伊達政宗、予防薬を飲ませるのは伊達じゃない その壱

 輝宗は険しい表情で、俺に任務を命じた。

「必ず城下町の者達に痘瘡の予防薬を飲ませるのだ!」

「わかりました! この政宗、絶対に任務を遂行させます!」

「頼むぞ!」

 本丸御殿から飛び出した俺は、直ちに小十郎と景頼、成実を集めた。お決まりのメンツがそろった。

 小十郎は疲れたから眠いらしい。彼には酷だが、伊達家の未来のために躍動やくどうしてもらう。民あっての国だからだ。

「他言無用だぞ、お前ら......」

 三人がうなずいたから、俺は痘瘡の感染者が近隣の国から複数人見つかったと伝えた。三人とも予想通り、目を丸くして唖然とした。

 景頼は顎に手を当てた。「若様。つまり、せめて米沢城城下町の者達には予防薬を配りたい、ということですか?」

「そうだ。バレずに城下の奴らに飲ませる」

 四人で方針を決めるために集めたのだが、俺を除く三人が放心状態になってしまった。これでは会議もうまく進まない。だからといって、簡単に解散も出来ない。

 俺は無理矢理飲ませても良いとは思っている。それで生きることが出来たのなら、城下の民は喜ぶはずだ。なのに、輝宗は首を縦には振らなかった。なんとも腑に落ちない。

 小十郎は単純なことを言った。「私達のいずれかが城下の商人に化けて、予防薬を配ればいいのではないですか?」

「商人に化けて予防薬が配れるなら困ったことはない。問題は、何の病の予防薬と言うか、だ」

「痘瘡とは言えないのですか?」

「俺が創った痘瘡の予防薬では乳児が死んだ。痘瘡の予防薬って言ったら怪しむだろ?」

「なら、城下町の上から予防薬をばら撒いては?」

「予防薬を水に溶かしてばら撒く、ということか?」

「はい」

 実行するかしないか少し考えたが、そういう強引な方法は最終手段とした。輝宗もそんなやり方は認めない。

 成実は論理的な結論を出した。井戸に予防薬を溶かし、その井戸の水を城下町の者が飲めばいいと言っている。確かに、井戸水に予防薬を入れれば必ず城下町の者が飲む。忍者も、井戸水に毒を入れて大勢殺したりもする。俺はその意見を取り入れようとしたのだが、景頼は否定した。俺はなぜだ、と尋ねてみた。

「若様が創った予防薬は完璧に水に融解はしません。井戸水に異物が入っていたら不自然です」

「確かに、そうだな」

 俺の創った予防薬は馬痘に感染した者に出来た膿を取って完成させたものだ。水に溶かしても不純物が混ざるし、水の味も苦くなってしまう。ということは、食物などに予防薬を混入させることは難しいのだ。すごく厄介になってきた。

 どのように予防薬を飲ませるかは、実際は問題ということではないのだ。今回の件で、もし失敗をしてしまえば輝宗からの信頼度は急激に低下する。そうなれば伊達家の家督を継ぐことは不可能。失敗は許されない。

 この事件で重要なことは城下町の者に予防薬を飲ませることではなく、米沢城周辺に天然痘感染者を出さないことだ。それさえ出来れば、信頼が無くなることはない。伊達政宗の行く末を左右させる分岐点だ。ここは、数々の手段を慎重に吟味していかないと判断を見誤る。

 首筋に垂れた汗を、指先で拭き取った。

「まずは苦さ。痘瘡の予防薬の、苦さを克服する。俺は予防薬の改良に努めてみる」

 部屋に帰った俺は、予防薬を甘くするために頭を悩ませた。それと、城下町の人数分の予防薬を生産すること。

 薬を保管しているのはつぼだ。予防薬は大量に生産しないといけないから、馬痘のウイルスの量産も必要になる。まあ、牛の体内で馬痘ウイルスを繁殖させるように牛丸に命令してあるから大丈夫だ。壺は底が深くしてあり、大量の馬痘の膿を貯蔵することも可能。準備は着々と進んでいる。

「薬を甘くするには」

 独り言を重ね、ようやく薬を甘くする方法を思いついた。約二日を要したが、予防薬を甘くさせることには成功した。その予防薬を壺の中に移し、飲ませるためにはどうするのか考えを巡らせる。井戸水に溶かすのは名案だけど、予防薬を甘くさせる加工が剥がれることもあり得る。異物も完全に水には溶け込まない。なら、どうすればいいのか。

 頭を掻きむしり、書物を床に落として蹴り飛ばした。右足の指先がジンジン痛くなり、しゃがみ込んで足を押さえる。すると、部屋に誰かが入ってきた。

「若様」

「牛丸か。どうした?」

「牛の体内での馬痘ウイルスの繁殖は、若様の予想通り成功しました」

「そうか。牛から膿を採取して、出来るだけ多くこの部屋に運んでこい」

「承知しました。あ、お屋形様から伺ったのですが、城下町の者に天然痘の予防薬を配るらしいですね」

「ああ、そうだが?」

「私が指揮する未来人衆をお貸ししましょうか?」

「良いのか!?」

「ええ。若様が助けてくださらなければ、我々未来人は今生きてはいません。喜んで力を貸します」

「では、協力してもらう」

 牛丸は笑みを浮かべ、右手で拳を握って胸を叩いた。予防薬を配るための人数は結構集まった。百数人いれば十分だ。輝宗の要望は、あと二日以内に城下町に予防薬を渡さないといけないのだ。俺は口元をキュッと締めた。

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