第4章 リベンジ ⑥

 竜の雄叫びは辺りの空気が震わせた。その振動がビリビリと肌を叩く。


「ゴォォォオオオオオオッ!」


 その猛る火炎竜ファイアドラゴンはのけぞるように天を仰ぎ、大きく息を吸い込んだ。まさかとは思うが、あの動きは――


竜の息ドラゴンブレス――あいつだけはもらうなよ、兄弟!」


「カリッカリに焼けたハンバーグになっちまうからな!」


 当たらなくていい予感が当たったようだ。


 クリフトンとレイモンドの二人は手にした盾を掲げ、竜の息(ドラゴンブレス)とやらに備える。くそ、こんなことなら剣士じゃなくて戦士を選ぶべきだったか?


 火炎竜ファイアドラゴンの動きが止る。ぎろり、と月明かりで翡翠色に光る奴の巨大な目玉が俺を捉えた気がした。


「こっちだ、トカゲ野郎!」


「ちゃんと狙えよ、外したら痛えぞ!」


 経験豊富なゴールドクラスの二人は、それぞれ火炎竜ファイアドラゴンを挑発しながら左右に大きく展開、散開する。的を絞らせない為だろうが――しかし奴の両目は俺を見据えたまま。


 対して俺は迷っていた。彼らのように的を絞らせない為動き回るか、攻撃の一瞬を見極めて躱すことに専念するか――


 結果動き出すことができず、後者を余儀なくされる。火炎竜ファイアドラゴンがタメを作り終えたのか、竜の息ドラゴンブレスとやらを放つべく静から動――俺に向けて口を開こうとしたその瞬間、


「はぁぁあああああっ!」


 アシェリーさんが駆けて跳ねた。四、五メートルはあろうかという竜が顎を開いた瞬間、地面が爆発したかと思うような踏出しで飛び跳ねたアシェリーさんは、目にも留まらぬ斬撃で火炎竜ファイアドラゴンの下顎を斬り上げる。


「ギシャアアアアッ!」


 衝撃でのけぞる火炎竜ファイアドラゴン。無理矢理口を閉ざされ、口の中で竜の息ドラゴンブレスが暴発したのか爆発音が鳴り、ブスブスと煙が上がる。


 更に驚いたことに、アシェリーさんはのけぞった火炎竜ファイアドラゴンに更に空中で追撃をした。斬り上げで振り上げた剣を袈裟斬りに振り下ろし、火炎竜ファイアドラゴンの頭を痛打する。脅威的な二連撃に、火炎竜ファイアドラゴンは破砕音とともに森の木々をなぎ倒しつつ、でんぐり返しに後ろに倒れる。


「やったぜ、姉さん!」


「マジかよ、火炎竜ファイアドラゴンを斬っちまうなんて!」


 それを見て歓声を上げる二人だが――


「こんなあっさり斬れるほど、竜の鱗は柔じゃないよ。じゃなきゃとっくにアタシはドラゴンスレイヤーさ」


 こともなげに着地したアシェリーさんが、手の中の剣に視線を落として答える。その刀身は月明かりを反射して輝いていた。血の汚れは確認できない。


 加えて――


「グルルルルルル……」


 倒れた火炎竜ファイアドラゴンの怒りの籠もった唸り声が響く。木々のせいで上手く起き上がれないようだが、深刻なダメージがある様には見えない。


「――ナルミ」


 アシェリーさんが火炎竜ファイアドラゴンから目を離さずに俺を呼ぶ。


「はい」


「今のうちにレミリアへ戻れ。クリフ、レイ、あんたたちもだ。このトカゲと召喚陣はアタシがなんとかする」


「何言ってんだ、姉さん!」


「やっこさん、まだ元気そうじゃねえか!」


「悪いけどそう何度も誰を狙うかわからない竜の息ドラゴンブレスを防ぐのは難しいよ。ゴメンな、ナルミ――さっきはああ言ったけど、ここまでやべえのが相手だと一対一の方がなんぼか楽だ。それに――」


「……それに?」


 申し訳ないのはこっちの方だ。俺に力があれば、彼女にこんな局面でゴメンなどと言わせずに済んだのに。情けないやら悔しいやらで食い下がることも出来ず、代わりに彼女の言葉の続きを促す。


「――さっきの男が言ってたろ。神気を感じるって……ありゃあ多分神器――セシリアのロザリオのことだ。奴の狙いが神器ならセシリアが危ない。ここはアタシが引き受けるから、ナルミはセシリアを助けに行ってくれ」


 言われてはっとする。そうだ。セシリアだけでなく、イーヴァや神父、アシェリーさんもあのロザリオの輝き――アトラの力を神々しいと評した。それを感知していたのなら――


「……ナルミ。奴はおそらく魔人だ」


「魔人?」


 聞き慣れない言葉にオウム返しに尋ねると、アシェリーさんが頷く。


「ああ、魔王を様と呼んでたからな……魔人は魔物の中でもアタシたち人間に近い、恐ろしい魔物さ。事と次第によっちゃ火炎竜ファイアドラゴンの相手をするほうがなんぼかマシって相手かもしれない。けど全員で街へ戻ったら背中から丸焼きにされるし、召喚陣もどうなるかわからない。誰かがあのトカゲをどうにかしなきゃならねえ――そしてこの中であのトカゲの相手をできるのはアタシだけだ」


 アシェリーさんの瞳は、今にも起き上がりそうな火炎竜ファイアドラゴンを捉えている。しかしその横顔からでも、彼女の本気は伺えた。だから――


「わかりました。でも、アシェリーさんがいなかったらセシリアが悲しみます。火炎竜ファイアドラゴンを倒したら、アシェリーさんもすぐに追ってきてください」


 そう答える。俺の返事に、アシェリーさんはにやりと笑った。


「ヒヨッコが……ミスリルクラスにえらい注文つけてくれるじゃんか」


 言いながら彼女は懐をまさぐり、片手で器用に小瓶を三つ取り出した。さっきギルドで見た物と同じもの――霊薬エリクサーだ。


「これ――」


「ケチなことは言ってられない。全力で追って、ぶっ倒れたらそいつを使え。意地でもセシリアに辿り着けよ」


「はい」


 受け取って、クリフトンとレイモンドに一つずつ渡す。


「よし、トカゲが起き上がる前に行け。翼竜ワイバーンは速い。グズグズしてる暇はねえぞ」


「はい――アシェリーさん、また後で!」


 決死の覚悟だろう彼女を裏切れない。俺は言いながら踵を返す。


「おう、ギルドで待ってな」


 背中から彼女の返事が聞こえる。


「姉さん――あんたがそのトカゲを斬ったら、俺らがあんたの子分になってやるぜ!」


「だから気張れよ、イカした姉ちゃんのハンバーグは見たくねえからな!」


「顎で使ってやるから忘れんじゃねえぞ!」


 それは冒険者同士の流儀なのだろうか、軽い調子の二人に、アシェリーさんも怒鳴り返す。


 そして俺とクリフトン、レイモンドはレミリアに向かい全力で駆け出した。



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