てんと荒ぶった狂犬と、竜。
言葉がなかなか通じないところは確かに似ているかもしれない。
「わぁ、慕われて嬉しい……」
「勇者殺しなんて虚しかったんだけどね、全力をぶつけて打ち解けて、もっといい結果を目指して再出発って方なら頑張り甲斐があるでしょう?」
「確かにね。拮抗した勝負なんて血みどろになるだけだし、よくはなかったと思う」
カイゼルには、ざまぁ見ろと言ってやれた。
しかし、獣人領を救う時に至って悲惨な戦いになっては目も当てられない。
残る勢力もざまぁと言えるほどやり込めてこそ、僕らは故郷を守れたと胸を張れるはずだ。
「そうそう、そうでなくっちゃ。ふふ、私もようやく昂ってきた……!」
テアは五指を絡めて手を握った後、距離を取って屈伸した。
いい顔だ。
やる気は万全らしく、犬の尻尾もぶんぶんと空を切っている。
目標は望ましいけど、回避できそうでできない戦闘を前に胃が痛む僕とは大違いだ。
複雑な心境でいたところ、アイオーンが隣に歩いてきた。
「正しく使ってくれる人がいる安心感という点では、私も理解できます。エリノア・ハイムゼートを逃がせば我々の勝利。そして、敗者は勝者に従う。理屈抜きでなら、わかりやすい話なのでしょうね」
「そうだね。向こうがやる気じゃあしょうがない。僕らにできる全力で頑張ろう」
「はい。駄犬のお世話はお任せを」
アイオーンの一言に、ああん!? と反応をするテア。
まあ、このくらいに肩の力が抜けている方がよく動けると思う。
少し離れた位置にいるエリノアの様子を確かめてみた。
僕と彼女は同じく後衛型だ。
共同戦線の雰囲気を前に視線が合うと、彼女はにちゃあと笑みを作る。
容姿は端麗ではあるものの、マッドサイエンティストを地でいく彼女からのラブコールは背筋が冷えるものがある。
さて、意志は決定した。
赤竜は伝説に謳われる竜に相応しく、悠然と返答を待ち構えてくれていた。
「赤竜さん、挑ませてもらいます。エリノアさんと上手く協力できれば勇者をもう何人か確実に仕留められて、人との争いになったときに獣人領の犠牲を減らせる。加えて、対となる竜も見つけやすくなります。僕はあなたを出し抜いて、全部を勝ち取りたいです」
『……怨敵を圧倒し、故郷を救い、枯れた大地を潤すか。ただただ焼き払い、抗った末に残るものに比べてなんと贅沢な望みよ。竜に挑まんとする者は言うことが違う』
虚栄の勝利と、栄光に続く敗北。
赤竜にとってはどちらに転んでも複雑な結末だろう。
けれども、勇者に敗れてから数百年続いた敗北の味はそれくらいでこそ塗り替えられると思う。
「人と竜の物語は、それくらいの方がいいと思います」
『――認めよう。業腹であるが、それでこそ面白い!』
そうして竜は高らかに吼え、彼を納得させるための戦いが始まるのだった。
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