伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その参参

 藤堂はその後、仁和の右腕となった。そして仁和は惜しみなく自分の知識を藤堂に与え、望遠鏡や量程車りょうていしゃ象限儀しょうげんぎなどの道具までも藤堂のために特注で作らせた。

「僕みたいなのが、こんなに好き勝手研究をしても良い時が来るとは夢にも思いませんでした」

「藤堂殿ほど頭の良い方が今まで有名でないのはおかしいんですよ。自分を誇ってください」

 仁和は多才であるが、対して藤堂は科学や数学などの方面に突出した才能を持っていた。数学に才のある者は伊達氏には今まで仁和しかいなかったが、それ以上に数学に精通した者が現れた。それは言うまでもなく藤堂だ。

 数学にはゲーム理論という、戦争などの争いごとに関しての合理的な意志決定手段として活用される分野がある。つまり戦で勝つために数学を役立ることが出来るのだ。なので俺は仁和と同じく藤堂を軍配士に命じた。藤堂に采配を任せるに足る人物だと、俺や仁和が認めたからだ。

 その上で江渡弥平達が創り出そうとしているウイルスの研究について、藤堂に意見を求めてみた。

「このゾンビウイルスというのが完成したら世界の終焉しゅうえんですね」

「ええ。そのゾンビウイルスに対抗するための方法について、まずは藤堂殿に聞いてみたいのです」

「狂犬病の流行は未だにありませんが(記録上、狂犬病の最初の流行は江戸時代)、狂犬病が感染した犬は凶暴になります。もし狂犬病に感染した犬や猫などの動物に噛まれたり引っ掻かれたりしたら、まずは傷口を石鹸と水で洗い流すのが基本です。人が狂犬病を発症したら治療法は特になく、それは狂犬病を土台とするゾンビウイルスも同じだと思われます。もしゾンビウイルスに感染してしまっても発症させない対処が必要です」

「ですがゾンビウイルスの完成形は即効性があり、潜伏期間も短いようです。その間に発症させないようにするには即効性のワクチンを作るか、傷口部分を削ぎ落とすか傷口から病原体を吸い出すなどのちゃんとした対策をこうじないといけません。そうするにはやはり人手が多く必要となります。人海戦術をするには集団免疫を高める必要があり、ならば──」

「おい」俺は机を叩いた。「俺にもわかるように話してくれないか? 会話の内容が高度すぎるぞ」

 頭が良い奴同士で話し合うと、端から見ると変人にしか見えない会話になるとは思わなかった。仁和が知識を与えただけあって、藤堂もかなりの変人となってしまった。

「失礼しました政宗殿。──ところで藤堂殿は地球一周の距離がわかりましたか?」

「仁和様にいただいた道具一式によって地球の緯度一度の距離を三百六十倍にすれば、緯度が三百六十度ある地球一周の距離がわかります。そこまではわかりましたが緯度一度の距離を測量するのは難しく、まだ地球一周の距離がわかってはいません」

「計算方法は合っています。あとは緯度一度の距離の測量を頑張ってください。あ、それと誤差は出来るだけ減らさないと、三百六十倍にしたら地球一周の距離に大幅な誤差が生まれます。気をつけてください」

「わかりました。ありがとうございます」

 仁和と高度な話し合える相手が出来てしまっては、この話しは長く続くことになるだろう。加えて、俺は中座するタイミングを逃してしまった。ああ、優秀過ぎる配下がいると困るものだな。

「ところで、仁和様がくださった望遠鏡で星を観察していたら他の星にも月が何個か存在しました! これは大発見です!」

「月? ああ、衛星のことですね」

「その月が一つの星に何個もあるので、太陽の周囲を地球が回っても何ら不思議ではないのです! やはり地球中心説にも誤りがあることでしょう!」

「随分と話しを発展させますね」

「仁和様のお陰で僕の研究もはかどっています!」

 腕を組みながら二人の会話を聞いていると、階下が騒がしいことに気付いた。それを理由にして中座すると、景頼を見つけたので呼び止めてみた。

「おい景頼。騒がしいが何かあったのか?」

「人が米沢城に押しかけています! 若様は下がっていてください!」

「何で押しかけているんだ?」

「藤堂一殿を仲間に引き入れたことが外部に漏れ、異端者に味方をしたとして民間人が騒ぎ立てているんです」

「マジか。キリスト教徒はこの時代の日本でもある程度増えているが、聖書に反したからってこんな騒ぎが起こるか?」

「キリスト教徒ではなくても天動説に反した思想を持っている人物を仲間にした時点で伊達氏の株は落ちるのは明白でした」

「確かに、天動説がこの時代の普通の考え出しな。騒ぎの中心にいる奴も殺すなよ。伊達氏の株がもっと落ちちゃうし」

「殺しませんよ」

 藤堂を仲間に入れたために騒ぎが起こったというデメリットもあるが、数学も得意とする科学者である藤堂ならば江渡弥平に対抗出来る。そういうメリットの方が大きい。

「なあ俺も下の騒ぎを見に行っても良いか?」

「こっそりならば構いませんよ」

 俺は窓から顔を出し、門前の騒ぎを見下ろした。何か武器持ってる奴もいるし、騒ぎが暴動にでもなったら関係ない第三者にも迷惑が掛かってしまう。早急に対処しないとな。一時的にでも城下町に兵士を置くか検討しておこう。

 でも兵士を置いたからといって根本的な解決はしない。仁和と藤堂と俺の三人で、後で会議を開いてみよう。

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