第4章 リベンジ ②

 現れた食人鬼オーガは五匹。顔の造りはいずれも似たか寄ったかで見分けがつかない。不細工な出来の石斧や丸太の棍棒を握り、ボロを身につけた巨人たちが血走った目で現れた獲物――俺たちを睨みつける。


「おい、お前たち――一匹ずつ任せていいか?」


「勿論いけるぜ!」


「任せときな!」


 アシャリーさんの号に、クリフトンとレイモンドが応と答える。


「――ナルミ、抜け!」


 予期せぬ状況に固まってしまった俺に、アシェリーさんの檄が飛ぶ。慌てて剣を抜いた時には既に一匹の食人鬼オーガが眼前に迫っていた。反射的に飛び退ると、俺がいた場所に石斧が振り下ろされる。


 くそ、これじゃさっきと同じだ!


 そのまま距離をとって左右に視線を投げる。クリフトンとレイモンドは、それぞれ食人鬼オーガの石斧を、棍棒を盾で受け反撃に出るところだった。すげえ、あの二人にあんなパワーが――


 その近くで、アシェリーさんが食人鬼オーガの一撃を薙ぎ払い、返す刃で棍棒を握る腕を斬り落としていた。耳障りな食人鬼オーガの悲鳴が辺りに響く。


 断面から吹き上がる血しぶきを掻い潜り、そのまま彼女は食人鬼オーガの背後に回り――直後、食人鬼オーガの顔の上半分が消し飛んだ。後ろから頭部を横薙ぎにしたのだろう。崩れ落ちる食人鬼オーガ――その向こうに、榛色のポニーテイルを揺らす彼女の姿があった。


 一瞬の――いや、瞬く間もない刹那の出来事。


 仲間の断末魔に、俺の目の前の食人鬼オーガが後ろを振り向く、唐突にその食人鬼オーガの後頭部から剣が生えた。いや、そうじゃない――アシェリーさんが投げた剣が食人鬼オーガの頭を貫いたのだ。息絶えたそいつは、重い音を立てて地面に倒れる。


 これがミスリルクラスの冒険者――


「おらぁっ!」


「どらぁっ!」


 クリフトンとレイモンドも自分の相手との決着をつけた。それぞれの獲物を相手の頭に叩きつけ――そして倒れ伏す食人鬼オーガたち。


 残る食人鬼オーガは、あと一匹。


「グゥォオオオオオオオオオッ!」


 最後に残った一匹の咆哮が、ビリビリと空気を揺らした。腹の底から震えがくる。


 そんな怒りを滾らせる食人鬼オーガをまるで相手にせず、アシェリーさんは俺――ではなく、俺の近くに倒れた食人鬼オーガにつかつかと歩み寄った。鍔まで食人鬼オーガの頭に突き刺さった剣をいともたやすく引き抜くと、宙を薙いで刀身についた血と脂を払う。


 自分の目の前を平然と横切って仲間の死体から剣を引き抜くアシェリーさんに猛然と襲いかかる食人鬼オーガ。しかし彼女は振り下ろされる石斧の一撃を、掲げた剣でやすやすと受け止める。


「ナルミ――こいつはあんたがやるんだ」


 言いながら彼女は食人鬼オーガの石斧をいなし、素早く俺の背後へ回った。逃げる獲物を追う食人鬼オーガの視線が捕らえたのは、俺――奴の標的が、俺へと切り替わる。


「あ、ああ――でも」


「ビビるな――アタシに昼間打ち込んだ剣を思い出すんだ」


 そうだ、そうだった――森狼フォレストウルフも、アシェリーさんとの訓練を思い出したらやれたんだ。


「アタシの見立てじゃナルミ、あんた奴に力負けしないはずだよ――どんな時にアタシに反撃をもらったか覚えてる?」


 背後からアシェリーさんが言う。


「はい」


「上出来だ――でも実戦じゃ時には全力でかかってかなきゃいけないこともあるわけ。ま、今がそうかもね――けど普通にやったんじゃ躱されたら次の行動に移れない。反撃されていいようにやられるだけ――じゃあどんな風にやれば反撃されないかわかるかー?」


「……はい」


「よし」


 アシェリーさんが満足げに頷く。目の前には猛る食人鬼オーガが迫っていた。


 これまでの戦闘から推測できることがある。こいつらに戦術はあっても、戦略的な展開を用意する知能はなさそうだということ。つまりこいつらにフェイントはない。どいつもこいつも大きく得物を振りかぶるのは、全力で振り下ろすためだ。


 そして先の森での撤退戦で、俺の腕じゃ大きく躱してからでは反撃は間に合いそうにないことも学んでいる。


 だから――迎え撃つ。


「グォォォオオオオオッ!」


「はああああっ!」


 吠える食人鬼オーガ――それに対して地面を蹴って向かって行き、相手の間合いを外す。奴にとっては間合いの内、俺にとっては丁度の距離で、振り下ろされる石斧の柄を下から思い切り打ち払う。型も何もない無手勝流の剣撃だが、俺の剣は奴の石斧を大きく跳ね上げた。


 得物を弾かれ、そしてその重量に振り回され、大きく体勢を崩す食人鬼オーガ。対して俺は体重を乗せきった後のことを考えない全力の一撃だったが、その全てを食人鬼オーガに押しつけている。故に体勢はニュートラル――その上姿勢は剣を振りきったお陰で次撃の為の捻転を作れている。


「――あぁぁああああっ!」


 再び地面を蹴って表情を歪めた食人鬼オーガに肉薄する。そして、奴が体勢を正す前にその巨大な胴を袈裟斬りに斬りつけた。


「ギャァアアアアアッ!」


 肩から腰にかけて大きな裂傷を作った食人鬼オーガの絶叫が夜の街道に響いた。食人鬼オーガは血飛沫を上げてそのまま仰向けに倒れる。


 そのあとは夢中だった。倒れた食人鬼オーガが起き上がる前にその頭部に剣を振り下ろす。頭蓋を砕く感触――食人鬼オーガはびくりと体を跳ねさせ――そして動かなくなった。


 ……勝った。アシェリーさんのお墨付きはあったが、俺にとっては楽な戦いじゃなかった。それでも勝ちは勝ちだ。今し方屠った食人鬼から離れ、クララやアシェリーさんがそうしたように宙を薙ぎ、剣についた汚れを払う。


「コングラッチュレーション、兄弟!」


「いいファイトだったぜ! こいつは俺らもマジに気張らねえと追いつかれるどころかあっという間に追い抜かれちまいそうだ」


 ゴールドクラス二人からの言葉に、息を整えつつ手を挙げて答える。先の森狼フォレストウルフ戦のように腰が抜けたりはしなかったが、極度の緊張からの解放で一気に消耗した感じだ。


「一撃で仕留めなよと言いたいとこだけど、ブロンズのヒヨッコがソロで食人鬼オーガを討伐したんだ。褒めてやってもいいかな」


「……ありがとうございます」


 ミスリルクラスの冒険者からもお褒めの言葉をいただく。


「あんたならやれるとは思ってたけど、さすがにきつかったろ。少し休んでな……おい、クリフにレイだったな。死体を処理するよ。一カ所に集めてくれ」


「おうよ」


「任せてくれ」


 アシェリーさんの指示にクリフトンとレイモンドは嫌な顔もせずに食人鬼オーガの骸を一カ所に集め始める。俺はそれを眺めながらじわじわ湧いてきた達成感を味わっていた。



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