第3章 はじめてのクエスト ⑧

 もうそろそろ深夜に差し掛かる時間のはずだが、それでも街にはまばらに人が見えた。辺りを見回せば灯りがもれる店もそれなりにある。こうして夜の街が栄えているということは、経済的にそれなりに安定している街――というか社会なのかも知れない。


 冒険者ギルドに併設された酒場も例に漏れず、中に入ると、丸テーブル群はまだ半分ほど埋まっている。


 だが、今はそっちに用はない。森狼フォレストウルフの首を抱えたクララを先頭に、一直線にリサさんのいる窓口へと向かう。途中、森狼フォレストウルフに気づいた冒険者が何人かぎょっとしていたが、森狼フォレストウルフにビビるということは俺たちと同じブロンズクラスの冒険者だろうか。そこまで確認する余裕はなかった。


 つかつかとリサさんが立つ窓口へ。この人昼間からずっといるよな――冒険者ギルド職員は激務っぽい。現代なら余裕でブラックって感じだ。


「お帰りなさい、クララさん。お仕事の方は――」


 リサさんが柔和な態度でクララに応対仕様とするが、クララはカウンターへどんっ、と森狼フォレストウルフの首を置き、


「クララ・ラムレット、野犬退治完了です――商人ギルドに行商人なら野犬と森狼フォレストウルフの見分けぐらいつけろってクレーム入れて欲しいっす!」


「これは――」


 もの言わぬ骸となった森狼フォレストウルフ――その首を見て、リサさんの顔色が変わる。羊皮紙と羽ペンを手に、真剣な面持ちで――


「――どうぞ、詳細を」


「手配にあったように、街の東口から外に出て進んだ先の森で、森狼フォレストウルフ六匹の群れと遭遇しました。持ち帰れたのは一匹分だけですが、この群れ六匹を全滅させました」


 クララに続き、セシリアが説明する。


「ブロンズクラスの冒険者三人で、森狼フォレストウルフを六匹……? いえ、でも討ち漏らしがあれば剥ぎ取りはできないはず……」


 リサさんが驚きつつも、羊皮紙にペンを走らせる。セシリアたちの言を疑うわけじゃないが、やっぱ強敵だったんだなぁ……たしかにきつかったもんなぁ……


「で、死体処理をしようとしてその準備中に森の浅いところで食人鬼オーガに遭遇したっす。逃げるのに精一杯で他の痕跡とかは確認できなかったっす。そんなわけで死体は放置してきたっす。剥ぎ取りが一匹分しかできなかったのもそのせいっす」


食人鬼オーガ……!」


 リサさんのペンを握る手に力がこもる。


「門番の衛兵さんにお話して、王宮騎士団のほうに報告してもらってるっす。多分騎士団は街の警備にあたるでしょうから、ギルドに討伐依頼くるんじゃないっすかね」


「そうですね……その可能性が高いかも知れません。先んじて我々も準備を――」


 リサさんがクララの言葉に頷く。更に状況説明を続けるセシリアとクララ。そんな二人を眺めていると――


「兄弟! 聞こえたぜ!」


「冒険者になったその日に森狼フォレストウルフ討伐して、その上食人鬼オーガと一戦交えるなんざ、並のブロンズにゃ真似できねえ。さすが兄弟だぜ!」


 背中を叩かれる。振り返ると、それぞれでかい木製のジョッキを手にしたクリフトンとレイモンドだった。手にしているものから察するに、隣の酒場で飲んでいたのだろう。


「いや、成り行きだよ……野犬退治のクエストを受けたら、森狼フォレストウルフが出て来たってだけで」


「そんなに謙遜すんなよ、兄弟。デビュー戦で森狼フォレストウルフにかち合ったら普通の奴は生きて帰ってこねえよ」


「でもさすがに食人鬼オーガには敵わなかったか。あいつはソロでやりあおうと思ったらシルバーの手練れが必要だしな、兄弟にはちょっと早かったか」


「ま、安心しな。兄弟のケツは俺らで持ってやるよ」


 意味深なことを言う二人。


「どういうことだ?」


「騎士様連中はこの時間から街の外にゃあ出ねえだろ。万が一に備えて、街の警備に何人か動ける奴を手配するぐらいだろうさ」


「かと言って食人鬼オーガを朝まで放っておいたら被害が出る。十中八九ギルドに討伐依頼がくるぜ」


 確かにクララもさっき似たようなことを言っていたな。イーヴァも昼間冒険者ギルドに頼ることがあると言ってたし、こういう事態にはこんな対応が普通なのかも知れない。


「――見ろよ、お出ましだ」


 クリフトンが声を抑えてギルドの出入り口を指さす。ちょうど、新たな客? が訪れたところだ。光沢のある白銀の軽鎧に、華美な意匠が施された長剣。背中には質の良さそうなマント――いかにも騎士然とした格好の成人男性。クリフトンがお出ましだというくらいだ、騎士なのだろう。


「騎士様はどこの街でも同じ格好だな」


「そりゃそうだろう。どの街にいる騎士だって王宮騎士団から派遣されてんだ。違う格好してたらおかしいだろう」


 とは、クリフトンとレイモンドの言葉だ。なるほど、良くわかる異世界トークである。


 その騎士は背筋を伸ばし、つかつかと窓口へ向かう。相対するリサさんの視線でそれに気づいたセシリアとクララは、自然と場を開けて――


「失礼。王宮騎士団所属、騎士グロッソ・ハミルトンです。冒険者ギルドにモンスター討伐を依頼したいのですが?」


 リサさんに恭しく頭を下げ、グロッソと名乗った騎士がそう告げる。


「はい、内容は――」


「東の森に現れたと聞く食人鬼オーガの討伐、及び周辺の捜査を依頼したい。本来騎士団で対処すべき案件だとは思いますが、街の警護に人員を割かれて手が足りません。どうかご助力いただけないでしょうか」


「勿論です――食人鬼オーガの件はこちらでも報告を受けました。騎士団から依頼にあたりご条件はございますか? また、依頼に対する報酬額をご提示ください」


 そんな二人のやりとりを聞こうと、酒場で飲んでいた冒険者たちが集まり始める。そんな様子に、クリフトンとレイモンドは眉をしかめた。小声で愚痴る。


「ちっ、俺らが最初に目つけたのによ」


「緊急クエストは大抵美味いからな、連中も逃したくねえのさ」


 なるほど――そういうもんか。


 窓口の方では、グロッソさんとリサさんのやりとりが続いている。


「条件は即応、可及的速やかに――遅くとも日の出までに食人鬼オーガを討伐すること。周囲の状況の探索も依頼内容に含まれるため、四人以上のパーティが望ましい。報酬は三百万ゴールド」


 そう言って、グロッソさんは手にしていた革袋を窓口のカウンターに置いた。どんっと重い音が響く。同時に、周囲がどよめいた。


「三百……? 食人鬼オーガ一匹の討伐報酬としては額が多いのでは……?」


 リサさんが目の前に置かれた大きな革袋を指して言う。


「……そうなの?」


 わからないので一緒に耳を立てていたクリフトンとレイモンドに尋ねる。


「ああ、破格だな」


食人鬼オーガ一匹なら七、八十ってとこか? 三百は多いな……」


 そのまま耳を立てていると、グロッソさんの口からその訳が語られる。


「あくまで騎士団の考えですが、食人鬼オーガには仲間がいると考えられます。奴らも木の股から生まれてくるわけではありませんからね……特別群れを好む魔物ではありませんが、群れないわけじゃあありません。あんな何もない森で食人鬼オーガが一匹、ただ彷徨っていたと考えるのはいささか短絡的でしょう。どこかから群れが流れてきて巣を形成しているのか、本当にただのはぐれ食人鬼オーガなのか……その真偽を確かめていただきたい。群れだった場合の危険度を考えれば妥当な額でしょう」


「わかりました。冒険者ギルドの規定により、依頼額の一割――三十万ゴールドを斡旋料としていただきます」


「存じています。斡旋料もこの中に――万が一足りないようでしたら、王宮騎士団までご連絡ください」


「かしこまりました。食人鬼オーガ討伐及び探索クエスト、発行いたします」


「よろしくお願いします。では、私はこれで」


 そう言って踵を返すグロッソさん。幾人もの冒険者にその背中を見送られ、冒険者ギルドを後にする。


 そしてグロッソさんが立ち去って数秒、リサさんは大きく息を吸って――


「冒険者の皆様、緊急クエストです! 依頼は聞いていましたね? 我こそはと思う方は窓口まで! 全員はダメですよー、パーティの代表者だけでお願いします! 代表者の皆様で、どのパーティが依頼を受けるか話し合っていただきます!」


 リサさんの声に、冒険者ギルドに歓声が響いた。

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