伊達政宗、予防薬を飲ませるのは伊達じゃない その弐

 牛丸が指揮する未来人衆を加えた俺、小十郎、景頼、成実は何時間も費やして会議をした。なかなか進展はなかったが、俺にはうっすらと考えが浮かびかけていた。

 壺。その考えは、壺をマジマジと眺めていて浮かんだ。話し合いが進むにつれて、壺をどのように使うかがはっきりとわかった。

「壺だ!」

 会議中に、俺は叫んだ。皆は驚いて黙った。

 小十郎は腕を組んだ。「どうしましたか、若様。何が壺なのでございましょう」

 正確には壺ではない。壺に似たガラス瓶だ。

「壺ではない。ガラス瓶を大量に使用すれば、城下の奴らに予防薬を飲ませることが出来るのだ」

「ガラス瓶をどのように使えば予防薬を飲ませることが出来るのですか?」

「それは後々説明しよう。まずはガラス瓶を大量に持ってきてくれ」

 小十郎はうなずき、全員はガラス瓶をそこかしこから掻き集めた。俺はそのガラス瓶一つ一つに細工を施し、水を張った。数刻程放置し、ガラス瓶の水の中を覗いた。

「静電気が集められているな」

 小十郎は興味があるらしく、ガラス瓶を覗いて面白がっていた。「名坂。これはどういう原理なんだ?」

「ライデン瓶って聞いたことあるか?」

「ライデン瓶?」

「そう。ライデン瓶だ。エヴァルト・ゲオルク・フォン・クライストっていう科学者が1700何年かにガラス瓶の内側に銀の薄い膜を貼って水を張り、その水に電気を溜めようとした。そしたら、銀の薄膜に電気が溜まったんだ。それをオランダ(?)の科学者ピーテル・フォン・ミュッセンブルークが改良した。改良したそれは、ガラス瓶の内側と外側に金属の膜を貼ったり金属鎖とか金属球を付けたりするから面倒だ。

 今回はガラス瓶の内側だけに銀の膜を貼った。つまり、エヴァルト・ゲオルク・フォン・クライストが作った方を採用した。そっちの方が簡単だからだ。ちなみに、ライデン瓶の由来は、ライデン瓶がオランダのライデン大学で発明されたからだ」

「でも、ライデン瓶をどうやって使うんだ?」

平賀源内ひらがげんないのエレキテルは知ってるだろ?」

「うん......」

「民間は電気に興味がある、ということだ。この『出来損ないライデン瓶(ライデン瓶の前進)』には電気があり、城下の奴らはこのライデン瓶の水を飲みたがる。だから、水に予防薬を溶かすんだ」

「それなら城下町の奴らも水を飲むな」

「だろ?」

 俺達は水が張ってあるガラス瓶を、割れないように工夫しながら馬上に積み、城下町へとゆっくり移動を始めた。未来人衆がまたがった馬の運ぶガラス瓶から水が漏れていたので、そいつの頭を軽く叩いて注意した。

 何とか水を漏らさずにガラス瓶を城下町まで運ぶことが出来た。ガラス瓶の中に張られた水には天然痘の予防薬を事前に溶かしておいた。少し苦くなっていたが、水に静電気が溜まっているわけだから皆は飲みたがる。苦いのは電気が通っているから仕方ない、とでも言っておけば予防薬が溶かされているとは気づかないはずだ。

 まずはガラス瓶を一列に並べ、城下の奴らが集まってくるのを待った。十分経った。全然人が集まってこない。

「どうして集まらないんだ?」

 その問いの答えに、小十郎はこう答えた。「僕達が伊達家の者で、見た目も若いからじゃないか?」

「そういうことか......」

 俺は頭を抱えた。ここにきて、俺の年齢が壁になったのか。この時代にはシークレットシューズはあるのか?

 どうしようか。年齢はどうにもならないし、まずは大衆が気になるものをもよおすしかない。これも事前に用意したものだ。『幻獣げんじゅう火鼠ひねずみ』の毛を織って作られた『火浣布かかんぷ』という服だ。竹取物語ではかぐや姫が貴公子ら(結婚をせまる五人の変態)に出した結婚条件の一つに『火鼠の衣(燃えない服)』があった。それを実体化させた衣だ。燃やしても燃えないのだ。作るのに苦労はしたが、これで城下町の奴らは興味が湧くだろう。

 小十郎に火を焚かせて、城下町の者に見えるように火浣布を持ち、火中に投げ込んだ。数分経ち、枝を使って火浣布を取り出した。火中に投げた服が燃えてない状態を見た城下町の奴らは、歓声を上げた。

 エレキテル、平賀源内から着想を得たのが火浣布だ。平賀源内は石綿いしわたから取った繊維を使って、燃えない布・火浣布を作っていたのだ。エレキテルの方が認知度は高いが、エレキテルは平賀源内が発明したものではない。が、火浣布は平賀源内が発明した。火浣布の認知度が上がることを願う。

 いらない補足をする。平賀源内は酔って商人を殺している。それで牢に入り、獄中で死んだ。エレキテルの偽物を作った弟子と同じ顛末てんまつである。あ、弟子が牢にぶち込んだのは平賀源内だ。因果応報いんがおうほうというものだ。

 さて。燃えていない服を見た大衆は、熱狂した。興奮した。目頭めがしらを熱くした(少し盛ったが許容範囲内だ)。俺の作戦は成功し、周りには城下町の商人が集まった。新しい商売に使える、とでも思ったのか? 何はともあれ、俺はライデン瓶を使って予防薬を飲ませるために動き出した。手始めに、ライデン瓶に溜まった静電気を見せつける。

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