第三話 みんなが知ってる大きな宣言
そして、三年目の夏。
県の予選大会決勝戦。
わたしたちの野球部は、ついに甲子園へのきっぷを手に入れた。
「中村先輩、野球部の人が呼んでます」
「うん、ありがとう」
放課後、甲子園での応援用ポンポンを作っていた時だった。
「亮平、どうしたの?」
「いや、どうしても光代に最初に見てもらいたい物があって……」
亮平は照れくさそうに、後ろ手に持っていたものを前に出した。
『18』と書かれている背番号だ。
「凄いよ! やったじゃん! じゃぁ、出られるんだよね?」
「控え扱いだろうけどな」
エースナンバーでも一桁のレギュラーナンバーでもない。でも間違いなく公式戦に出られるベンチ入りメンバーの座を自分の手でつかみ取ったんだ。
「ううん、それでも凄いよ。わたしも負けていられない!」
「じゃあ、戻るな?」
「頑張ってね!」
部室に戻る亮平を見送るとき、涙が止まらなくなった。
頑張ったね。本当に頑張ったんだよ。ずっと見ていたわたしだから知っている。部活の練習がお休みの日でも、ずっと走り込みをしていたし、毎晩自宅に帰ってから庭でバッティングを練習していたのだって欠かさなかった。いつもベランダから声をかけるのがわたしの日課だったんだもの。
きっと、わたしがセンターになったのをどこかで知ったんだろう。
同じ舞台に立つ。そのためにベンチ入りの背番号を手に入れてくれた。
わたしにはそこに書かれた数字なんて関係ない。そして、それを誰よりも先にわたしに見せてくれたんだよね。
その気持だけで胸がいっぱいになった。
クラスにいる野球部のマネージャーの子に背番号をユニフォームに縫いつける日を聞いて、選手たちが帰ったあとの部室で一緒に18番を縫い付けさせてもらった。
「光代も物好きだねぇ」
「まぁ、ほら腐れ縁だしね」
「その腐れ縁って、裏返すと物凄く羨ましい関係じゃない? 遠藤くん、本当に真面目にやってるし。それが光代を甲子園に連れて行くためだって聞いたときは正直嫉妬したなぁ」
「もう、そんなこと言ってたの?」
「みんな知ってるよ。そこまで堂々と言うなら頑張れってずっと言われてたんだよ」
やだ、みんな知ってるんだ……。
「でも、理由が何であれ、頑張るって凄いことだと思うよ。ずっと基礎練ばかりで腐っちゃうのもいるけどさ。遠藤くんは本当に実力でベンチ入りだって監督も言ってた。光代も幸せ者だよねぇ」
「そうだったんだ……」
夏休みに入ってすぐ、わたしたちも吹奏楽部や応援団とのリハーサルを行った。
いつもはジャージで練習をしていたけれど、今日からは新しい本番用のチア服を着た。
体育館でそれをやっているとき、何人かの野球部のメンバーが来ていたのは知っているんだけど、そこ亮平の姿があったかまでは分からなかった。
十八人分。確かに番号は一番最後だけど、あのダグアウトの中にいるんだもの。そこにいる以上、グラウンドでプレイできる可能性はゼロじゃない。
だから、全員分の楽曲と振付を必死に覚えた。
「お疲れさまでしたー」
部室を出て、自転車置き場に戻ってきたときだった。
「おつかれ」
「亮平……」
「なんか、いろいろとしてもらってるんだってな。迷惑かけちゃって……」
「迷惑なんかじゃないよ。わたしがやりたいからやってるだけ」
夕焼けの道を久しぶりに二人で帰った。
「来週本番だね」
「うん」
「緊張する?」
「そりゃあ、初めてだもんな。それに、俺はこの夏で野球終わりなんだ」
「えっ?」
「プロにも大学で続けることもしない。もっと勉強したいんだ。父さんとも話し合って決めたよ」
そうだったんだ。もうその次のステージを見ているんだね。わたしも両親から進路のことを真剣に考えなさいと言われている。
「でも、その前にちゃんと悔いの残らないようにしなくちゃダメだよ? わたしだって勉強よりも振付覚えるので精いっぱいなんだし。この夏が終わるまでは……」
そう、亮平の夏が終わると同時にわたしの夏も終わる。だから、そこまでは許してとお願いしたんだ。
「そうだな。終わったあとのこと考えるより、まずは一勝しないと」
「そうだよ。そのためにわたしも頑張る!」
「光代は昔から声大きいからな。絶対に聞こえるだろうな」
「えぇ……、ちょっと恥ずかしいなぁ」
家の前に帰ってきてしまった。もっと話していたいのに、なんだか勿体なかったなと、まっすぐに帰ってきてしまったのを少し後悔した。
「あっちでの練習はいつから?」
「明後日には出発する」
「じゃあ、明日は準備だね」
「そうなるね」
「風邪なんかひいちゃダメだぞ?」
「光代のでかい声で病原菌が逃げていくさ」
「ひどぃ!」
いつものように笑って、それぞれの家に入る。
「光代、ごはんは?」
「ごめん、急いでやらなきゃならないから」
お風呂もシャワーだけで済ませて、自分の部屋に閉じこもる。
明日までに間に合わせなくちゃ……。
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