第3章 はじめてのクエスト ②
正式に依頼を受ける手配を済ませたクララと共に、俺たちはそのままギルドの酒場で腹ごしらえをし、そして王都を守る外壁――その壁門の門番に見送られ、遙か地平線に伸びる街道を前にしていた。
ちなみに食事は普通に洋食だった。クッキーやシナモンティーを目にしたときから食べるものの心配は無かったが、メニューにリゾットがあると聞いたときは驚いた。米もあるのか、ここは。もしかしたらアトラが好きなうどんもあるのかもしれない。
(いえ、おうどんはこの世界にありません。開発してください、ナルミ)
唐突に俺の脳内に語り変えてくるアトラ。お前な、話しかけてくるなとは言わねえから、それならそれでもっと有益な情報くれよ。うどんがないとか正直どうでもいいよ。
(なんと! 天界ではモテてモテて仕方の無いこの私のプロフィールに興味が無いと? 美の女神より美しくてちょいエロ激かわアトラさんで評判なこの私の好物ですよ?)
知らんがな。
(アトラショック! ショックすぎてもう昼と夜しか眠れません……)
じゃあいつ起きてんだよ、お前……こんな奴が運命神とかこの世界が不安過ぎるしこんな奴を信奉してるセシリアが可哀想だ。セシリアのためにアトラの本性は俺の胸に留めておこう。
(私の秘密は自分だけのものという熱いパッション……それすなわち愛。わかります)
だ・ま・れ!
「さあ、お仕事がんばるっすよー」
張り切って肩をまわすのはクララだ。月明かりだけが頼りの夜空の下、姿の見えない敵に備えている。
とは言っても、思ったより辺りは暗くなかった。空に浮かぶ月は街の灯りを背にしていてもなお、現代より明るく輝いている。森などの茂みに入ったりすれば別だろうが、拓けた街道沿いでならば野犬が現れてもその姿を見逃したりはしないだろう。
しかし、だ。野犬の群れが見通しのいい街道沿いをウロウロしていたりしない。
「野犬はどうやって探すんだ?」
「探さなくても、自分たちがこの辺りをウロウロしてれば向こうから姿を見せると思うっすよ。連中、昨日の件で人を襲えば餌にありつけるって学習しちゃいましたから」
「でもそれだと確実性に欠けるんじゃないか? 依頼は退治だろ? こうして野犬を警戒していても、成果を出せなければ報酬は貰えないんじゃないか?」
「その通りっす。だから野犬退治クエストの秘策があるっすよ。野犬退治は定期的に発行される自分たちブロンズクラス冒険者のメインクエストの一つっすから、ナルミさんにも是非覚えておいて欲しいっす」
言いながら、クララは腰に下げた革袋を手にして見せた。
「なんだそれ、匂い袋?」
「惜しいっす! まあ狙いは一緒なんで正解と言っても過言じゃないっす。肉屋で安く買った鮮度の落ちた生肉に血抜きで抜いた鶏の血をちょっとまぶしたものっす。野犬だけじゃなく、熊とか猪、モンスターとかにも効果があるっす」
「ちょっと待ってそれ使ったら熊とかモンスターとか出てくるってことだよね?」
慌てて尋ねると、セシリアが苦笑しつつ、
「まあ、そうですね。なので野犬退治のアイテムとしては奥の手なんです。朝方まで粘って野犬が現れなかったら使う、といった具合で」
「その通りっす。それに今回に関して言えばモンスターは除外して大丈夫っす。このところ王都近くでの目撃情報はないっすから、出てきても熊じゃないっすかね」
「いや、熊とかやばいじゃん……」
「危険度で言えば熊一頭なら野犬の群れとそう変わらないっすよ。自分、畑を荒らす熊退治の仕事したことあるっす。得物次第じゃ野犬より楽かもっすね」
「攻撃魔法を使う魔道士なら野犬より熊の方が楽と聞きますね。熊は滅多に群れないので、数を相手にする野犬より集中できるんだとか」
口々に言うクララとセシリア。おい、ちょっとこれブロンズクラスの冒険者舐めてたか? いや、決して犬が楽な相手と侮っていたわけじゃないが、クララのような小柄な女の子が熊殺しだとか、現代基準じゃ考えられん……
俺の緊張が伝わったのか、クララが声をかけてくる。
「肩の力抜くっすよ、ナルミさん。アシェリーさんが見込んだ人なら、リラックスして体動かせば大丈夫っす。びびったり緊張したりで体動かないのが一番ダメっす」
「お、おう……」
「クリフトンさんに立ち向かったナルミさんなら大丈夫です、きっとできます」
「万が一ダメだと思ったら、自分の後ろに。走って逃げるのはダメっすよ、カバーできなくなりますんで」
「私の後ろでも大丈夫です。私に攻撃手段はありませんが、身を守ることはできますから!」
そう言うセシリアは、途中立ち寄った修道院から持ち出したロッドを掲げて言う。これがなくても魔法の仕様に支障はないそうだが、万一の時に護身具として使うらしい。
……すごい介護されてる初心者感。まあ正真正銘初心者なんだけど。
心を落ち着けるため、深く息を吸う。胸の中に、夜の静謐な匂いが広がる。
それを数度繰り返し――
「よし、大丈夫。多分いける」
「おっけーっす。多分この辺りですぐ遭遇、ってなことはないと思うっす。隠れる場所もないっすからね」
クララの言葉通りだ。王都は外壁に囲まれ、その周囲は拓けた草原。そこに道が伸び、道沿いにまばらな樹木。自然に踏み分けられた感じではない。ある程度整備されているのだろう。
その道の遙か先に、地平線を隠す影が見える。
「向こうに森があるの、見えるっすか?」
「ああ、あの影だろ?」
「はいっす。野犬が身を隠す――っていうか、住処にするならあそこっす。もしかしたらもうこっちは匂いで補足されてるかもっすけど、近くまで行かなければ姿はみせないと思うっす」
あそこまで歩くのか……と気力が萎えかけたが、ふとものの本で読んだことを思い出す。地平線までは確か五キロ弱だと書いてあった。五キロならそう遠い距離じゃない。
……ここが地球と同サイズの惑星なら、だが。いくら異世界とは言え月もあるのだし、像の背中にピザみたいな大地がのっかっているということはないだろう。多分。
「じゃあ行ってみようか」
「はいっす。一応自分が先頭で、真ん中がセシリア姉、殿はナルミさん、ってカタチで行きたいと思うっす」
「それがいいですね。ナルミ様、後方の警戒をお願いします。前方は私とクララが」
さりげなく俺の役割を教えてくれるセシリア。さすがにさっきまで話を聞いていれば初心者の俺にもわかる。彼女たちは、俺に一番楽な役を与えてくれた。何も撤退戦をしようってわけじゃない。前方に敵がいると判断しての後方警戒。新人の俺に現場の空気に慣れさせるため、楽なポジションをふってくれたわけだ。
俺もそれを口にして確認するほど空気が読めないわけじゃない。
「うん、任された」
「それじゃあ出発するっすよー」
クララが言って、歩み始める。続くセシリアに、俺。
こうして俺の冒険者としての初仕事が始まった。
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