2章 砂界で始める大いなる術
6-1 ドワーフ地下集落とそこでの生計の立て方
ドワーフ地下集落の目印は礫砂漠の丘に建った廃墟と、その近辺にあるクレーターだ。
大山脈から見て、まずは砂漠地帯がある。
そこ越えて丘を迂回すると露天掘りで作ったらしいクレーターが見えてくるという配置だ。
「エル、近くの穴にも気をつけてね。覆いはあるけど、地下に空気を送るためのエアシャフト兼井戸だから」
「廃墟近くのあれだね。本当に井戸っぽいやつ」
この廃墟はもしかすると、最初期に住もうとした時の残骸なのかもしれない。
テアは先導しながら解説してくれる。
僕はそれを受けて観光気分だったけれど、アイオーンは違った。
丘や廃墟前のエアシャフトなどを見た後、《空間走査》を用いて周辺環境を把握し、さらに感心した様子だ。
「なるほど。山脈からの風を丘に開けた穴から地下集落へ引き込み、エアシャフトの縦穴やクレーターへの横穴へ逃がしているようです。溶岩地形にできる風穴の構造を応用しているのでしょう」
「要するに、地下だけど風通しはいいんだね? 流石ドワーフの建築だなぁ」
山脈の雪解け水による地下水で飲み水を確保し、高地ゆえの辛い日差しと温度変化にはこうして対応しているらしい。
僕たちは丘に開けられた洞窟からしばらく下っていく。
すると、闘技場じみた広間に出た。
そこには無数のゴーレムやガーゴイルが配置されている。
「防衛機構だけど大丈夫だよ。話は通してあるから」
テアは何かのメダルを取り出すと、手近なゴーレムに掲げた。
これで通行許可が下りるらしい。
そうして広間を抜け、さらに洞窟を進むと地下集落が開けてくる。
各所にヒカリゴケやキノコ、光水晶が配置されており、洞窟というよりは大きな建物に入った気分だ。
「ドワーフが八割。獣人が二割って感じなんだ?」
「そう。獣人はオアシスで作物を作ったり、塩や獲物を取ってきたりして地下のドワーフに売るの。ここには大きく開けた一等住宅街と、アリの巣みたいな二等住宅街があって、露天掘りには鍛冶屋と商業施設が密集してる。あと、クレーターの底からは鉱石の採掘がされているの」
「こっちの住宅街は迷子になりそうだね……」
パッと見、風景はどこも変わらない。
一応、立て札で道案内がされているけれど、場所によってはそれがなかったりする。
中心地を逸れれば当てもなくさまようことになるかもしれない。
けれど一等住宅地はそんなことがなかった。
惜しげもなく広げられた空間に植樹がされているし、小川や池まで作られている。
まるで地中に埋まった城の外縁を綺麗に掘り返したかのように辺りを見渡せた。
「どう? これくらいに開けていたら窮屈さもないでしょ」
「そうだね。地下ってことが信じられないくらいだよ。……ん?」
「もちろん、私たちの家はここの一角にあるから安心してね」
テアは胸を張って言う。
それとは別に、僕は時折すれ違うドワーフの姿が気になった。
彼らは恐らく鉱夫が生業の人たちだ。
カナリアの籠を下げたドワーフは咳がちだったり、顔色が悪そうなところが気になった。
彼らはクレーターの底で採掘し、二等住宅地に戻るところなんだと思う。
「エル、どうかした?」
「ここでの生計の立て方が見つかったかも」
「えぇ。わざわざ採掘なんてしなくたって、私たちなら魔物狩りをして肉を卸せば十分だと思うけどなぁ」
「そういうのじゃなくてさ、もっと世のため人のためになれること」
何を思ったのか言おうとしたところ、目的地に到着してしまったらしい。
民家ではない。
公に開かれた施設らしい門構えに、エントランス。そして受付嬢がいた。
あれよあれよと応接室に案内され、前にすることとなったのは老齢のドワーフだった。
「話は聞いておる。お前たちが獣人領からの“厄介者”じゃな?」
応接室に入ってからはテアもいつもの天真爛漫ぶりを隠し、淑女然としていた。
入室するドワーフの族長に対して起立し、形式ばった会釈まで見せるほどだったのだが、最後の一言で表情にヒビが入る。
宰相相手と違って初手で殴りに行かなかっただけお利口と思いたい。
「族長さん。確かに獣人領からの移住者で迷惑をかけるかもですけど、私達はちゃあんと対価を払って事前許可は得ましたよね?」
「ここには訳アリの獣人も多い。そんな中、対価を払って一等地を買えるくらいの者が来るなんて強権か財力に任せた入植にしか思えんのだよ。なに、契約はしかとなされている。大人しくしている限りは居住を許可しよう」
族長はそう言って鍵を差し出してくれた。
なるほど。
僕のことは邪神に繋がるかもしれないし、ここでも伏せているのかもしれない。
「まあ、強い獣人の娘なら稀にある。有望なつがいと乳母を見つけて、子作りが終わったら二人を残して戦地に戻るとかのう。せいぜい荒っぽいことはせぬように」
「つがいと乳母……」
確かに僕でもそういう生活をする獣人の話は耳にする。
獣人はその血統によっては一夫多妻やその逆も、平然と認めることがある。
ましてや現代の獣人領なんて困窮故に親が出稼ぎや、危険作業で不在のためにグループで子育てすることも少なくない。
それで言うと、僕と侍従のようなアイオーンはまさにこう見えるようだ。
「ええと、族長さん。そのお話はともかく、住むにあたって二つ聞いてもいいですか?」
「ふむ。ひとまず伺おう」
「山脈側の砂漠地帯に結界を敷いていたりしますか?」
「まさか。結界なんぞは地脈の流れがいい砦にしかないじゃろう? 水源や鉱山を守るために入り口を封鎖することはあるが、それでもかなり割高な代物じゃ。あの場所には何もないと思うが?」
地下を流れるマナを汲み取って様々な魔法に運用することもある。
しかし砂漠地帯のあれはやっぱり知らないようだった。
僕はこのことについて詳しく伝えるかどうか、テアとアイオーンに視線で問いかける。
「話しておこう? 本当に知らないみたいだし」
「同意見です。あの場に勇者が出入りしている以上、近隣も略奪の対象になりかねません」
「そうだね」
この地下集落自体が勇者と裏で手を組んでいる――それが一番怖いけれど、テアの五感的にはそんな気配も感じられないみたいだ。
どんどん不審がった顔になる族長に、「実は……」と切り出す。
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