伊達政宗、暗号解読は伊達じゃない その肆

 すると、そのターゲットは何かを言おうと口を動かした。

「俺を殺せば、輝宗に盛った毒は解毒出来なくなるぞ! それでもいいのか!」

「お前は誰だ! 名乗れ!」

「死んでもありえない! 名乗るまいぞ!」

「名乗れ! 貴様は何なのだ!」

「知らん!」

 この忍者はなぜかイラッとした。だが、何流の忍者かは大体の予想はつく。誰かの依頼で動いた伊賀の者だと考えている。

「誰からの依頼で動いている?」

 忍者は無言でこちらを見つめた。反応が面白そうだし、そろそろ種明かしだ。小十郎に目で合図を送った。小十郎はうなずき、奥から誰かを呼びに行った。現れたのは、輝宗だ。

 忍者は目を丸くして驚いていた。その顔が見たかった! 最高に気持ちの良い瞬間だ。

「父上。城内に野放しになっていた忍者をとうとう捕まえることに成功いたしました」

「うむ。政宗が元服する以前から、かれこれ十数日はこの城内に潜んでいた忍者を確保したな。完璧じゃないか、政宗」

「もったいなきお言葉......」

「では、この忍者を拷問ごうもんにかけろ。全ての情報を引き出すのだ」

「わかりました。一旦地下牢に幽閉しておきましょう」

 輝宗と伊賀流忍者と思われる曲者の処遇について話し合っていると、その忍者が急に飛び上がって逃げだした。

「あ、くそ!」

 俺は必死で追いかけた。しかし、相手との距離一間。そのわずかな差を詰める前に、自決を図ったのだ。

「小十郎、医者を呼べ! 早く、早くするんだ! 奴が死ぬ前に!」

 駆けつけた医者の手当ても間に合わず、忍者は命を落としてしまった。

「父上、申し訳ありませんでした。敵を追い込み、自決を図らせてしまいました」

「それはもうよい。暗号を見事に解読した政宗の真意を見抜く眼がわしを救ったのだ」

「は、父上」

 暗号解読。実は、あの暗号の書かれた紙を濡らして浮かび上がった文字はフェイクだったのだ。


 前日、俺が乾いた暗号の紙を輝宗に渡した際の話しまで戻ることになる。

「父上。その暗号には別解があると思うのですが......」

「ほお? というと?」

「おそらくですが、浮かび上がってきた『撤収』という文字は我々を騙すものだと考えられます」

「ふむ......して?」

「仮に別解があるとして、私は暗号文を紙に書き写しました。


 至到景光輝

 耀京桂折衝

 殺生摂政絶

 説悦閲謁宗

 棟戒快甲斐

 政易杏庵安

 案爽層双惣

 宇卯右簡官

 艦寛維意以

 桟傘惨酸原


 この暗号文は50文字。二つに分けると、半分が25文字となります。


 至到景光輝

 耀京桂折衝

 殺生摂政絶

 説悦閲謁宗

 棟戒快甲斐


 政易杏庵安

 案爽層双惣

 宇卯右簡官

 艦寛維意以

 桟傘惨酸原


 そして、このどちらかが鍵で、どちらかが本当の暗号文だと考えました。すると、分けた内の二つ目の『政』から始まる25文字の中には『安』『宇』『以』という漢字がありました。これはそれぞれ『あ』『う』『い』です。

 さて。二つに分けた文章を上からぴったりと重ねます。そして、『安宇以』に重なるもう一つの文章の文字はそれぞれ『輝殺宗』で、『』=『輝』、『』=『殺』、『』=『宗』。あいうえお順に並べ替えると、『輝宗殺』となります」

「そのような暗号なのか!」

「ええ。これは、父上を殺すことを命令した暗号でございます」

「これはどうしたものか......。我が死ぬわけにもいかぬし、かといって忍者を逃がすわけにもいかぬ」

「父上。私に良い案があるのです」

「良い案だと?」

「はい。忍者は殺されたことが公にやらぬように暗殺を計画しているはず。つまり、食膳に毒を盛るはずでしょう。小十郎に見張らせ、まずは毒を盛った人物を特定します。その後、食膳を毒無しにすり替えて父上には食べていただきます。

 しかし、途中で胸を押さえて倒れてください。忍者はそれで死んだと勘違いするのです」

「わかった」

「あと、脇に小さなボールを挟むと腕の脈が感じられなくなります。小さなボールはこちらが用意出来次第、持ってきます。倒れるときに脈がなければ、よりリアル感もありますし、事情を知らない者も脈がないことを確認して騒ぎになります。

 医者には協力してもらいましょう。そして、父上を運び出してから忍者を捕まえます」

「名案だ! 暗号を公開して、のこのこ俺を殺しに来た忍者を逆に引っ捕らえるのだな!?」

「そういうことです」

 輝宗は笑顔になって大はしゃぎをした。


 ということが昨日あった。景頼に頼んでいた例のもの、とは輝宗が脇に挟む小さなボールなのだ。

「政宗には救われてばかりな気がするな」

「そのようなことはございません」

「いずれ、褒美をくれよう」

「ありがたき幸せ」

 輝宗は周囲を見回す。「この忍者の所持品を調べろ!」

 忍者の着用していた服から出てきた所持品の数々は、身元を調べるのに何ら役に立たないものばかりだった。また、所持品の中にあった書物や手紙は全て暗号化されていて解読は容易には出来ない。つまり、これが誰の陰謀かわからない。

 だが、俺が元服する前から侵入していた忍者をどうにか捕まえることが出来た。これにて、伊達家忍者騒動は丸く収まったというものだ。

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