第4章 リベンジ ⑤
アシェリーさんが森を往く速度は、俺がクララの叫びを聞いて駆けつけた時のそれに比べて数段速かった。
クララが残した痕跡を辿るより
そうして進み――例の広場に一番に乗り込んだアシェリーさん。俺も遅れること数秒、広場に辿り着き――そして目の前の光景に唖然とする。
「召喚陣……」
憎々しげに呟くアシェリーさん。広場には蛍光塗料のようにぼんやりと光る線で、奇怪な魔法陣のようなものが描かれていた。それが禍々しく思えるのは、召喚陣を邪法だと聞いているからだろうか。
「ふん、冒険者か」
広場一杯に広がる魔法陣。その脇に人影があった。声を聞く限り男のようだが、体を包むマントのようなものでシルエットはわからない。
声を聞くまでその男に気づいていなかったのか、アシェリーさんが声の方に剣を向ける。
「森の中にこんなもんこそこそ造るとは可愛げのない悪戯だな……しかも
「いかにも――召喚陣の試運転にな。それが?」
アシェリーさんのドスの利いた声に、男はそれがどうしたと当然のように返す。
「いますぐ召喚陣を破棄しろ。じゃねえと首と胴をお別れさせてやる」
追いついてきたゴールドコンビが、アシェリーさんの声に反応し無言のまま左右に展開した。俺も彼らに倣い、腰を落として腰の剣――その柄に手をかける。
「やれやれ。邪魔が入っては面倒だと思い、わざわざ森を拓いて用意したのだが……こんなことなら草原に用意した方が面倒がなかったな」
男は嘆息し、そして何やら口の中で呟いたようだった。途端、ぼんやりと光っていた魔法陣が激しく明滅し始める。
「! てめえっ!」
「貴様らは地を這う虫けらになにか命じられてそれに従うのか?」
吠えるアシェリーさんに、男はせせら笑うように言う。
なんだこれ――絶対いい状況じゃねえだろ! おいアトラ――あいつ何者だ!
尋ねてみるがアトラからの返事はない。
不意に男が何かに気づいたような仕草を見せ、明後日の方向を睨みつける。視線の先には森の暗がり――いや、あれはレミリアの方向か!
「ふむ。微かに神気を感じるな。やはり恐るべきはデウスゼクス様よ。未だ眠りの底でありながらこのような微弱な波動にお気づきになるとは」
完全に俺たちを無視した独り言――しかし聞き流すことはできなかったのか、アシェリーさんが男に噛みつく。
「デウスゼクスだって……?」
「……誰?」
「……数百年前に時の英雄に打ち倒されたっつう魔族の王様……魔王だよ」
小声で近くにいたクリフトンに尋ねると、戦きながら彼が答える。
「たかが人間ごときが我らの王を呼び捨てとは許しがたい――が、デウスゼクス様のお言葉が正しかった以上、優先すべきは我らの王の言葉。貴様らなどに構っている暇はない」
まるで自分が人間ではないかのような口ぶりで男は言い、口笛をひゅうと鳴らした。すると森の枝葉を吹き飛ばしそうな羽ばたきとともに、上空を旋回していた
「確定するまでは隠密にということだったが、最早忍ぶ理由もない。ついでだ、あの街の人間どもの血と悲鳴を我が主へ捧げよう」
「てめえ、レミリアで何をするつもりだっ!」
「貴様らなどに構っている暇はないといったはずだ――が、俺と対等に口をきくだけでも業腹だと言うのに、剣まで向けてくれた礼はしてやらんとな」
言って男はパチンと指を鳴らした。それに呼応し、地面が揺れたと思うような低く重い咆哮が響く。明滅する魔法陣の中央に、魔法陣の光に照らされた巨大な魔物がいた。硬そうな紅赤の鱗と大きな翼を持ち、両生類を思わせる顔――その口元にはチラチラと火の粉が舞う。
「
アシェリーさんが奥歯を鳴らし、男と
「そいつらを食い殺したら追って来い」
「ゴォォォオオオオッ!」
自分の指示に吠えて応じた
「貴様らの悲鳴を聞けなくて残念だ」
「待ちやがれっ!」
「下りてこい、ドサンピンが!」
ゴールドコンビが叫ぶ――が、
「くっ――」
アシェリーさんも飛び去った男を睨むように上空を見上げるが――
「グォォォォオオオオオオッ!」
森に
「くそっ、さすがにトカゲの王様が相手とは聞いてねえや」
「いいや、こいつはチャンスさ――このトカゲを仕留めりゃあ、俺たちも晴れてドラゴンスレイヤーの仲間入りってわけだ。ミスリル昇格待ったなしだぜ」
クリフトンとレイモンドが
なるほど、ドラゴンか――考えられる中じゃ異世界の出会いたくないモンスターの最上位の一つじゃないか。
しかし、不思議と恐怖はあまりなかった。慣れてきたのか、麻痺してきたのか――今感じるのは、焦燥――この場をどう切り抜けるか。
答えは出ないが、それでも
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