伊達政宗、暗号解読は伊達じゃない その参

 文字はたった二文字だ。『撤収てっしゅう』。この手紙の送り主は、伊達氏の居城に侵入した忍者に、撤収することを伝えたかったのだろう。

「よくやった! 景頼!」

 俺は水で紙がフニャフニャになる前に、急いで紙を取り出した。そして、窓辺に置いて乾かすことにする。

「では、父上に伝えにいっていいだろうか?」

「忍者がまだ城内にいて、その忍者が撤収するならそれほどの朗報はありません。早々にお屋形様にお伝えにいったほうがよろしいでしょう」

 小十郎の言うことの方がもっともだ。早速、輝宗の元に向かった。廊下を歩く中で、俺は『撤収』という答えで良いのか考えを巡らせていた。というのも、忍者がこのような甘っちょろいことをするのか、という考えからだ。忍者がこれほどに甘かったら、俺がこれから創設する予定の忍者組織『黒脛巾組くろはばきぐみ』がすごくしょぼくなると思う。

 何はともあれ、輝宗のに会いに行った。

「失礼します。伊達政宗でございます」

「政宗。暗号を解読出来たのか?」

「ええ。完璧に解読出来ました」

「暗号解読文を言ってみろ」

 俺は平伏していた頭を上げた。「『撤収』とありました。これは、紙を水に浸すことで浮き上がってきた文字でございます」

「撤収、か。つまり、暗号の内容を公開し、その忍者を撤収させるのが良いというわけか?」

「ただちに公開して、まだ城内に居座る忍者を撤収させるのが最善でしょう」

「うむ。政宗の言うとおりだな。ただちにあの矢文を公開する。持ってきてくれ」

「わかりました。水に浸してしまったので、乾いてからまた持ってきましょう」

 輝宗はうなずいた。俺は立ち上がって、小十郎と景頼のところまで駆けた。窓辺に置いた紙の乾き具合を見てみた。だが、ものの十数分かそこらで乾くわけもない。まだ濡れている。触ってしまったら文字がにじんでしまいそうだから、それはやめておこう。

 これで、一応紙が乾くまでの時間は、また暗号について考えることが出来る。

 もし俺の考えていることが正しいのなら、水に浸して浮かび上がってきた『撤収』という文字はカモフラージュの可能性が非常に高いということになる。

 では、実際の暗号は何か。暗号文を思い出した。


『至到景光輝

 耀京桂折衝

 殺生摂政絶

 説悦閲謁宗

 棟戒快甲斐

 政易杏庵安

 案爽層双惣

 宇卯右簡官

 艦寛維意以

 桟傘惨酸原』


 この暗号文は漢文の羅列だと考えたいくらい意味不明なものだ。まったくわからない。

 三、四十分くらい経った。乾いたかどうか、確認した。ちゃんと乾いている。手に取ると、また輝宗のところに行った。

「父上。紙はちゃんと乾きました。これです」

「わかった。では、これを公開しよう」

 輝宗は渡した紙を受け取った。


 翌日、寝床から俺は飛び上がった。今日が、計画を実行する時だな。首をならして、着替えると、急いで本丸御殿まで走った。

「父上。すでに家臣らには矢文の暗号文を公開したのですか?」

「ああ、した。では、今日には忍者を捕まえるんだな」

「必ず捕まえられましょう」

「よろしく頼むぞ」

 俺は頭を下げて、忍者を引っ捕らえて目前に連れてきます、と続けた。

 次に、小十郎と合流した。

「小十郎。ちゃんと見張っていたか?」

「はい。忍者の姿を認めることが出来ました」

「うん、わかった。では、殺しにいこうか。父上を」

「承知いたしました」

 小十郎は再度、見張りを始めた。その後、景頼とも合流。今後の計画の予定を話し合った。

「昼間、お屋形様の食膳に毒を盛って死亡させます。そして、お屋形様の体を運び出して早々に、ターゲットをもろとも打ち首にいたしましょう」

「やはり、そのようになるな。父上には確実に脈を止めてもらわねばならぬ」

「そうですね」

「して、例のものは用意したか?」

「はい、用意しました。これなら、完全に脈を停止させることが出来ましょう」

「よくやった」

 俺は、真剣に景頼と計画に穴がないか議論し合った。結局、かなり計画を修繕した。その結果、より完璧な『伊達輝宗公暗殺計画』が出来上がった。ついに、奴を捕まえる時が来たのだ。

「抜かりはないな?」

「小十郎の働きにより、計画通りにことを進められます」

「よし! ......もうすぐ昼だな!」

「はい」

「行こう。父上の息の根を止めなければいけない」

 本丸では、輝宗が小十郎のすり替えた食膳をむしゃむしゃと食らっていた。

 俺はまず、ニヤリと笑みを浮かべた。

 あっぱれ! 輝宗は食べていた茶碗を投げ飛ばし、胸を押さえて苦しみ出した。やがて顔を真っ赤に染めて、体を床にひれ伏させた。なんと!

 俺は急いで輝宗の腕に手を当てた。

「父上! 父上! 皆の者、医者を呼んでまいれ! 脈がない!」

 家臣が輝宗を囲った。全員が脈を確かめる。一同がたまげた。血液の動きが感じ取れない。計画はうまく遂行されている。

 医者は輝宗の体を運び出した。小十郎と相づちを打ち、近くにいたターゲットを逮捕する。景頼も加わり、縄で縛り上げた。

「君にも死んでもらおう」俺は、受け取った刀の刃をターゲットの首に当てた。「何か、言い残すことはあるまいな?」

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