第5章 救国の雄 ③

 人を避け、走り、避け、回り込み――聖堂に辿り着く頃には街の火の手もあって汗だくだったが、疲労の方は霊薬エリクサーが効いているのか大したものではなかった。


 大聖堂の正門は、街のあちこちからアトラの救いを求めて逃れてきた人たちで溢れていた。一様に嘆きの、あるいは恐怖の表情を浮かべている。正門は開け放たれ中へと入れる状態ではあったが、混迷する人々が我先にと門へ向かうため、なかなか思うように人が流れない。


 そんな中、おろおろと周囲を見回す修道服の少女の姿が目に入る。


「シスターだ!」


 腕の中のナターシャが、その姿を目にして声を上げる。


「! ナターシャ、いるの? どこ!?」


「シスター!」


 彼女を地面に下ろしてやると、シスターの元へとまっすぐ駆けていった。ナターシャに気づいたシスターは、膝をついて駆け寄るナターシャを抱きとめる。


「ナターシャ、ナターシャ……無事で良かった」


 涙を溢して喜ぶシスターに、ナターシャが俺を指し示して言う。


「あのお兄ちゃんが連れてきてくれたの。セシリアお姉ちゃんのお友達なんだって」


「ああ、どなた様か存じ上げませんが、妹を連れてきていただき、ありがとうございます」


 言われて初めて俺に気づいたシスターが顔を上げる。そして俺の姿を見るなりはっとして、


「そのお姿――もしやあなたはナルミ様では?」


「あ、ああ――俺のことを?」


「神父様からお話を。アトラ様のゆかりの方と聞いております」


 まあ縁があると言えばそうなのかもしれないが――いや、今はそんな事どうでもいい。


「そうか――なあ、セシリアはここに来てるか?」


 尋ねると、シスターは首を横に振る。


「いえ――ホームの方にも。あの子のことですから、どこかで助けを求める声に応えていると思うのですが」


「……そうか、ありがとう」


 くそ、やっぱここにはいないか。だとすればギルド――あのトカゲ使いに抵抗している人たちの中に混ざっている線が濃厚か。


 ギルドを目指すべく、踵を返す。すると、背後から声がかかった。


「あの、どちらへ――」


「セシリアを探す。アシェリーさんにも頼まれてるし、それに――」


 それに――それに、見ず知らずの俺にあんなに良くしてくれた子を放ってなんか置けない。


「あの子をお願いします――アトラ様の加護はここにゴッド・ブレス・アス


 十字を切って祈ってくれるシスター。その彼女にしがみつきながら、ナターシャも俺に勇気が出る言葉をくれた。


「お兄ちゃん――今度はセシリアお姉ちゃんをお姫様にしてあげてね!」


 そんな幼い彼女の言葉に、シスターは困惑気味だった――だが、俺には伝わる。伝わった。


「ああ。お兄ちゃんに任せろ。後でセシリアもここに連れてくるから、待っててくれな」




   ◇ ◇ ◇




 ギルドに近づくにつれ、街の被害は甚大になっていった。王城が近くにあるのにそちらではなくギルド付近を狙うのは、あの男がセシリアのロザリオ――神器に感づいているからなのだろうか。


 とうとう怪我をし、血を流す人を見かけるようになった。同時に街の兵士や騎士らしき人物がけが人や崩れた家屋、空から降る火炎に対応する姿も目に入る。


 そして角から飛び出してきた影にぶつかりそうになり、慌てて足を止める。その人影は、数少ない面識のある相手だった。


「ナルミさんっ!」


「クララ、無事だったか!」


「はいっす! 自分、翼竜ワイバーンや魔人相手じゃ役に立てなくて――早々にギルドから離れて兵士さんのお手伝いで怪我人の救助をしてるっす。お陰で自分は無傷っす」


「セシリアは? 一緒か?」


 けが人の救助なら、彼女の回復魔法が火を噴くはずだ。後方で衛生兵メディックとして駆け回っていてもおかしくないが――


 しかし、クララは首を振る。


「セシリア姉はギルドっす。あの翼竜ワイバーンと魔人の相手をしてる騎士や魔道士のバックアップをしながら、ナルミさんの帰りを待つって……ここで待ってるって言ったから、きっとナルミさんはギルドにくるはずだって」


「……そうか」


「あいつ、なんなんっすか。自分で魔族を名乗ってるっすから、魔人で、魔王軍の生き残りなんでしょうけど……けど大昔に英雄が魔王を倒してから魔王軍なんて魔族領に引きこもって、せいぜい国境紛争起こすぐらいだったのに、急に現れて街を壊して回って……あんなやべえのが生き残ってるなんて思ってなかったっす。神器を持つ者とか意味わかんないっすよ」


「クララ……」


 彼女はセシリアのロザリオの件を知らない。例の男が探しているのがセシリアだと思っていないはずだ


 そして彼女のロザリアが神器に化けたのは俺のせいと言えなくもない。その事を思うと胸がずきりと痛んだ。


「ナルミさん、セシリア姉を迎えに行ってくださいっす! セシリア姉は、きっとナルミさんが行くまでてこでも動かないつもりっす!」


「ああ、勿論だ。必ず連れて帰るよ」


 頷く。頷くしかない。


「おーい、誰か手を貸してくれ!」


「――今行くっす!」


 遠くで、助力を求める声が聞こえる。クララは声の元へ向かいながら、


「セシリア姉を頼んだっす! 野犬退治の報酬もうやむやになっちゃってますし、落ち着いたら三人で打ち上げするっす! ナルミさん、お気をつけて!」


「そっちも気をつけてな!」


 クララを見送るほど時間的にも気持ち的にも余裕はない。止めていた足をギルドに向けて走り出す。不幸中の幸いとでも言うべきか――人の助けが必要そうな場面に幾度か出くわしたが、その度に冒険者風の男が、マントを煤で汚した軽鎧の騎士が居合わせ、足を止めずに済んだ。ナターシャのような大人とはぐれた子供も見当たらなかった。


 そしてギルドの前――大通りに至る。





 そこは、戦場だった。

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