第5章 救国の雄 ②
今日この世界に転生してきた俺にとって、この街は右も左も分からない――しかし通りのあちこちに見覚えがあった。ここは昼間セシリアに連れられて聖堂へと向かい――そしてクリフトンやレイモンドと出会った通りだ。
しかし通りは見る影もない。通り沿いの家屋のあちこちが燃え、煙が渦巻き、瓦礫で散乱した通りは逃げ惑う人々の姿が見える。
急いでいるのだが、そんな状況のせいで中々思うように進めない。
――と。
「……うわぁぁあああん……」
通りの角にさしかかったところで、子供の泣き声が聞こえた。
―――――くそっ!
立ち止まり、周囲を見回す。目当てのものはすぐに見つかった。角を折れた先で小さな女の子が地面に座り込んで泣いている。周りの人はみな自分のことで手一杯だ。街の惨状に、自分の周りを逃げ惑う大人に、その子はただ声を上げて泣くばかりだ。
駆け寄ってその子の手を取り立たせる。ぱっと見た感じ、怪我はなさそうだ。
「一人か? お父さんかお母さんは?」
「うわぁぁあん」
現代なら小学一年生ぐらいだろうか。女で子供とか現代なら俺の天敵でしかないが、そうも言っていられない。
「お兄ちゃんはナルミ。君の名前は?」
「……ナターシャ」
赤いリボンで飾られた銀髪のロングヘアの女の子。彼女の頭を撫でながらそう尋ねると、彼女はぐしぐしと涙を拭いつつそう答えてくれた。
「そっか。ナターシャ、お父さんかお母さんは一緒じゃなかったのか?」
色々あって時間感覚がおかしくなっているが、今は深夜を回った頃のはずだ。こんな小さな子が一人で出歩く時間じゃない。多分避難中に親御さんとはぐれてしまったのだと思うが――
しかし小さなナターシャはぶんぶんと首を横に振る。
「……はぐれちゃったのか?」
尋ねても返ってくるリアクションは同じ。はっとして、別のことを聞いてみる。
「セシリアを知ってるか? 大聖堂のシスターの」
「……うん。セシリアお姉ちゃんはお姉ちゃんだよ」
知っている名前を聞かされて安心したのか、彼女は泣き止んで頷く。そういうことか、両親の事を尋ねても答えようがないわけだ。
「そっか。お兄ちゃんな、セシリアの友達なんだ」
「おともだち? お姉ちゃんの?」
「ああ、そうさ。ナターシャはどうして一人でいるの?」
尋ねると、ナターシャの顔がくしゃりと歪む。
「あのね、お家で寝てたら火が降ってきて火事になっちゃったの。それでシスターがみんなで大聖堂に避難しようって。街の外よりお城が近い大聖堂の方が、騎士様たちもいるから安全だって。大聖堂にいればきっとセシリアお姉ちゃんが助けにきてくれるからって。だからみんなで大聖堂に行こうってなったんだけど、いつの間にかみんないなくなって」
はぐれた時の事を思い出したのか、ナターシャがふえぇ……と泣き始める。
「――ふん、おろかな……貴様ら人間ごときが我ら魔族に楯突くなど」
降ってきた声にギルドの方を見上げると、冒険者か騎士か――何者かがあの男に抵抗しているようだった。地上から魔法の軌跡らしい光が男と
ギルドと大聖堂は方角が違う。もしあの場にセシリアがいたとしたら――
――だからって、こんな小さい子を放っておけるか!
「よし、ナターシャ。お兄ちゃんが聖堂まで連れてってやる」
ナターシャの小さな体を抱き上げると、彼女は不思議そうな顔で尋ねてくる。
「いいの? お兄ちゃん、騎士様じゃないの?」
「え? どうして俺が騎士なんだ?」
「だって、立派なお洋服着てるから……」
よくよく見れば、ナターシャが着ているのは着古したワンピースだった。ところどころほつれた糸が飛び出している。普段こういうものを身につけていれば、現代基準の学校制服はそういう風に見えるのかも知れない。
「騎士だとナターシャを聖堂に連れてっちゃ駄目なのか?」
尋ねると、彼女は首を振って否定する。
「騎士様が抱っこするのはお姫様って絵本で読んだから……」
「大丈夫、お兄ちゃんは冒険者だ。だけど今だけ俺は騎士様だってことにしておこう」
そう告げる。
「絵本の騎士様は、お姫様を助けてくれたのか?」
「うん。悪い魔王から、お姫様を助けてくれるの」
「よし、じゃあ今からナターシャはお姫様だ。俺が絶対無事に聖堂まで連れてってやる。急ぐからちゃんと捕まってろよ。いいな?」
「――うん!」
「いい子だ。ちょっと怖いかもしれないけど、我慢してくれな」
言いながら、既に足を動かし始めている。
ここからでは様子を覗うことは出来ないが、魔族と名乗った上空のあの男に抵抗している人たち――彼らがもう少し奴の注意を引いてくれていれば、ナターシャを聖堂まで連れて行くことはできるだろう。
セシリア、そこにいるのなら無事でいてくれ――胸中でそう願いつつ、人の流れに逆らって大聖堂を目指す。《英雄体質》のお陰で、ナターシャぐらいの子を抱えても重量はさほど感じない。
彼女と、そしてクララを探すためにも、俺は胸元にひっしとしがみつくナターシャを気遣いつつ、聖堂へ急いだ。
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