伊達政宗、元服するのは伊達じゃない その参
銀塊に布で拭き取った部分を擦り付けたのだが、いっこうに変色しない。
「変色なし。箸に毒物はなかったのか」
「違うのですか!」
「そのようだ。箸ではない」
「なら、やっぱり一番怪しい毒味役が犯人でしょうか?」
「そんな簡単に犯人がいたりしないとは思いたいが......」
偉そうなことを言っても、俺はほとんど推理小説を読んだことがない。シャーロック・ホームズシリーズをちょっと読んだことはあるが、『緋色の研究』では第二部に入ってすぐ話しがガラッと変わったから驚いて読書をやめた。犯人は第一部読んだだけでもわかるからいいか、と当時は思ったが今になって動機やら何やらが気になってきたな。
つまり、言いたいことは探偵役を務めることになっているが、推理が得意ではないということだ。銀が変色しやすいのも、忍者の水蜘蛛も、唐ハンミョウの特徴も全てわかっていたのも歴史の教師だということが大きい。推理の構築がうまく出来ていないのもしょうがないことなのだ。
「若様。まず犯人を探す前にお屋形様に提案すれば良いのではないですか?」
「何を?」
「お屋形様がご使用になる箸を銀製に変えることです。そうすれば次にまた毒が盛られた際には毒物の存在に気づくことが出来ますよ」
「父上にそうするように提案し、銀食器に変えたとしても銀は変色しやすい。丁寧に毎日磨く係りを作らねばなるまい。少しややこしくなるぞ」
「お屋形様の安全を考えたらそれくらいをするのは当然でございます」
「確かにそうだな。......よし。まずは父上の食器を銀製にするように提案しよう」
小十郎に背中を押されるように、俺は唐ハンミョウにやられて寝ている輝宗の元まで向かった。すると、輝宗の目は覚めていた。
「父上、失礼いたします」
「......おぉ、梵天丸か」
輝宗が起き上がろうとしたので、俺は焦って止めた。「ち、父上! まだ完全に回復したわけではありません。寝ながら聞いていてください」
「わかった」
俺は先ほど使った銀塊を輝宗に見えるように掲げた。当然、綺麗に洗った銀塊である。
「銀は変色しやすいものです。毒物にも反応しても、もちろん変色する。父上の食器類はこの銀製に統一したほうがよろしいでしょう」
「うむ。なら、梵天丸の言うとおりにしよう」
輝宗は優しく笑った。俺は頭を下げてから退出した。
俺の考えた通りのかもしれない。ぶっちゃけると、銀は変色しやすいっつっても毒物に反応するならヒ素とか青酸辺りだ。唐ハンミョウ、つまりツチハンミョウ科の持つカンタリジンではない。銀塊で毒物が箸の先にあるかないか確かめた話しはまず、小十郎を安心させるためだ。だが、それが思わぬ副産物を生むことになったな。
犯人はわかった。これなら俺も安心して、元服を迎えることが出来るというわけだ。
四日後の11月14日。次の日がちょうど元服だというときである。父・輝宗の腫れは完治し、死ぬことはなかった。
俺は一件落着、というようにのんびりとしていると小十郎が小走りで近づいてきた。
「若様!」
「どうしたんだ、そんなに急いで......」
「お屋形様が毒を盛られてすぐの今日、家臣の一人が食事中に倒れてしまいました!」
「!」
小十郎の言葉を聞いた俺は、水堀にあった水の跡を思い出した。すっかり忘れていたが、あれは間違いなく水蜘蛛の跡だ。しまった!
「行くぞ、小十郎。案内しろ」
「承知」
小十郎の後ろを歩いていくと、倒れている輝宗の家臣を見つけた。周囲では人が集まっているが、様子からするとすでに事切れているようだ。
「父上の事件に気を取られ、重要な方を考えていなかった......」
俺は深く反省した。五日間も城内で忍者を野放しにしていたということだ。忍者が五日間城内に滞在して毒を盛ったとなると、変装して家臣に化けていた可能性がある。
これは俺のミスだと輝宗に伝えて、即刻銀食器を撤廃させる必要もある。銀食器に安心して、おそらく毒味役は丁寧な毒味をしていなかったのだな。だから、毒が盛られても毒味では気づけなかった。銀食器はごくわずかな毒物にしか反応しないが、無いよりましだとは考えていた。だが、毒味役が丁寧な毒味をしない原因になるとも思っていなかったし忍者の水蜘蛛の跡も深くは考えようとしていなかった。
「これは完全に私のミスとしか言いようがない。小十郎! 父上に話しに行こう」
「若様。話しに行くのはいいのですが、これはあなた様のミスではございません。決して、そのようなことはありませんよ」
「あまりくわしくは言えないのだが、私のミスなのは確かなのだ。それはわかってくれ、小十郎」
「......わかりました。では、お供いたします」
輝宗のいる本丸まで行くと、本丸御殿に入った。小十郎に聞かれてはまずい内容だし、小十郎は本丸御殿には入らせなかった。
「父上。わたくしのミスをお伝えいまします」
「ミス?」
「実際に毒を盛られて、先ほど死した家臣が一人。犯人は忍者だと思われますが、その存在を忘れておりました」
「うむ。それは梵天丸のミスであると同時に、我のせいでもあるわけだ。俺が毒を盛ったのだからな!」
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