伊達政宗、予防薬を飲ませるのは伊達じゃない その参

 ライデン瓶に溜まった静電気を見た大衆は、驚愕していた。俺はその水を一口、口に運んで飲み込んだ。舌がビリッとはしたが、普通の水とは変わりが無い。そして、俺は大衆に目を向けた。

「飲みたい人は、どうぞ飲んでみますか?」

 俺の言葉で、ライデン瓶の列の前には大行列が出来た。その行列を見た者も、つられて列に並びだした。瞬く間に行列は城下町の端から端までに達した。

 俺は列の先頭の者に水を渡す。そいつは水を恐る恐る飲んだ。

「少し、苦い......」

「電気が通っていますし、良薬は口に苦いものです」

「ふむ。このピリピリしているのは素晴らしい!」

 俺は愛想笑いをした。電気の通った水は美味しい、と誰しもが口に出して言い始めた。

 これで、城下町の町人達は天然痘の予防薬を飲んだ。天然痘が米沢城周辺で流行することもないだろう。ひとまず、安心した。輝宗の信頼度が下がる心配もなくなる。俺は床に尻餅をつき、ホッと胸を撫で下ろした。

 俺は最後の仕上げに、商人を一人近くに呼んだ。左手をライデン瓶の中に突っ込む。全体に静電気が流れ、右手で商人の手を握る。骨を伝って静電気が流れるわけだから、商人の全身にも静電気が伝わる。体が震えていた。大衆もやりたい、と叫ぶもんだから一人一人に握手をしていった。

 静電気が体に流れた者は、口々に俺をこう呼んだ。『独眼竜どくがんりゅう』と。

 電気や炎を操ることから、『竜』を連想したのだと思う。意図してはいなかったが、まさか歴史通りに進むことになるとは。意外だ。とにもかくにも、伊達政宗は今日を境に『独眼竜』と渾名(あだな)される。祝え。ひとつまなこの竜、伊達政宗の誕生なのだ。


 米沢城に戻り、輝宗の元へ報告に行った。

「失礼します、政宗です」

「よ、予防薬はどうなった!?」

「無事、城下町の者に飲ませることは出来ました。もちろん、無理矢理飲ませたわけではないです」

「そうか、よくやった」

「いえ」

「だが......先ほど耳に入ったことで、聞きたいことがある」

「何でしょうか?」

「城下の者は、政宗を『竜子たつのこ』や『独眼竜』などと呼んでいるそうじゃないか。何でなのだ?」

「いえ、少し電気を操っただけです」

「ふむ」

「予防薬を飲ませたので、いずれ来る痘瘡にも感染することはないでしょう」

「そうだな。伊達郡の平和は保たれる......」

 輝宗の頬はこけていた。天然痘のために相当尽力したのだ。力尽きないようにしてもらいたい。

 俺は本丸御殿を出て、廊下を進んだ。途中に小十郎を見つけたので、歩みを止めた。

「神辺」

「ん?」

「周辺諸国に天然痘の感染者は出ているか?」

「いや、そんな知らせはないな」

「そうなのか」

 だとすると、江渡弥平らが俺を殺すために米沢城周辺だけに天然痘のウイルスをばら撒いているということになるか。

「どうかしたか?」

「いや、何でもない」

 部屋に戻ると、ホームズから学んだ天然痘のことを記した帳面を開いて確認した。天然痘は飛沫感染もするが、発疹などによっての接触感染もある。江渡弥平が小十郎に忍者を介してオトギリソウを食べさせて皮膚炎を起こさせたのは、確実に天然痘に感染させるため。今は小十郎の皮膚炎は治まっている。

 江渡弥平はまず、俺の右腕となる小十郎を殺そうと計画していたのか。事前に計画に穴がないか、ちゃんと吟味もしているようだ。侮れないぞ。俺が予防薬さえ創らなければ、江渡弥平の計画は完璧だった。危うく小十郎が死ぬところだったのか。......このことは、小十郎には黙っていよう。そうしよう。

 一週間経ったが、奥州では天然痘の感染者は確認されなかった。俺の読み通り、江渡弥平が米沢城周辺に天然痘をばら撒いたが、予防薬のお陰で死にはしなかった。今頃、奴らは悔しがっている。

 俺が次に目を向けるのは、愛姫。愛姫の体調をどうやって回復させるか、だ。俺は目を鋭くとがらせ、愛姫の行動を観察した。いや、ストーカーじゃないよ!? 夫として、当然のことだ。そう、妻の体調が悪い時に放っておくことは出来ない。うん。

 俺は自分に言い聞かせて、愛姫を三日間見張った。それでわかったことは、体調が悪いことは本当だし、それもかなり重度だ。医者に診せたいが、(くどいようだが)アヘンをやっていたら俺が困る。天然痘より難しい案件を抱えてしまった。

 見張りを終えた次の日。俺は勇気を振り絞って、愛姫に話しかけることにした。

「愛姫!」

「政宗様......」

「体の具合はどうだ? 体調が優れない時は、栄養が必要だ。飯をいっぱい食べればいいんだ!」

「け、結構です。お気遣いは嬉しいですが、大丈夫です」

「そうか?」

 話してはみたものの、あえなく撃沈。愛姫は俺のことが好きではないようだ。そういうことを知ると、胸が痛くなってきた。これは前世でも経験がある。あれは、高校三年生の春だった。興味のある異性を放課後の校舎裏に呼び出したのだ。

『高一の頃から......好き! でした』

『え? あなたが?』

『......はい』

『話したことあったっけ?』

『あ、えっと』

 初告白からの、フラれた。その時の胸の痛みと同じだ。ちなみに、告白してから相手は俺を見るたびに気持ち悪そうな表情をしていた。その都度(つど)、胸も痛くなった。我が青春の最後のページの物語なり。

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