5-1 砂漠地帯。覗いてはいけない歪み

「ここは標高が高めで風が強いからね。高地だから日差しさえ避ければ涼しいけど、砂漠地帯なんて歩くんじゃなくてカイトボードで越えるのが一番!」


 視界の果てくらいまでは続く砂漠だったが、テアには用意があった。


 元気よく宣言した彼女は一人小高い岩に登ると指笛を鳴らす。

 その音はまるで鳥の鳴き声だ。


 一体何が起きるのかと観察していると、翼長二十メートルにもなりそうな怪鳥がどこからともなく飛来した。


 それは彼女を見つけると鉤爪を構えて急降下してくる。


「あ。飼い慣らしているとかじゃないんだ……」


 予想外の流れながらも、心配はしていない。


 彼女は火と闇の魔法を高レベルで収めた格闘家だ。


 闇の刃で加えた裂傷に爆炎をぶち込むなどはお手の物。

 あんなかわいい顔をしているけれど、破壊力に関しては定評がある。


 頑強さで有名な竜や甲虫の魔物を汚い花火にしたことが何度あっただろう?


 彼女はクロスカウンターで怪鳥の頭を消し飛ばし、獲物を引きずって戻ってきた。


 目の前で始まるのは鳥の解体だ。

 羽根をむしり、肉を切り分け――。


 抉り出したるは人の身丈よりも大きな肩甲骨だった。


「うわぁ。なんてワイルドな……」

「鳥の骨は軽いし、曲線が滑らかでボードにちょうどいいんだよね。平地を進むにはもっと凹凸を削りたいけど、ここから目的地までは下りだから平気。あとはロープを通して、持ってきていた布を括りつければ~……」


「マスター。いい機会なので余剰の肉と羽毛も収納を」

「ああ、うん。《次元収納》だったね」


 空間の裂け目に道具を収納する魔法だ。


 これもまた一般的には到底扱えない代物なのに権能の力を借りれば片手間の作業だった。


 アイオーンと手分けして解体し空間の裂け目に放り込んでいく。


「何やってるの? 二人とも、早く飛び乗って!」

「おっと!? テア、早いってば!?」


 声に振り向くと、テアは大きな布で山風をすでに掴んでおり、骨のボードが斜面を滑り下りようとしているところだった。


 僕とアイオーンは慌ててそこに飛び乗る。


「エル! 動くと暑くなるから上着も持ってて!」

「うわっぷ!?」


 上着を脱げば水着並みの露出度になるのに惜しげもない。


 そこからは凧の手綱を握る彼女の独壇場だ。


 砂漠の隆起を波のように越えたり、手綱を巧みに操って上空で暴れる凧を制御したりと彼女の乗りこなしはスポーツのように健康美にあふれている。


「うああっ。テア!? これ、どうしてひっくり返らないのぉっ!?」

「それは私たちの体重と風が上手く釣り合うように手繰っているからね! 砂を掻き切る感触が気持ちいい!」


 さわやかな彼女には悪いが乗り心地についてはノーコメントだ。


 まず鳥の骨には掴むところがないからテアのお尻にしがみつくしかないし、揺れが酷い。


 これを乗り物として成立させるなんて、謎のテクニックが起こしたバグとしか思えない。


「テア、ストップ! ストーップ!?」

「え、なに。まだ道のりは半分だけど限界?」


「それもあるけど、あの揺らぎを感じたところのすぐ傍なんだ!」

「むぅ~……」


 不服そうだけど、理由が二つも重なると受け入れてくれた。


 彼女は頬を膨らませながらも凧を手繰り寄せ、カイトボードを止めた。


「……なんだろう。改めて見るとすごく大きいな。風景が重なっているというか、空間に裏側があるっていうか……」

「うーん。ここにあるの? 私には何も感じられないけど」


 テアは自慢の耳や鼻も使って存在を確かめようとするが、首を傾げる。

 これが自分の幻覚なのか答えを確かめられるのは《時の権能》だけだ。


「イオンはどう思う?」


 目を向けてみると、アイオーンは拍手を向けてくる。


「初見でそれだけ見定められるのは素晴らしいです、マスター。これは《次元収納》に近い結界です。大掛かりな魔法で一定空間を隔離しています」

「こんなところに結界?」

「はい」


 曰くつきの土地ならわかるけれど、ここは何もない砂漠地帯のど真ん中だ。

 そんなものが置かれる意図がわからない。


「エル、変なことに首を突っ込むのはダメ」


 僕を思考の海から引き戻すようにテアは袖を引いてきた。


「ちょっと待った。ここは僕たちが住むところの近くだし、確かめないのも不安な気がする」

「あっ。……そっか。ごめん、私、そこまで気が回らなかった」


 生贄の儀式からまだ一週間程度だ。

 テアが過剰に不安がるのも無理はない。


 しおれてしまった獣耳をポンと撫でてなぐさめる。


「いや、その気持ちもわかるよ。だから僕もほんの少し覗くだけで済まそうと思う。イオン、そういうことってできる?」

「はい。《次元収納》と同様、この場の次元を切り開けばいいだけです」


「わかった。やってみよう」

「言うは易く行うは難しですが、マスターであればきっと」


 ふふふと一人楽しそうなアイオーンは静かなプレッシャーを与えてくれた。


 集中だ。

 周囲を見回し、重なった空間の端と思しき位置を見定める。


 そこに移動した後は集中し、手を伸ばした。


 目の前の歪みから逆算し、ずれた次元の“位置”を魔法陣に刻む。


 続いて切り開いた次元の維持、固定に関する設定を魔法陣に組み込み、空中に描いていく。

 どのような文字、数式でそれを刻めばいいのかはアイオーンが先導してくれた。


 あとはその感覚に従って開くのみだ。


「これだっ」


 カーテンのように掴み、開く。

 すると空間に亀裂が走り、その合間には全く違う風景が見えた。


 そこには赤茶けた礫砂漠が広がり――視界のほとんどを埋め尽くすほどの“何か”が横たわっていた。


「ダメ。エル、閉じてっ!!」


 目を凝らそうとしたその瞬間、テアが叫んだ。

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