第5章 救国の雄 ④
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いかにもなロッドを振り上げ、魔法を上空に向けて放つ冒険者。
「――てぇっ!」
冒険者の魔法にタイミングを合わせ、長剣を振り上げて号を発する騎士。それに従い、引き絞った弓で矢を射る弓兵。
自身に向けて放たれる攻撃――その全てを。
「ふははは、必死の形相でなんとまあ健気なことよ。足掻け、足掻け。その矢が我が身を射る事を信じ、その呪が我が身に届くことを願い、足掻け。それが決して叶わぬことを知った時の貴様らの絶望は、我が主の糧となる。恐れ、ひれ伏せ」
上空の男はあざ笑う。軽く手を振るだけで宙空に炎が渦巻き、放たれた魔法を、矢を、全てを飲み込み、焼き尽くす。地上から放たれる攻撃は、男はおろか、
攻撃を焼いた炎はそのまま地上を襲う。騎士が斬り払い、魔道士が魔法で相殺するが、それも完全ではない。既に多くの騎士が、冒険者が、弓兵が地に伏していた。
そんな中で――
「――セシリア!」
倒れた人を抱え起こし、男の真下から逃れ、回復魔法で手当をするセシリアの姿があった。
「! ――ナルミ様っ!」
俺の声に気づいたセシリアが弾かれたように振り返り、俺の元へと駆けてくる。
「ああ、ナルミ様――よくご無事で!」
「セシリアも――怪我はないか?」
「私は平気です。ですが――」
表情を曇らせて、彼女は周囲に目を向ける。倒れている騎士や冒険者は一人二人じゃない。
「――ここだけでも騎士様と、冒険者の方が既に何名か……こんな状況ですから、逃げ遅れている人たちもきっと……」
はっきりと明言はしなかった。しかし口ぶりからして、事切れたということだろう。
「なんてことだ……」
あのアシェリーさんに「事と次第によっちゃ
上空を見上げる。すると――
「……その顔、その服……貴様、森にいた冒険者だな?」
「……っ、だったらどうだってんだ!」
言い返すと、男は翼竜の背からひらりと飛び降りた。十メートルはあろうかという高さから、まるで階段を一段降りたかのごとく苦も無く着地する。咄嗟にセシリアを背に隠して剣を抜く俺に、男は訝しむように――
「貴様がなぜここに? とても我が眷属を退けるほどの力があるように見えぬが」
「火を吹くトカゲのことなら、今頃アシェリーさんに斬られてるだろうよ」
そう答える。
「ふははははは。そうかそうか、貴様、仲間を犠牲に逃げてきたのだな?」
「違う! アシェリーさんは俺たちに街を任せてくれたんだ!」
「なに、言い訳などしなくてよい。その無様で矮小な生き汚さ、気に入った。よくぞ俺の前に現れた。貴様の断末魔はさぞ甘美な響きだろう。我が眷属に腹に収まってしまってはそれを聞き逃すところだったわ」
しゃらん、と男が佩いていた剣を抜いた。黒く、闇そのものと言った刀身はそこに在るだけで圧倒されるほどの力を秘めている――そんな印象を与えた。背筋に冷たいものが流れる。
――と。
「地に降りた今が好機だ、かかれっ!」
「うおおおおおっ!」
近くにいた騎士が、冒険者が、それぞれの武器を手に男に襲いかかる。
しかし彼らは誰一人、男に得物を振るうことができなかった。上空の翼竜が吠え、同時に男に襲いかかった騎士たちに落雷のような光が落ちる。
「ぎゃああっ!」
「ぐおおおっ!」
悲鳴。光を浴びた人たちがばたばたとその場に倒れる。
「ふっ、魔竜騎将の俺が駆る竜がただの
「魔竜騎将だと……!」
「魔王に仕える大幹部……英雄に滅ぼされたはずじゃ!」
今まさに飛びかからんとしていた騎士たちが戦き、足を止める。
「いつの話を……いまだ眠りにつかれておられるとは言え、魔王様が存命なのだ。魔王様に仕える我らが主の目覚めの時に備え、力を蓄えるのは必然。王の覇道の為、邪魔者の排除もな」
呆れたように言い放ち、男が剣を構える。その切っ先が狙うのは――俺。
「貴様は特別だ。手を抜いてやる。最期まで足掻き、無様な生き様を見せてくれよ、人間」
男から強烈な殺意が放たれる。奴の切っ先がブレた――そう思った途端、俺の剣は大きく弾かれていた。かろうじて指先に残る柄の感触を頼りに握り直す。手放すことこそ免れたが、
「そうだ。いいぞ、こんな簡単に殺してしまっては愉しめない。足掻け、足掻け」
ギリギリのところで体勢を立て直す。途端、今度は逆に弾かれた。たたらを踏んで転倒を拒絶する。こいつ――俺をなぶり殺すつもりだ!
「こいつはどうだ、人間!」
流れるような動きで担いだ剣が放たれる。奴の剣を受けられないことはもう明らかだ。身を捩って躱そうとして――
――駄目だ、俺の後ろにはセシリアがいる。
「っ!」
上段に剣を構えた途端、両膝に痛みが走った。脳天から二つに斬り裂かれることはなかったものの、一撃の重さに圧し潰された。
「ほう? 耐えるか。いいぞ、どこまで耐えられるか試してやろう」
片手で軽く振り下ろしたように見えた一撃が、鋼鉄の吊り天井が落ちてきたんじゃないかと思うほど、重い。かろうじて受け止めたものの、薄ら笑いを浮かべる男がじわじわと押し込める剣に、ゆっくりと潰されていく。
しかし――不意に重さから解放された。顔を上げると、退いた男が端を裂かれたマントを気にしていた。そしてその向こうには、見覚えのある騎士。
「不意打ちか、いいぞ……矮小な人間には相応しい」
「黙れ、魔人――魔王軍の再興など絶対に認めん!」
あれは、グロッソとか言ったか――ギルドに
「人間どもに認めてもらおうなどとは微塵も思わん。貴様らは我が主、我ら魔族に踏み潰されるだけの存在よ」
「そんな口は、我らレミリア王国王宮騎士団を退けてから吐いてもらおうか」
「面白い」
一旦、俺からあの騎士にヘイトが移ったようだ。ほんの一瞬で三度死にかけた。そんな極限状態から解放され、全身からどっと汗が噴き出る。
「――ナルミ様っ!」
小声で――しかし鋭い声が背後からかけられる。同時にセシリアは俺の手を掴んで、半ば俺を引きずるように駆けだした。
「ふはははは、この期に及んでまだ逃げるか、人間! いいぞ、逃げろ! そして神器を持つ者に救いを求めろ! そのときこそ貴様に絶望を教えてやろう!」
背中から聞こえる男の声――そして剣戟。俺はセシリアに連れられてギルド前を後にした。
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