第3章 はじめてのクエスト ⑦

「やった……帰ってこれたっす……街はもうすぐそこっすよ……」


 街の外壁を目の前に、フラフラと右に左によろけながら、クララ。途中あまりにきつそうなので森狼フォレストウルフの首は捨てろと言ったのだが、結局ここまで持ってきた。決して軽いものでもないだろうに、これは絶対持ち帰ると言ってきかなかった彼女。まあ、やり遂げたのだから文句などあろうはずもない。


 しかしそんな彼女に、俺もセシリアも言葉を返せなかった。口を開くのも億劫だ。彼女の遅々とした歩みに着いて行くので精一杯。


 そんな俺たちの姿を確認した衛兵――壁門の門番役が守るべき門から飛び出してくる姿が目に入る。


「おい、大丈夫か?」


「お前たち、さっき野犬退治に出てった冒険者だな? 何があった!」


「――それは、森狼フォレストウルフ? 森狼フォレストウルフに襲われたのか!」


 交互に先頭のクララに尋ねる二人の門番。クララはそれに疲労に喘ぎながら答える。


「……森狼フォレストウルフは撃退したっす。群れは六匹。全部仕留めたっすけど、これしか持ち帰れなかったっす……それより、街道沿いの森に食人鬼オーガが出たっす。朝になっても街の人や行商人、外に出しちゃダメっすよ……」


 ぜいはあと息を整えつつ、クララ。咄嗟に門番が彼女に肩を貸そうとするが、クララはそれを固辞する。


「自分は大丈夫っす……後ろの二人をお願いするっす……」


 その言葉で、若い男の兵士が二人、それぞれ俺とセシリアに肩を貸してくれる。


「大丈夫か、怪我はないか?」


「ああ、怪我はない……ただ、全力で逃げてきたから……」


「よし、よく生きて帰ってきた。ブロンズだけで森狼フォレストウルフを撃退して、その上食人鬼オーガから逃げてくるなんてタフな奴らだ」


 衛兵に体を預け、門の内側まで支えてもらう。視線を巡らせると、セシリアも同じように肩を借りてなんとか門の内側へ。


 それを見届けると体から残っていた力が一気に抜けた。座り込んで酸素を求めて喘いでいると、門番がおそらく自分たちのものだろう、水筒から水を注いでカップを差し出してくれる。


「ほら、水だ。一気に飲むなよ」


「ありがとう……」


 礼を言って受け取り、カップから一口水を啜る。水は温かったが、渇いた喉にはとても気持ちよく、生き返ったような気分だ。


「どうやら追ってはきていないようだな……」


 もう一人の門番が、俺たちがきた街道の向こうに目を凝らし、呟く。


「ああ、何度か振り返って確認してみたけど、森を出た辺りで追ってはくるのを止めたみたいだ……けど、足を止める気になれなくて」


「正解だ。獲物が逃げ疲れたと判断したら追ってきていたかもしれん」


 門番は頷くと、二人で相談を始める。


「食人鬼(オーガ)か……念のために門を閉めて、人が出ないようにしなければならないな」


「そうだな、後は詰め所と冒険者ギルド、王宮騎士団に連絡して――」


「ああー、ちょっといいっすか」


 そんな二人に、クララが口を挟む。


「冒険者ギルドは自分が報告しに行くんで、門番さんたちは警戒と王宮騎士団への連絡をお願いしたいっす。まだこの時間ならギルドの酒場に冒険者いると思うっすから、多分緊急で討伐クエスト発行されるっすよ」


「そうか――そうだな。すまんが頼んでいいか」


「勿論っす。自分たちの仕事の報告もあるっすから、行かなきゃならないっす」


「よし、ギルドの方は頼む」


「うっす。遭遇した食人鬼オーガは一匹っす。森の浅いとこだったんで、巣とか仲間とか、他の痕跡は未確認っす」


「心得た――おい、俺は詰め所と王宮騎士団に報告に向かう。お前は万が一に備えて街の外を警戒しててくれ」


「ああ、わかった」


 頷く兵士と、足早に町中へ駆けていく兵士。それを見届けたクララが、森狼フォレストウルフの首を手によいしょっと腰を上げる。


「じゃあ自分はギルドに。お二人はもう少し休んでて欲しいっす」


「……なに言ってんだ、一緒に行くよ。なぁ?」


「……はい。一緒に受けたお仕事です。報告も一緒に行きましょう」


 ロッドを杖代わりに、立ち上がってセシリア。俺も少し休めたこと、水をもらえたことで気休め程度だが回復している。体は鉛のように重かったが、もうしばらくは動けそうだ。


「では、みんなで行くっすか。あんまり遅いと置いてくっすよ」


「抜かせ。クララだってフラフラだったじゃないか」


 冗談めかして言うクララに突っ込んで、立ち上がる。


「セシリア姉の方がフラフラしてたっすよ」


「そんなこと……戦いじゃクララに敵いませんが、駆けっこならまだ負けませんよ」


 セシリアが心外だとばかりに言う。二人ともこれだけ軽口を叩ければ大丈夫そうだ。


「よし、じゃあ急ごう。クララが言うように討伐クエストが出るなら、早い方がいいだろう」


「そうっすね。今夜中に討伐できれば、明日の朝にレミリアに来る人たちが被害に遭わずに済むっすから」


 言いながら、クララが足をギルドに向ける。俺とセシリアもそれに倣って三人でギルドに向かった。

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