第4章 リベンジ ①
アシェリーさんの自宅に寄って(当然俺たちは表で待っていたが)、彼女の武装を待って俺たちは東の森に出発した。ワンピースの上から軽鎧を纏い、剣を佩いたアシェリーさんは街歩きのお姉さんから歴戦の女剣士に早変わりだ。全身から発する剣気とでもいうべき空気が俺のような初心者にも感じられる。
そして早足で森へ行軍する最中、俺は――
(私もそろそろ結婚適齢期なのですが、言い寄ってくる男性神はむさ苦しい
アトラが勝手に垂れ流してくる男性事情に閉口していた。
(勿論私は激かわアトラさんなのでこちらから迫れば少年神も私にメロメロなのですが、それはちょっと女神としてはしたないかなって)
……………………
(おやおや、返事がありませんね。嫉妬しちゃいましたか? ナルミも見慣れればなかなか凜々しいんですけどね、私は可愛い系が好きなのです。でもナルミのようなタイプに甘えられるのも悪くないかもしれませんね)
お前マジなんなんだよ!? 最初は見守っていますよとか言ってたくせに、今日ほぼ一日中ずっと鬱陶しいテレパシー送り続けて来やがって! お前の男の好みとか全角度から考えてクソどうでもいいよ!
(ちゃんと見守っていますよ? 実況配信的な感じで)
俺は異世界配信者になった憶えはない!!
(さっきのナルミの修羅場は所用で席を外してしまっていて見逃してしまって……だから今回はこうして待機してるのです。あ、そうそう、多分ナルミは美の女神の好みど真ん中なので機会があれば紹介してあげますね。でもあの子ちょっとはしたないんですよね、性的な意味で。肉食です。ナルミにはハードルが高いでしょうか)
お前って絶対俺を輪廻させる為に転生させたいんじゃないよな? 自分の暇潰しで転生させたんだよな? 人の運命弄びやがって……
(私は運命の女神アトラ。人界の民の運命を統べるもの)
決めた。今決めた。俺の生涯目標はお前の本性を聖典としてレミリア大聖堂に遺すことだ。それまでは絶対死なねえ。
(それだけは! 私の威厳が! 築き上げた聖なる女神のイメージが!)
知るか大馬鹿野郎!
「よう、兄弟。顔が険しいぜ。緊張してんのか?」
黙々と歩いていた俺の顔を覗き込み、クリフトンが言う。
「ああ、いや、ちょっと考えごとを」
「入れ込みすぎはよかねえぜ。肩の力は抜いとけよ」
と、これはレイモンドだ。ありがたいアドバイスをいただく。
「その筋肉二人の言うとおりだよ。アタシがセシリア泣かす訳にゃあ行かないからね。万が一は起こさせやしないから楽にいきな」
先を行くアシェリーさんも、肩越しにそんな風に声をかけてくれる。
「筋肉二人はひでえや、姉さん」
「そっちがクリフで、俺がレイだ。名前覚えてくれよ」
「その筋肉が見せかけじゃないってことを証明できたら考えてやる」
「……なあおい、兄弟。兄弟はどうしてあんな姉さんに目かけられてんだ?」
「何気なく歩いてるだけなのに一ミリも隙がねえ。イカした姉ちゃんだと思ったらとんでもねえ。恐ろしい姉さんだぜ」
あまりにあんまりな返事に、二人はひそひそと俺に告げる。
「セシリアのお姉さんなんだよ。それで俺を気にかけてくれてるみたいだ」
「へぇ、あの神官の嬢ちゃんの」
「あの嬢ちゃんは兄弟にとってラッキーガールってわけだな。ちゃんと捕まえといて大事にしろよ。逃がしたりしたらきっとでっかいツケが返ってくるぜ」
ラッキーガールか――確かにそうかも知れない。俺がこの世界で最初に知り合ったその相手がセシリアでなければ、きっと一日でこんなに多くの人と出会うこともなく、今頃路地裏でごろ寝でもしていただろう。
それはそれで冒険者になってモンスターと向かい合うなんてことにはならなかったかもしれないが、そうしたらこんなにも早くこの世界に馴染み、誰かと積極的に向き合うことなんてなかったはずだ。その日暮らしに神経をすり減らす毎日を送るはめになっていたに違いない。
(私グッジョブ! ナルミはもう少し私を称えてもいいのでは?)
お前はもう黙ってろ。な?
「そろそろ集中しろよー」
アシェリーさんの声にはっとする。もう右手側の景色は森に差し掛かっていた。
「ナルミ、
「そろそろのはずです。森から飛び出してきて、そのまま街道で戦って――死体処理をする間もなく逃げてきたんで、死体が残ってると思うんですけど」
小走りで先を行くアシェリーさんに追いつき、前方を確認する――が、それらしきものは見当たらない。
おかしい。遮るものはない。森に差し掛かってそう長いことかからなかったはずだ。しかしあるべきはずの痕跡が忽然と消えている。
ふとアシェリーさんがすたすたと歩き始め――街道を外れ、森との狭間で足を止める。
「……ここだろうな」
言ってその場で地面を睨む。俺も彼女に近づいて地面を覗くと、踏み荒らされた下草とおびただしい血痕が確認できた。昼間ならもう少し遠くから発見できたかも知れないが、月明かりは歩くのに不便はなくても些細な地面の変化までは照らしてくれなかった。
「そんな……六匹分の死体はどこに?」
「……
アシェリーさんが淡々と呟く。
「それにしたって毛皮とか骨とか残るもんなんじゃ」
「飢餓状態なら共食いだってする連中だ。新鮮な死体ならまるごとペロリだよ」
言いながらアシェリーさんはどす黒く染まった下草をブーツのつま先で蹴飛ばす。すると、同じ色の飛沫が舞った。
「見ろ、血が乾いてねえ。ここがナルミたちと
彼女の言葉に、クリフトンとレイモンドは無言でそれぞれ背負っていた中盾と武器をおろし、装備する。クリフトンが直剣、レイモンドが戦斧。
「はい、それは間違いないです。一匹はクララがとどめを刺して、残りは俺が」
「なるほどねー。ってことは騎士団の読みは正しかったわけだ」
「は? それはどういう――」
意味ありげなアシェリーさんの言葉に尋ねかけ――そしてその答えを別の方法で知る。
「グォォオオオオオオッ!」
聞き覚えのある雄叫びが聞こえた。近い――それも、
「ウォォォオオオオッ!」
「ァァァアァアアアアアアッ!」
呼応するように複数が重なって。
「
アシェリーさんが剣を抜く。
「
地鳴りのような足音。耳障りな擦過音は、奴らが木立の間を無理矢理通る際に木肌をこそぎ落とす音か。
「オオオオオオ――――」
森の外縁――まだ若い細木をへし折りつつ、食人鬼の群れが現れた。
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