なんてことない高校生カップルのバレンタインの放課後

葵 悠静

 

「よっ」


「……ああ、珍しいな。わざわざ教室まで来るなんて」


「今日一緒に帰ろうって話してたでしょ」


「ん? そうだったか?」


「うわ、ひどっ。昨日話したじゃん」


「でも部活は?」


「……はあ。今はテスト期間中でしょ。テスト期間中は部活はない。これ学生の常識」


「そんなドヤ顔で言われても帰宅部である俺の中での常識ではないからな」


「というか、毎回テスト期間になるたびにこの話してる気がするんだけど……。頭鶏なの?」


「自分の彼氏のことをよくそんなにディスれるな。俺には理解できん」


「はいはい。そんな可愛い可愛い彼女が言ったことをいとも簡単に忘れて、いったい何をしてたんですか」


「可愛いかどうかは置いといて、俺も昨日は忙しかったんだ」


「へえ……。もしかして勉強してた!?」


「まさか。昨日は光り輝く馬を手に入れるために、水上を暴れる龍と一緒に水上スキーを楽しんでいたんだ」


「……なんだ、結局ゲームしてたんじゃない」


「結局とはなんだ。早くマウントを落とせばいいものを俺と戯れたかったのか、全然ドロップしてくれない。まさかこんな長期戦を強いられるとは思ってもみなかった」


「まさか昨日はそれで連絡返ってこなかったってわけ?」


「まさかそれだけじゃない。他にも光り輝く武器を作る為に荒野を走り回っていたさ」


「どれだけキャラクター光らせたいのよ……。返事が返ってこないからもしかしたらこんな早くに寝たのかとか、まさか勉強しているのかと心配した私があほだったわ」


「なんだ、心配性だな。……ちょっと待て。俺が勉強していて心配になるっていうのはどういうことだ?」


「だって勉強なんてしないじゃない。あんたが家で勉強していたらそれは異常事態でしょ」


「まあ確かに」


「でしょ? それで赤点を取らないんだからいいご身分よね。まあ、そんなことはどうでもいいわ」


「ああ、そういえば。いつもは校門まで呼びつけてさながら亭主関白のように俺のことを扱うのに、今日はわざわざ出迎えてくれるなんて本当に珍しいじゃないか」


「ひどい物言いね」


「ああ、すまない。亭主関白じゃなくてかかあ天下の方だったか」


「そういう意味で言ったんじゃないわよ。……今日が何の日か知ってる?」


「2月14日。バレンタインだろ」


「そうよね。あんたが気にしているわけない……えっ!?」


「? 何をそんなに驚いてるんだ?」


「いやイベントごとには興味ないと思ってたから……」


「失敬な。俺は一週間前からイベントが始まっているんだぞ。わからないわけがない」


「一週間前? ……ああ、そういうこと」


「よくわかってるじゃないか」


「はあ、ちょっとでも感心した私がばかだったわ」


「それで、バレンタインがどうかしたのか? あ、イベント報酬ならすべて回収しているから心配しなくてもいいぞ」


「そんなこと誰も気にしないわよ!! ……そうねえ」


「なんだ?」


「気が変わった。今から質問するからそれに素直に答えてくれたらいいものあげる」


「質問だと?」


「いいからいいから。準備はいい?」


「……まあいいだろう」


「じゃあ……君が知りえる人の中で君が一番好きな人は誰?」


「……母親」


「マザコン!?」


「当然の質問すぎる。そんなの人類皆マザコンになるだろ。一般的な家庭で育てば一番感謝して、当然一番好ましく思うのも母親だ」


「高2のくせに達観しすぎじゃない? ま、まあいいわ。じゃあもう一つ質問」


「一個じゃなかったのか」


「誰も一つと入ってないでしょ? じゃあ、君の中で一番かわいいと思う人は誰?」


「アルフォン=ファーストリーニ」


「……誰?」


「俺がはまっているゲームのサブヒロイン」


「人じゃないじゃない……」


「おいおい、全二次元ファンに怒られろ。あれは堂々の可愛いランキング一位だよ」


「そういうことじゃなくて……! ふつう付き合っている彼女がいるんだから、一番好きなのも一番可愛いのも彼女が一番ってなるんじゃないの!?」


「……すまんな。俺は嘘はつけないんだ」


「なによそれ!!」


「いや勘違いしないでほしいんだが、別に君のことが可愛くないとか言いたいわけではないんだ。清楚系童顔女子で充分可愛いということは理解しているし、それは俺だけじゃなく同じ学年の奴らも、君が可愛いということは噂されている。しかも男子だけではなくその裏表の無さから、女子からも人気がある。友達がいない俺とは大違いだ」


「そ、そんな急に褒められても……それにあんたも別にそこまで悪い感じじゃないし……」


「ただな。どうやら俺は君のことを深く知りすぎてしまったらしい。周りの人は君のことを清楚なんて言っているが、俺からすればそんな感じは一切なくなってしまった」


「どういう意味よ」


「だってそうだろ。いつも家に二人きりになると俺を求めてきて、俺も負けじと対抗してみるが、君はいつも勝利を勝ち取っていく。ゲーマーであるこの俺がベッドの上では君に負け越しているんだ。そんな積極的な君を清楚という目で見ろという方が無理な話で」


「あんたはなんて話をしてるのよ!! ここは教室よ! 場所をわきまえて!」


「君がどういうことだと聞くから、俺は添直に答えただけなんだが…・・・。それに何も恥ずかしがることはない。まあ仮に君が清楚だというのであれば、俺からしてみれば俗にいう清楚ビッ」


「はあああ!? 私がだれにでもあんなことしていると思ってるわけ? あんたにだけにしかあんな姿見せるわけないでしょ?!」


「もちろんそんなことはわかってる。言葉のあやだ。言い直そう。俺だけの清楚ビッチだ」


「そういうことなら……いやいやいや! なんか一瞬騙されかけたけど、結局言ってること何一つうれしくないからね!? ビッチの意味を調べてから発言してくれる!?」


「ふむ、日本語というのは難しいな」


「あんたは生粋の日本人でしょうが……。いいわいいわ。この話は終わり。最後の質問ね!」


「君も大概懲りないやつだな」


「あなたの中で一番の理解者は誰?」


「そんなの迷う余地もないだろう」


「そうよね。あんたはどうせそれも親だとか」「君だよ」


「……へ?」


「そんなの考えなくてもわかるだろ」


「なんでちょっと不機嫌になってるのよ。私はてっきりまたお母さんとかって言われると思ってたんだけど」


「そうだな。確かに親もよき理解者ではあるだろう。でも今の俺を一番理解してくれているのは紛れもなく君だよ。親は俺のこういった卑屈な性格を矯正しようと何かと色々と否定をしてくる。それに対して君は俺のこういう性格に否定はしないだろう」


「いや、私もよく怒っていると思うけど……」


「怒りはすれど否定はしないだろう。結局は受け入れてくれる。たかだか1年も経たない付き合いだというのに、そこまで理解してくれるというのは最早奇跡だといってもいい。俺がもし君だとすれば、俺のような彼氏はごめんだからね」


「そ、そんなことないわよ……」


「それで最後まで質問に答えたわけだが、君は俺に一体何をくれるというのかな?」


「そうね。……はい、あげる」


「ふむ。バレンタインといえばやっぱりチョコだよな」


「何よ。気づいてたんじゃない。知らないふりなんかして」


「もちろん。俺が今日までに一体いくつのチョコをもらったと思っているんだ?」


「……いくつよ」


「2525個」


「……ゲームアイテムの話ね」


「よくわかってるじゃないか」


「ちなみに三次元では?」


「君が初めてだよ」


「そ、そう」


「食べてみても?」


「今!? ま、まあいいけど……」


「ではさっそくいただくとしよう。……ふむ、甘いのかと思ったら結構ビターだな。しかもしつこく口の中に残らずすっと溶ける」


「甘いものはあんまり好きじゃないって言ってたし。本当はケーキとかにしようかと思ったんだけど、なんだかかんだ君って形にこだわるから、チョコの方がいいのかなと思って、結構甘さは控えてみたのよ」


「ふむ。やっぱり君は俺のことをよく分かっているじゃないか」


「ただ話してたのを覚えてただけよ……。それで、どう?」


「うん美味い。君は食べてないのか?」


「味見はしたけど。いいのよ、あんたの為に作ったんだから」


「どうせ君のことだ。形になってから一番最初に食べるのは俺であってほしいとかそんなピュアな気持ちを抱いて、完成系は食べてないんだろ? もちろん俺としては全て食べきりたいところではあるが、この美味さを君と共有したいと思っている。ほら、食べてみろ」


「そこまで言うなら食べるけど……。ん、美味しいわね」


「そこで俺の指まで咥えて食べるところが、あざといというかやはり清楚とは程遠いというか……」


「うっさいわね! どうせ私はお義母さんにも勝てない、可愛くない女ですよ!」


「……ふむ、君は何か勘違いしているようだな」


「何がよ?」


「一番好きな人は親、一番可愛いのは二次元のヒロインと確かに僕は言った。でも一番愛しているのは紛れもなく君だ。清楚ではないし可愛げだけで君が構成されていると思ったことはないが、一番俺の中で愛でたいと思うのは君だけだ。ジャンル別ランキングでは一位ではないかもしれないが、俺の中の総合ランキングでは圧倒的一位なんだよ。君は。それはこれまでもこれからも、それが揺らぐことはない」


「……何よ、急に」


「どうせ不安だったんだろう? 俺がゲームにばかりかまけているから最近はあまり連絡もできていなかったしな。だから俺を試すような質問をした。確かに俺も悪い所はあっただろうが、その点は心配しないでほしい。俺の中での一位は相も変わらず君が独占中だし、それはこれからも変わらない。つまり君は殿堂入り。不動の一位だ。おめでとう」


「……そういうところよ」


「何かご不満でも?」


「何もございません! お腹いっぱいです!」


「ふふ、そうだろうな。時に今日は家に来るのか?」


「また急ね」


「ちなみに今日は親は仕事、妹は遅くまで部活だそうだ」


「…………行く」


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろうに。君のそういう素直なところも好きだよ。……ああ、そういえば途中でコンビニによらなければ」


「何か欲しいものでもあるの?」


「いや、この間モノが切れてしまったからな。帰り道にドラッグストアはないからコンビニで補充しなければ」


「だからそういうことをこんなところで堂々と発言しないで! もうちょっと恥じらいを持ちなさいよ!!」


「いや俺としても結構気は使ったんだが。今の発言でそれにたどり着く君も大概だと思うぞ。それに別に恥ずかしがることでもないだろう。どうせ付き合っている高校生カップルなんてものは、初めてを超えれば皆例外なく突きあっているんだろうし」


「この馬鹿! 変態! もう、全部台無しじゃない!!」


「君に変態とは言われたくないな。まあ変態なのは否定しないが、君ほどではないと」


「いいから!! さっさと帰るわよ!!」


「わかったわかった。口を閉じるから引っ張るんじゃない。制服が破れる」


「破れないわよ!」




「……いやー、今日も見せつけてくれたねえ」


「最初はあの二人がなんでって意外に思ってたけど、あの様子を見ているだけでお似合いカップルって感じよね」


「まあ男の俺からしたらあの子がそんな積極的っていうのは、ちょっとショックだったんだけど……」


「あんたは女に期待しすぎ。あの人も言ってたじゃない。付き合ってるならそういうもんだって。そういうことよ」


「はあ、彼女ほしーー」


「そんなことを大声で恥ずかしげもなくいっている間は無理ね」


「あーーチョコが欲しいなあ」


「そんなちらちらこっち見たってあんたの分は用意してないわよ。帰りでコンビニに寄って買ったら?」


「うーー、世知辛い世の中だぜえ」


「私はあんな甘々な光景見せられたら、それだけでお腹いっぱいだけどね」


「確かに。チョコじゃなくて塩辛でも買いに行くか……」


「センスがおっさん」


「うるせ」

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なんてことない高校生カップルのバレンタインの放課後 葵 悠静 @goryu36

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