5-2 砂漠の紅い竜と、勇者の痕跡

 彼女は地面に手を叩きつける。

 すると黒い闇が猛烈に噴き出し、僕らをベールのように包み込んだ。


 これは防御用の障壁である。


 咄嗟のことで反応が遅れたが僕は慌てて結界を繋ぎ直し、閉じた。


 それと同時、僕らに襲い掛かったのは猛烈な熱波だ。


 防御膜があった上、ほんの一瞬だったから肌がチリチリするだけで済んだものの、無防備だったらもっと酷いことになっていたかもしれない。


「ひええ。テア、守ってくれてありがとう……。そっちは大丈夫?」

「うん、平気。でも、あれって……」


 ほんの一瞬、垣間見たもの。


 それは――


「紅い、ドラゴンだったね。それも、すごく大きな水晶に何故か貫かれていた」


 死んでいたわけではない。

 僕は目が合ったような覚えさえあった。


 一体どういう存在なのか。

 思い当たる節は、テアが語っていた話題だけだ。


「私が言ったお伽噺の竜? あの熱波だし、それが影響してこの土地が乾燥したっていうのもなんとなく繋がりそうな気はするけど……」


 テアは口に出して考えを整理していた。


 疑問はまだある。


 それなら、対になる竜はどこにいるのか。

 どうしてあんな姿だったのか。

 どうして結界なんてものの中にいるのか。


 わからないことだらけだ。


 二人して考えこんでいたところ、アイオーンは熱波で吹き飛ばされたカイトボードを引きずってきた。


「指摘されていない事項がまだあります。あの水晶はドラゴンの力を吸収していました。そして、その術式には《天の聖杯》の力を観測しました」


 聞いた名前だ。僕はハッとして彼女を見つめる。


「それって、もしかして……」

「人間領の勇者が介入している可能性が高いでしょう。しかし、今はあの場に踏み込む準備がありません。マスター、出直すべきです」


 今はそれが妥当な判断だと思う。


 けれど。


 僕が今後、どういうことを希望しているのかテアには伝わっていた。


 目が合うと彼女は口を開こうとして――思い留まったのか、深いため息を吐く。


「うあぁー、もう逆だよぉ……。今までは私の手綱をエルが握っていたのに。私、こんな面倒くさい女になりたいんじゃなくてぇ……」


 何とも悩ましそうに顔をしかめている。


 ぬあーっ……と元気なく呻いた彼女は砂がつくのもお構いなしでうつ伏せに倒れた。


「わかるぅ。結界で隠せてるって油断しまくりの勇者をぶちのめしてさぁ、あの竜も解放してさぁ。砂界の緑化までできたら最高だよね。うん、最高……。こんな気分じゃ夜も昂りきれなくて不完全燃焼だし……」


 テアは地面に寝たままだ。


 僕はそんな彼女の横に正座する。


 しばらく互いに無言でいると彼女はこちらに腕を広げてきた。

 僕はそれを首に回させ、抱き上げる。


 すると、彼女はぽつりと呟いた。


「……しよっか」

「うん、しよう」


 頷き合い、確認する。


「ギリギリの勝負はダメ。飢えて死んだ子、家族と引き離されて奴隷にされた子がいるもん。封殺してぶち殺す。鼻っ面をへし折って、ざまぁって言ってやる」

「そうだね。わかることは分析して対策しよう」

「うぅ~っ……よしっ! 目標設定終わりっ!」


 鬱屈していた雰囲気を吹き飛ばすように飛び上がったテアは伸びをした。


「イオン、さっきの話だけど僕らに勇者は倒せると思う?」

「《天の聖杯》は力を与える遺物です。単純な力の総量で言えばこちらが5。あちらが10以上というところでしょう。真っ当な攻防では良くて辛勝です」

「そうだよね。仮にも邪神に比肩する勇者だし……」


「しかし、世には柔よく剛を制すという言葉もあります。《時の権能》こそ、邪神が有する柔の性質。不可能ではありません」

「《天の聖杯》と勇者に、《地の聖杯》と邪神とか言っていたっけ。詳しいことは後で勉強させてもらうよ」

「はい、喜んで」


 アイオーンの頼もしい言葉を受けて、僕は揺らぎを見つめる。


「うん、これでこそ二度目の人生だね。勇者を倒して、あの竜を開放する。そして、できればこの土地の楽園化に繋げる。二人とも、頑張ろう!」


 僕が上げた手に、テアとアイオーンの二人が手を打ち合わせた。



 こうして《時の権能》によって国の在り方そのものを変えていく、僕たちの大いなる術アルス・マグナが始まるのだった。

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