伊達政宗、元服するのは伊達じゃない その弐

 数時間後、輝宗は眠った。永眠ではない。ただ普通に眠ったのだ。つまり、輝宗は死ななかった。死なないのではないかと思っていたが、やっぱりだった。そりゃ、唐ハンミョウでのあの程度の腫れ具合じゃ死にゃしないよな。

「若様!」聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺の守役・小十郎だ。彼は大きく手を振ってこちらに走ってきた。「お屋形様がご無事で何よりでしたね。しかし、若様は大丈夫でしょうか?」

「俺は心配ない。それより、父上の食膳に毒を盛った犯人の見当が付かないんだよ」

「若様はそのような大それたことを推理するのですか!?」

「いや、単純に気になるんだ。毒味役が犯人か、忍者か、ド素人の暗殺者か......」

 俺の言っていることがうまく理解出来ていない小十郎のために、一連の俺の考えを話した。

「さすが! さすがは若様ですよ! つまり、この事件は不可解な点が多くあるということですね?」

「いや、水堀のあの跡を考慮しなければそれほど複雑でもない。ただ、あの跡が少し怪しいと感じるんだ」

「だったら絶対、あの跡は今回の事件と関わっているはずです」

「どうなんだろうな。おそらく、忍者が城内に侵入した跡だとは思うんだが......」

「なら、犯人は忍者ですかね?」

 なぜか騒がしくなっていることに気づいて、小十郎とともに騒動の起こっている場所まで向かった。そこでは、伊達家の毒味役達が伊達家家臣達から質問をされているところだった。

「まず、今日のお屋形様のご飯を毒味役したのは誰かね? え?」

 一人が手を上げた。

「君に聞こうか。毒は本当になかったのか? 毒味を本当にしたのか?」

「毒味役として、ちゃんと毒味をしました」

「食膳全てにか?」

「は、はい」

「証明出来るか?」

「いえ......。ですが、あの食膳には絶対に毒が入っていなかったはずです。毒味役からお屋形様に食膳が行くまでの間をくわしく調べてください!」

「わかった、わかった。君は後でまた話しを聞きに行くかもしれんが、毒味役は全員持ち場に戻りたまえ」

 毒味役は全員が不安そうな顔で、早足に姿を消した。

「若様!」

「なんだ、小十郎」

「毒味役の証言は運良く聞くことが出来ましたね。次は料理人や食膳などを運ぶ女中に聞けばいいんですか?」

「そうだな......。父上のためにも、一応証言の確認をしておく必要はあるな」

 輝宗の飯を作った料理人を見つけると、現当主の嫡男という座を乱用してあっさりと証言を聞き出した。

 料理人の言い分としては「私がお屋形様の料理を作った者ですが、まずお屋形様を殺そうとする動機はありませんよ。それに、毒味役もいるし、自分の立場を危うくするようなことはする勇気ないなぁ。そもそも、私は毒物のくわしい知識にうといんです。

 誰かが毒物を混入させた可能性についても否定させていただきましょう。私は食膳からほとんど目を離していません」とのことだった。

 念のために食膳を運んだ奴らにも聞いたのだが、常に人目につくはずの食膳を運ぶ最中に毒物を入れるわけないし入れられないと口をそろえて言っていた。

 八方塞がりとはこのことだ。すでに万策尽きている。

 ふと、自分の死因について思い出した。毒殺された。方法は爪に付着した毒物を舐めたからだ。それと同じで、輝宗の使った箸の先に唐ハンミョウが付着していたら完璧じゃないのか? その疑問はもしかしたら答えにつながるかもしれない。毒味役もうまくすれば回避出来るはずだし、全ての点に辻褄が合う。

 となると、輝宗が使っていた箸を調べてみたいが、食膳はどこに行ったのだろう。

「小十郎。父上が食べた毒入りの食膳はどこにいった?」

「さあ、わかりません。ですが、どうしてでしょうか?」

「父上の使った箸に毒物が付着していたら、毒味役も回避出来そうだし、ありえなくはないだろ?」

「なるほど。食事自体ではなく、食事を食べる箸に毒物が付着していたかも......。さすがは若様。現実で体験していないと思いつかないことだ」

 フフフ! 一応、実体験からヒントを得たぞ!

 それからすぐ、食膳探しが始まった。というほどスケールがでかくもなかった。食膳は片付けられていなかった。ホッと安堵のため息をもらすと、胸を撫で下ろした。

「ですが、若様。この箸を舐めてみて、実際に毒があったらどうするのですか?」

「舐める? そんなことをしなくても毒が付着しているかいないかなどすぐにわかる」俺は布で箸の先を拭き取り、事前に用意した銀塊に拭き取ったものを擦り付けた。「銀は原子的にあまり安定しないんだ。変色しやすいわけだよ。無論、化学的物質により変色もする。もし銀塊が黒く変色すれば、箸の先に化学物質があったことになる。簡単に言うと、銀塊が変色したら箸の先に毒物が付着していたことになる」

「銀、ですか」

 小十郎がポカンとしているのを半ば無視し、俺は銀塊に何往復か擦り付けていった。小学生の頃にやった下敷きとかでやる静電気の遊びを思い出す感じだ。

 そろそろいいかな、と思って布を離して、拭き取った面が出ないように畳んでそこらに放り投げた。最近、自分が伊達政宗だという自覚がなくなってきていることは充分わかっているつもりだ。

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