第3章 はじめてのクエスト ⑨
「勿論リベンジ行くよな、兄弟!」
「四人なら俺ら二人と兄弟、あと一人シルバーかゴールドであぶれてる奴誘えば形になるな」
「
「お、そいつは名案だ。あの嬢ちゃんなら回復魔法の腕も確かだしな!」
「え? え?」
俺の隣で展開される会話に驚いていると、クリフトンとレイモンドが逆に驚いたような顔を見せる。
「あん? 行かねえのか?」
「逃げるだけで精一杯だった俺が? しかも森から全速力で逃げてきて体力ごりごり減ってんだけど?」
「そりゃあかち合うなんて予想してなくて不意打ちだったからじゃねえか? 食人鬼(オーガ)にぶるっちまうのはわかるけどよ、リベンジしなきゃこの先いつまで経っても食人鬼(オーガ)にビビりっぱなしになっちまうぜ」
「
「え、いや、ちょ、マジで?」
二人は俺を連れて行く気まんまんだ。ケツを持つってそういうことか! ゴールドクラスの冒険者の言うことだ、そう的外れな考え方ではないのかもしれないが、今の俺にはそれは蛮勇にも思える。クララも勇気と無謀は違うと言っていたし――
「でも、誰がクエストを受けるかは話合いだろ? 俺たちがクエストを受けられるとは限らないんじゃないか?」
「兄弟がパーティメンバーにいりゃあ他の連中も納得して俺たちに譲るだろうさ。リベンジがかかってるからな。ギルドの規定に遠慮しなきゃなんねえなんて決まりはねえが、まあ暗黙の了解ってやつさ。自分たちが同じ立場になるケースもあるんだからな」
「兄弟が行くって言えば神官の嬢ちゃんも着いてくるだろ。早速受付の姉ちゃんに言ってくるぜ。俺たちがクエストを受けるってな」
そう言ってレイモンドがカウンターに向かおうとした時――
「――待ちな、ナルミはアタシとパーティを組むんだ。あんたらは次の機会を待つんだね」
そう言いながら現れたのはアシェリーさんだった。剣や鎧は身につけていない。ただ酒場に飲みにきていたのだろうか。
「アシェリーさん!」
「よう、ナルミ。初仕事からご活躍だったみたいだなー」
カウンターに向かうレイモンドを通せんぼするように現れたアシェリーさんは、軽い調子でそんなことを言う。
「ヒュー、イカした姉ちゃんだな。神官の嬢ちゃんといいこの姉ちゃんといい、兄弟も隅に置けねえな?」
「けど姉ちゃん、後から来てそりゃあねえんじゃねえか?」
突如現れたアシェリーさんに、クリフトンとレイモンドはそんなことを言う。確かに革のワンピースに身を包んだアシェリーさんは、一見冒険者には見えない。街歩きをしてるお姉さんに見えるが――
「まあでも姉ちゃんがその気ならパーティに入れてやってもいいぜ。兄弟の知り合いだってんなら歓迎さ」
「俺らは見ての通りゴールドクラスだからよ、安心して着いてきな」
クリフトンとレイモンドがアシェリーさんにそんな上から目線でものを言うのには訳があった。アシェリーさんは自分の冒険者クラスを示すタグプレートを身につけていない。
そんな二人にアシェリーさんはにやりと笑い、
「欺すつもりはなかったんだぜー? 武装してないときは仕事を忘れることにしててね」
言いながらポケットからネックチェーンを取り出し、慣れた手つきで首に提げる。胸元に垂れたミスリルのプレートを親指で弾き、
「アタシがナルミと組むんだ。着いて来たけりゃ何か言うことがあるな?」
「げっ、ミスリルクラス……」
「おいおい、この街の冒険者はどうなってんだ……ゴールドと互角に殴り合う
「女を見る目はあるみたいだから、態度次第じゃアタシのパーティに入れてやってもいいぜ?」
呆然とする二人に、アシェリーさんがくつくつと喉の奥で笑う。そこに、緊急クエストの発行で急に混雑したカウンター前の人混みから脱出してきたセシリアとクララが合流する。
「あ、アシェリー姉さん!」
「アシェリーさん! こんばんはっす!」
「よう、セシリア。そっちのおチビちゃんはクララだっけか? 久しぶりだな」
「覚えていただいていて光栄っす!」
彼女に気づき、破顔するセシリアと姿勢を正すクララ。
「姉さん、どうしてここに?」
「早速ナルミと仕事に出たって聞いたから、せっかくだし仕事っぷりを聞いてやろうと思ってね。まあ大体は聞いちまったけど――ナルミはどうだった?」
「はい、姉さんが聞いた通りです。
「へぇ、どうやらセシリアの期待にちゃんと応えたみたいじゃん?」
アシェリーさんが面白がるように俺を見る。
「アシェリーさんに教わったこと思い出して、なんとか……セシリアとクララにも随分助けられました。
「ほう……そいつはそいつは。じゃあおチビちゃんにはご褒美をあげなきゃな」
言って再びポケットをまさぐるアシェリーさん。取り出したのは三つの小瓶。中はエメラルドグリーンの液体が満たされている。これはいわゆるポーションとかそういう奴だろうか。
「自分がもらっていいんすか?」
「ああ、勿論さ――ほら、セシリアも。ついでだからナルミにもやるよ」
言いながら、俺とセシリア、クララにその小瓶を手渡す。初めて手にするマジックアイテム的なものに興味が尽きない。小瓶の細かな意匠を観察してると、セシリアが素っ頓狂な声を上げる。
「これは
「いくらナルミに見込みがあるっていっても、初仕事じゃボロボロになると思ってね――まあアタシの目利きが悪かったな。
「……高いの?」
「一本二十万はくだらないっす。体力と魔力を全快する超強力なアイテムっすよ? 安いわけないっすよ」
二人の様子にクララに耳打ちすると、驚きの金額を聞かされる。
「や、怪我ないんだし、こんな高価なものもらえないですよ」
慌てて遠慮するが、返ってきたのはドスの利いた低い声。
「アタシの初仕事祝いは受け取れないって?」
「嬉しいなぁいただきます!」
速攻で封を開けて中身の液体を飲み干した。味なんてわかりゃしない。
しかしその効果ははっきりと実感できた。乾いた喉も、逃避行で重い体も、まるで嘘のように解消される。体が軽い――とまでは言わないが、十時間たっぷり寝て起きたような爽快感に包まれる。これがRPGあるあるの
……それだけ怖いとも言えるが。副作用とかないよな……?
「さて、ナルミ――」
アシェリーさんが真剣な表情で尋ねてくる。
「実際、
言われて、さっきまでの戦闘を思い返す。どこかひとつ失敗があれば生きてここにはいない――そんな戦闘だった。正直怖い。現代人の俺が生業にする仕事じゃないだろう。
「怖かったです」
「だろうなー。そこで無駄に強がらないのは好印象だぜ。でもなー、怖い怖いじゃやっぱ続けられる仕事じゃねーんだわ。そこの筋肉二人が言うことは間違っちゃいねーぜ。
アシェリーさんは諭すでも貶めるでもなく、淡々とそう言った。ただ事実を確認するために。
いつの間にか、周囲の冒険者たちが俺たちに注目していた。俺がこの緊急クエストに参加する意志があるかどうか――あるのであれば、もうクエストを受けるパーティは決定したも同然、そんな空気の中、セシリアとクララが俺をじっと見つめていた。俺がどう答えるか、もう知っている――そんな視線だ。
そして先んじて俺に体力を回復させる
「俺、行きます。連れてってください。行って戦力になるかわからないですけど、もう一度奴の前に立ちたい」
周囲から歓声があがる。アシェリーさんはにやりと笑い、高らかに周囲の冒険者に告げる。
「緊急クエストはアタシが受ける。パーティメンバーはアタシと、
周囲から、歓声と拍手。がんばれよルーキー、などと俺たちを応援してくれる声もあった。反対はゼロ。しかし――
「姉さん。私たちも連れてってください!」
「お願いするっす! 足を引っ張らないように頑張るっす!」
自分たちが外されたことに抗議する二人。共に連れて行ってくれとせがむが――
「……あんたたちには
「でも、ナルミ様だって今日仕事始めたばかりですよ? なのに私たちが――」
「だからこそさ。あんたたちはもう恐怖って奴を克服してる。けどナルミはまだなんだ。こいつは今日ここで立たなけりゃ、ビビりっぱなしの腰抜け冒険者になっちまうのさ」
彼女の言葉はセシリアたちだけでなく、俺の胸にも響いた。確かにそうだ――クララは泣きながら、それでも剣を下げなかった。セシリアは震えながらクララを鼓舞した。セシリアもクララも
俺は相手が野犬でなく
「それにこいつはモノが違う。それは一緒に仕事したあんたたちが良くわかってるだろう? 心配しなくてもナルミのフォローはちゃんとする。あんたたちはこいつの無事を祈って待ってりゃいいさ」
「姉さん……」
呟くセシリアの声は少し不服そうだった。それでも頷き、俺に向き直る。
「私、信じてます。ナルミ様ならきっとできると」
「ああ、ありがとう」
「ここでナルミ様の帰りを待っています。きっと無事に帰ってきてください」
そう言ってセシリアは胸のロザリオを握り、十字を切る。《英雄体質》の効果か、体に力が漲る――そんな気がした。
――と。
「姉さん、話せるぜ! おう兄弟、気張っていこうや!」
「なあ姉さん、あんた丸腰だけど、獲物はなんだい?」
クリフトンとレイモンドのアシェリーさんの呼び方がちょっとだけ下手になっていた。
彼女の貫禄のせいで一流の冒険者である二人から急にモブ感が漂ってきた……この二人も凄い人のはずなんだけどな……
あと、アシェリーさんて多分、あんたたちより年下だと思うぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます