伊達政宗、尻拭いは伊達じゃない その伍

 自白とは簡単だし、やりやすい。現に、俺は計画を立てて奴を自白に追い込んだからな。自白は役に立つ。脅迫でもなんでも、犯人が自白するのだからだ。

 これはすべて、輝宗と相談して行ったものだ。あの足軽のことはすぐにでも輝宗の耳に入るだろう。ということで、早速本丸御殿に向かった。

「父上、失礼します」

「政宗。どうだった?」

「一人の足軽が自白しました」

「そうか、それは良かった。それと、不審死の家臣の本当の死因は何なのだ?」

扼殺やくさつといえば扼殺です。腕で首を絞められたのです」

「腕で?」

「首に跡がなかったのは、腕が柔らかいから皮膚に跡が残るほどまでは圧迫されていなかったから。首の骨ですが、紐を使っても折れないはずの骨が折れていましたし扼殺で間違いはないです。そして、戦場でそのような遺体が見つかったのなら、腕にまで鎧を装着する武士とかは同じ殺し方は出来ません。戦場で腕の柔らかい部分を使って首を絞めて殺せるのは、軽装の足軽にしか出来ないわざです」

「だから足軽が犯人だとわかったのか」

「ええ。それから、戦場での配置の資料を見て、亡くなった家臣が一人になったのは三日目の朝しかなかったので、犯人は三日目の朝に隙を見て家臣を殺したのだとわかりました。それで、自白させるには三日目の朝に寝返ろうとして敵陣に入った足軽がいるとでっち上げて足軽を拷問し、犯人なら必ず『その時は別のことをやっていた』と言うはずですから。別のことを聞き出せばすぐに殺したとわかると思い、父上に相談したのです。そうしたら見事、犯人は自白しました」

「よくやった! それにしてもよくわかったな」

 医学書に、柔らかいもので首を絞めたら跡が残らない、と書いてあったとは言えないな。

「......何となくわかりました」

「何となくわかったのか!」

「は、はい」

 話しが終わったら急いで部屋に戻って、俺の頭の中にある歴史の知識を紙に書き出していった。その作業は丸一日を要した。最後の一行には『小十郎へ』と記すと、部屋の隅に置いて眠りに就いた。


 女に名前を呼ばれて目が覚めた。伊達政宗、ではなく名坂横久と呼ばれた。

「起きましたか、名坂横久」

「アーティネス!」

「ここは神界です」

「俺は今日、死ぬんだな」

「まだわかりません。ですが、死ぬ可能性の方がはるかに高いと言っておきます」

「生存率脅威の0%か」

「そうかもしれません」

「どんな反応だよ、それは......」

 手足を拘束され、裁判みたいな場所に連れて行かれた。

中央の裁判官がいるところには、髭ジジイがいた。「汝、大罪人よ」

「誰だお前は!」

 周囲の空気がピシッと張り詰めた。

ちんは──」

「国家か?」

「アマテラスだ」

「あー、あんたがアマテラスか」

「無礼だ。我が神界のトップなのだぞ!」

「アーティネスの親父だろ?」

「いかにも」

「似てねぇーな。あんな髭ジジイからあんな可愛いアーティネスが本当に生まれたのか? 信じられん」

「我にそのような口調の者は、貴様が初めてだ」

「ハハハ! あいつちょっと怒ってるぜ」

「貴様! 我の本気を見よ!」

 アマテラスは両手を上に上げた。すると、アマテラスの頭上に大きいボールが出来はじめた。あれって、よく異世界転移とか転生で見るベタな奴じゃね? 魔法とか?

 困ったから腕を組もうとすると、拘束が解けていることを知った。

「ん?」

 腕組みをしてみたら、ふところに硬いものがあった感触がある。短筒の火縄銃だ。これで妨害してみよう。弾をアマテラスの頭上の球体に目掛けて放った。ボールは散っていった。

「アマテラスの魔法もたいしたことないな」

「貴様ぁ!」

「また怒ってるよ。ハハハハハハハハハ!」

「罪人・名坂横久! 知識剥奪の刑に処す! 知識を消せ、アーティネス!」

「......了解しました」

「あ? ちょ、待てよ! まだ裁判始まってねぇよ! おい! こら! どういうことだよ!」

 こうして、俺は戦国時代ならチート級能力に分類されるであろう歴史知識を剥奪された。そのまま、意識は伊達政宗の体に戻された。

 目覚めた俺は、急いで小十郎に宛てた歴史知識を書き込んだ紙を置いたところまで這っていった。しかし、そこには何も残っていなかった。これはアマテラスの仕業なのか、それとも他の曲者の仕業なのか。どちらにせよ、俺はこの時代で生きていくことが難しくなったのだ。戦国時代について、あの小十郎より知らないことがたくさんになった。アーティネスもアマテラスも、最低な野郎だ。それなら、小十郎を転生させた犠牲神・バルスには頼れないかなぁ。まず、連絡手段はない。

 頭をボリボリと掻いて、立ち上がった。もう日は昇っていた。部屋を出ようと扉に近づくと、何やら紙が落ちていた。俺はしゃがみ込んで、それを拾い上げた。

「は?」

 それは、俺宛ての手紙だった。伊達政宗殿、と表に書かれている。それを開いて、文面を読んだ。

『伊達政宗殿、片倉小十郎景綱殿に宛てた書面を拝見いたしました。あなたが未来で殺されてこの時代の伊達政宗殿の体に生まれ変わったこと、そしてこれからの未来を知っていることを理解しました。未来のことを記した書は預かっています。もしかすると、伊達輝宗殿に伝えるかもしれません。そうなれば伊達家中にあなたの秘密が露見し、伊達政宗殿は伊達家の恥となりましょう。伊達政宗殿の行く末は、私次第となりますことを、どうかお忘れ無く。』

 現代語訳すると、上のような文面になる。つまり、小十郎のために書いた歴史知識の手紙は曲者の手中にあるということだ。

 俺は地団駄を踏んだ。

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