伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その参弐

 俺の表情を見た仁和も窓を覗き込み、奇声を上げた。覗いていたことがバレるので、すぐに仁和の口を手で押さえた。

「覗いていたことがバレたら殺されるぞ!」

「いえ、あの血液はですね──」

「いやいやいや、血液って時点でやばいことしてることが確定しているだろっ!」

 目の前に殺人鬼がいるかのごとく、俺の心臓はバクバクと鼓動した。見つかったら殺されてしまうだろう。そして鍋に入れる血液に俺の血液も加えられる。

「あ、来客かな?」

「バレたっ!」

 俺は逃げようと仁和の手を握って走り出したが、仁和は俺の肩に手を置いて逃げるのを阻止した。

「政宗殿、あれは顔料を作っていただけですよ!」

「が、顔料!? でもさ、血液を使っていたんだぞ!」

「血と鉄と灰を混ぜれば青い顔料が出来るのです。血は動物のもので、それを鉄鍋に入れて叩きながら混ぜていたのでしょう。そこにわら灰を入れれば、青い顔料が完成します」

「動物の血液だったのか」

 少し黙ってから科学者の方へ振り向き、土下座をして謝った。自分の実験が笑われたら気分が悪くなるのは俺も同じだ。ここは謝罪一択である。

「別にいつものことだから謝らなくても良いよ。気にしてないし」

「それでも悪いことをしたのは事実だ。さっきは悪かった」

「本当に気にしてないよ。それより、あの顔料を作る過程を理解出来る人が来客してきたってことは何か理由があるよね」

「ええ」仁和が俺に代わって説明を始めた。「こちらの方は伊達氏の当主・政宗殿、私は軍配士を務めさせてもらっている仁和凪です」

「伊達氏の? よく来たね。まあ入って」

「では入らせていただきます」

 二人の後を追うように山小屋の中へ入った俺は、壁一面に貼り付いている紙を見て圧倒された。山小屋の壁に貼られた紙には地球、そして宇宙についての計算が書かれていた。

「これは......世界(地球の当時の呼び名)が球体だと証明するための計算式ですか。宇宙、星々、太陽、月の動きなども証明出来ていますね。世界が回転していることにすら気付いているとは」

「まさか君はそれが理解出来ている上に以前から知っていたと言うのか!?」

「以前から理解していましたよ。あなたは噂に聞いていた以上に優秀な方なんですね」

「この計算が書かれた紙を見て気持ち悪いと言われなかったのは初めてだ。僕は幼い頃に浜辺で水平線を見て、もしかすると世界は平らではないのではないかと気付いたんだ。それから世界のことを計算しようと心に決めた。そして世界が球体、正確には楕円だえん体だと知った。僕は世界を''地球''と名付けた。

 また、地球は宇宙の中心だという当たり前の考えがあるが、あれは事実ではないんだ。それは間違っていた。中心なのは地球ではなく太陽なんだ。そして陽が昇るのは太陽が公転しているからではなく、地球が動いているはずなんだ。だが、地球が動いていることまでは証明出来ていない......。そもそも、地球が動いているならば飛んでも同じ位置に着地するのはおかしいんだ」

 仁和は机に置かれた紙と筆を持った。「例えば船に乗っていて、そこで飛んでも同じ位置に着地します。これを地球に当てはめれば、別におかしくはないでしょう?」

「それだ! 確かに君の言うとおりだな。しかし、ではなぜ飛んでも同じ位置に着地するんだ? どんな力が働いているんだ?」

「簡単に言いますと、船に人が乗ったら人も船と同じく前へ進みます。すると人にも船と同じように前へ進む力が生まれ、飛んでも空中で船とともに前へ進むんです。だからこそ、同じ位置に着地します」

「まさか、そんなことが」

 未来に戻った時に俺が車から飛び降りたら転んだが、あれも俺の体に前へ進む力が生まれていたからだ。それなのに飛び降りて足が地に着くと摩擦の力でブレーキが掛かり、足だけが止まってそれ以外は前へ進んでしまい、転んでしまうというわけだな。

「この時代にあなたのような天才がいるとは思いませんでしたよ。名前を教えていただけますか?」

藤堂とうどうはじめだが、それよりも''この時代''って?」

「私はこの時代から四百年後の日本の住人です。四百年後には太陽が中心なのだと証明されていますよ」

「四百年後? それならば君が真理を理解しているのも納得だ。僕に何の用なんだ?」

「あなたの腕を見込んで言います。私達に協力してください!」

 藤堂は真剣に悩んだ。それはそうだ。これは彼にとって人生の分岐点のはずだ。自分を初めて認めてくれた人に従うか、それを断ってでも真理を追究するか。

「申し上げよう。僕は君達に協力する。だけど真理の追究することはやめないぞ」

「それで良いですよ。というか、藤堂殿の真理の追究に協力しましょうか?」

「良いのか?」

「構いません。今はどんなことを研究しているのですか?」

「地球一周の長さの計算だ。そして地球の大きさを完全に求めたいと思っているが、どのように計算して良いのやら」

「ならば計算方法を教えましょう。その計算のための器具も作ります」

 藤堂はひざまずき、頭を下げた。「この藤堂一、一生あなた様に従います! どうか我が忠誠をお受けください!」

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