伊達政宗、暗号解読は伊達じゃない その弐
「暗号の記法といっても色々ある。
「寓意」小十郎は暗号文を持ちあげた。「そもそも、意味不明な文字列で読めないから、ややこしく言う必要もありません。つまり、違うでしょうね」
「次に、媒介する方法だ。本を媒介にするとしたら、『ある文字が書かれている』本のページ数と行数、その行の何文字目かを数字を並べて示すというものだ。十二ページの二行目の十五文字目だったら『15,2,15』と表せるというわけだ」
「数字はないから、これも違いますね」
「挿入とは、規則的に文字を飛ばして読むことだ。一文字飛ばす、とか二文字飛ばすとかだ。これは昨日のうちに俺が確かめたが、違った。
置換は、あいうえお順でひとつずらすことだ。『あ』を『い』にしたりする奴だ。他にも、行の頭の文字だけ読んだり、斜めに読み進めたりすることだ。
また、意味のある単語を無意味な単語に置き換えたりするのも、置換だな。『畳』を『アカサタナ』に置き換えるとか」
「違うっぽいですね」
「代用は、文字を数字や記号に代用するってことだ」
「違いますね」
「ちなみに、俺が一番怪しいと考えているのは媒介だ」
「え、でも数字はありませんよ?」
「本じゃなくても文字列を利用して媒介するやり方でも、暗号は出来る」
小十郎は納得したように床に暗号文を置いた。
景頼も暗号文を、腕を組みながら眺めた。「若様。この暗号文は仲間の忍者にしか読めないようになっている可能性はないのでしょうか?」
「いいところに気づいたな、景頼。もしかしたら、仲間の忍者がこの暗号文の鍵を持っている可能性もある。鍵ってのは、媒介で例えると媒介にする文字列とかだ」
「なら、解読する手立てがないのでは?」
「そうなのかもしれない」
暗号解読は秘伝の古文書を読む上で非常に重要だ。俺も長期休みの際に古文書探しの旅をして、暗号化された文章はやりがいがあった。ただ、暗号化された古文書の場合、鍵はその古文書にあることが多かった。今回も、鍵があることを願いたい。
それと、忍者の暗号といっても単純で代用法が使われることが多いはずだ。だが、この暗号文には重複する文字が二つしかないことから、代用法でないことはわかる。
で、矢文でこっそりと暗号文を投げ入れたことからも、鍵は暗号文の中に紛れ込ませている可能性が高い。鍵が暗号文に隠されていないなら、もう少し堂々と渡しても解読される心配はないからだ。
「面白いくらい難しいな。さすが忍者の暗号だ。前世でも、まだ忍者の暗号を解読したことはほとんどない」
「若様、前世でございますか?」
「景頼! 何でもない......」
この暗号は、10行で表されていることに意味がある気がする。1行が5文字だから、合計で50文字。まだあんまり理解出来ていないな。
「若様! この小十郎、暗号を解読しなくても良いかと思います!」
「何故だ?」
「この暗号文がフェイクということは、本当にないのですか?」
「では、この暗号文に気を取らせる目的があると言いたいのか?」
「さようで」
「それはないだろう。混乱させるための暗号文なら、もとより解読は不可能。つまり、矢文で投げ入れるより堂々と我が伊達氏の居城に投げ入れた方が良いからだ」
「そういうことですか! 無駄口を叩き、誠に申し訳ございません」
「いや、大丈夫だ」
片倉小十郎は伊達政宗より先に子を授かってしまった、という理由から我が子を殺そうとしたくらい政宗に忠実な側近だ。大げさな部分が多すぎる。以後、俺が注意する点でもあるな。
「暗号をどうやって解読するか」
何か俺の記憶に引っかかることがある。確か、暗号を解読云々よりもっと簡単な忍者の使う暗号的なものがあった気がする。だけど、まったく思い出せないな。前に言ったことをもう一度言うが、歴史の書物を読んでいたのは前世の時だ。すでに10年も読んでいない。つまり、忘れていても当然だということである。
「若様。私の意見を述べてよろしいでしょうか?」
「景頼。意見を許す。話してみろ」
「......前に伝聞した話しなので、定かではないことを先に言っておきます。水に浸してみたりしてはいかがでしょうか?」
「それだ! それだぞ、景頼!」
水に溶かしたミョウバンを筆に浸して、その筆で紙に文字を書いて乾かす。その乾かした紙を水にぶち込むと、書いた文字が浮き出してくる。確か、その手法を忍者が使用していたはずだ。
「よし。小十郎! 水を持ってこい!」
「承知いたしました!」
小十郎はドタバタと走って、バケツに水を入れて運んできた。
「よし。では、紙を水に入れるぞ」
暗号文の紙をつかんで、バケツに突っ込んだ。入れた瞬間、端の方に何かが浮き出てきた。それは確かに、文字だったのだ。
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