21-2 同じ魔法で同じ効果が出ると思ったら大間違いです

 

 この戦闘、エリノアを逃がすことが目的だけど問題は手段だ。


 赤竜の身はまだまだ回復の途上で満足に飛べないが、走ったり翼を広げて滑空したりはできる。


 人が苦労して越えなきゃいけない谷もショートカットできるのだから、まともな追いかけっこは不利だ。


(要するに、僕が次元を繋いでどこかにエリノアさんを送れるかどうかの勝負)


 距離が離れるほどに座標の指定が難しくなる。


 送り先は竜が幽閉された結界内が最適だろう。


 座標の指定に十秒。

 魔力の創出に五秒。

 入ってもらうまでに五秒といったところか。


 魔力を高めればどこに隠れたって感知されるし、今や勇者二人分とも言うべき魔力容量の竜相手に間を稼ぐのがいかに難しいことか。


 赤竜もそういう勝負だと見定め、エリノアよりも僕に視線を注いでいる。



 大丈夫、手段はある。


 柔よく剛を制す――僕らは最初から、自分より勝ったものを相手にする算段をつけてきたのだから。


 多少、相手にするものが大きくなったからって変わらない。


「おい、少年。クソトカゲの腹に詰まっていたスライムはどうした?」

「それなら――」


 悪いことを考えていますって顔はやめてほしい。


 そんな方法で勝ちを拾えたとしてもまた話がこじれるに決まってる。


 もうとっくに対処したと伝えようとしたところ、赤竜の口元でチカッと焔色の光が瞬き、反射的に身構えた。



 次の瞬間、僕らに襲い掛かったのは猛烈な爆発の余波だ。


 逆鱗に触れる話題なだけに、赤竜が反応して激しい攻撃を放った?


 いや、違う。


 爆心地自体が赤竜の立つ場所だ。



 何が起こったのかと意識を奪われている間にも、エリノアは魔力圧を高めていく。


 驚いた様子もなく、次の何かへの組み立てだ。


 彼女が何かしたのは間違いない。


「おら、何をしている無能。動け! 頸椎に刺した魔石に対処できて、あれを無視するはずもない。馬鹿を着火剤にするにはちょうどいい話を振っただけだろうが!」

「ハァ!? 誰が無能ってぇ!?」

「ステイですよ、テア。あまりに堪え性がないと去勢されてしまいます」

「こんのぉっ。あんたたち、後で焼いてやるっ……!」


 複数の意味でツッコミどころがある。


 テアは口元をひくひくさせながらも堪えて動いた。



 なにせ天才という前評判通りエリノアには無駄がなく、行動を見せつけられている。


 負け犬の遠吠えなんてマネはテアの嫌うところだ。


 そして別れ際、アイオーンはこくりと頷きを見せてきた。


 彼女に任せるのはテアのフォローだけじゃない。


 僕と離れてもらうからこその戦法もある。それを忘れてはいないと、こちらも頷き返しておいた。



 さて、こちらも後衛組としてエリノアと協調しないといけない。


 今までのことからして、彼女は他人と歩調を合わせる気が一切ないのがわかった。


 ならば、僕が彼女のペースに合わせなければいけない。



 そう、よく考えろ。


 先程の爆発と、続くエリノアの行動の意味は何だろうか?


「……そっか。物はそれぞれの形で“錆びて”こそ安定する、か。空気と混ぜ合わせる《焼夷弾》とは真逆で、空気を引き剥がしたってことかな?」


 あまりに規模が違い過ぎて理解が追い付かなかったのだ。


 それも、単に誘爆させるためじゃない。


 関連して思い出した通り、《焼夷弾》は空気が混ぜて燃やした時に起こる反応を攻撃に転化しているもの。


 当然、空気と混ざっていないものの方が“仕込み”をしやすい。


「あの――」

「黙って合わせろ! それができない輩に価値なんぞあるか!」


 胃がキリキリ痛むくらいに手厳しい。


 今までべた褒め一辺倒だったエリノアだが、そのお眼鏡は依然として厳しいようだ。



 加えて、実際に会話の間は許されていない。


 竜を飲み込んでいた煙が一気に霧散したかと思うと、地中に濃密な魔力を感じた。


 それは僕とエリノアの間を一直線に分かち、幾重にも分岐したかと思うと地上に競り上がってくる。


 現れたのは、まるで巨大なヒュドラのような溶岩だった。


 赤竜はそれを操っているらしい。


「くっ!?」


 それぞれの頭が襲い掛かってくるので、《斥力投射》を跳躍補助にして避けていく。


 けれども、回避するほどにエリノアからは引き剥がされていった。


(なにより、酸素を抜いたものをドロドロに溶かして不純物を混ぜるって、《焼夷弾》を狙いすましているような妨害だよね!?)


 きっと、赤竜は《焼夷弾》やテルミット反応の理論なんて露も知らない。


 けれども小細工を弄す相手には攻撃が最大の防御であると学んでいるのだろう。


 巨木じみた太さながら、鞭のように振り回される溶岩を避けるだけで手一杯だ。


 と、思っていたら今度は地表広範囲にエリノアの魔力が広がり、魔法陣を形成すると共に圧が高まっていく。


 彼女もまた回避しながらこんな魔法まで組み上げたらしい。


「クソトカゲ、地形を返してもらう」


 言葉と共に地表が鳴動したかと思うと、スライムのように動き始めた。


 地中から染み出していた溶岩は大量の土砂によってかき混ぜられ、飲まれる。


 そして、さらに激しくなる揺れに合わせ、この戦場全域に様々な鉱石の錐体が出現した。



 人の背の三倍ほどもある。


 僕らにとってそれは遮蔽物になるし、《焼夷弾》の弾にもなることだろう。


 けれども、赤竜は再度それを妨害しようと地中に魔力を迸らせた。


「ほんと、勇者とかの力の規模って次元が違いすぎて恐ろしいなぁ、もう!」


 おあつらえ向きな金属がどこにあるかでエリノアの意図を察する。


 僕は手始めに目の前にあったマグネシウムに軽く触れて魔法を仕込んだ。


 そして、より《焼夷弾》に適した金属塊がある場に走ると同時、今まで立っていた場所は新たな溶岩によって飲まれた。



 ああ、そうだろう。


 警戒されているからこそ、こうなるとわかっていた。


「こっちを凝視していると辛いですよ!」


 マグネシウムに仕込んでいた《焼夷弾》を活性化させ、起爆する。


 直後、溶岩を吹き飛ばす爆発と共に太陽の何倍にもなる閃光が大地を白く染め上げた。


『ぐぬっ――!?』


 マグネシウムを燃やすと眩い光を放つのは有名だ。


 《焼夷弾》の有り余る威力にばかり気を取られていたが故、こんな性質もあるなんて赤竜は予想だにしなかっただろう。


 この隙に僕は本命の金属塊に《焼夷弾》を仕込む。


 するとその金属塊は即座にねじ切れ、宙に浮いた。


 これを叩き込む砲台の役はエリノアが担ってくれるらしい。



 こうして戦ってみるとわかる。


 勇者に対して力が強大な邪神が、長い歴史の中でどうしていつも敗北してきたのか。


 彼らの真似事と言っては癪に障るけれど、戦いは足し算ではないことをここに証明しよう。

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