第2章 冒険者 ⑦

「ま、こんなもんにしとこうか」


「……ありがとうございました」


 剣を無造作に担いで告げるアシェリーさん。俺は地面に大の字になって彼女を見上げながら絶え絶えに礼を言った。


「お疲れ様でした。ナルミ様、お怪我はありませんか?」


 傍から訓練風景を眺めていたセシリアが、倒れた俺に駆け寄ってくる。


「ああ、大丈夫……体力的に無理なだけ。あちこち痛いけど、致命的な怪我はないよ。だからこのまま休ませてくれ……」


 かろうじてそう答える。アシェリーさんは一言で言って鬼教官だった。俺の剣撃がぬるければ剣を弾いて体勢を崩し、ケンカキック。突っ込みすぎれば躱されて体が泳いだところにケンカキック。彼女曰く「丁度いい」攻撃をしたときだけまともに受け、次を促される。


 そんな打ち込みを小一時間も続けたところで、とどめのケンカキックで転がされた俺は立ち上がる体力が尽きた。


「姉さん、ありがとうございました」


「おー、たまには後進の育成も悪くねーなー」


 二人が俺の頭上で会話を始める。


「姉さん、その……ナルミ様は姉さんの目から見てどうでしたか?」


「うん、ゴールドクラスとケンカして勝ったってのはフロックじゃないだろうね。武器持って殺し合いなら別だろうけど、基礎体力や運動神経はゴールド並じゃない?」


「ホントですか?」


「うん、場数を踏めばいい冒険者になるんじゃないかな……見込みあるよ、あんた」


 後半は俺を見下ろしてアシェリーさん。


「……どうもです」


「ただし、冒険者になる奴ってのは大抵ある程度の心得があって、そっからスタートすんだよ。あんたは逆かなー。体力的には合格でも技術や度胸が足りない感じ。ブロンズの仕事でも油断しないできっちりやること。あと、どんな時にアタシから反撃もらわなかったか良く反芻するんだね」


「……はい」


「あんたの体力ならしばらくそこで寝っ転がってりゃ動けるようになるだろ。アタシはもう行くけど、ここは店と下宿のもんしか来ねえから好きなだけ休んでいきな」


「ありがとう、姉さん」


「いいってことよ」


 最後にもう一度礼を言うセシリアに、アシェリーさんはいい笑顔で親指を立てる。そのまま踵を変えそうとする彼女に、俺はなんとか上体を起こして告げる。


「……マジで勉強になりました。剣、ありがとうございます。大事にします」


「気にすんない。使い古して折っちまっても構いやしないよ。だけどセシリア泣かしたら許さねえからな?」


 冗談めかしてそう言いつつ、アシェリーさんは去って行った。なんとかそのまま見送った俺は、彼女の姿が見えなくなったところで再び地面に大の字になる。


「ナルミ様は、凄い人です」


「……この惨状を見てどうしたらそんな感想が?」


「ナルミ様は今日初めて剣を握ったのですよね? それで姉さんにあれだけ打ち込めるなんて、やはり才能がお有りなのですよ。その上ミスリルクラスの剣士である姉さんに見込みがあるとまで言わせたのです。私、ナルミ様の将来が楽しみで仕方ありません」


「買いかぶらないでくれ」


「……やはり、冒険者はお嫌ですか?」


 俺の言葉に、セシリアの顔が曇る。


「どうして?」


「教会で冒険者をお勧めしたとき、お嫌そうでしたから」


 しゅんとして、セシリア。自分が嫌がる俺を無理矢理冒険者にし、その上アシェリーさんのブートキャンプに放り込んだとでも思っているのだろうか。


「……そんなことはないよ。確かに教会の時点じゃあまり乗り気じゃなかった。でもそれは冒険者が嫌とかじゃなくて、不安だったんだ。セシリアが一緒に働ければ嬉しいって言ってくれただろ。俺もそれは同じだけど、本当に俺に冒険者が務まるのかなって」


 セシリアは黙って俺の絶え絶えに紡ぐ言葉を聞いていた。


「だけど、こうしてアシェリーさんに手ほどきをしてもらって、なんとかやれそうだって自信がついたよ。君が言うように英雄みたいな冒険者になれるかは別として、前向きにがんばってみようと思う」


(これが後の英雄王・ナルミが誕生した瞬間であった)


 ふざけんなよアトラ。っていうか魔王ってお前なんじゃねって気がしてきたんだけど?


(ふふふ)


 不適な笑い声を残し、気配が遠のいていく。あいつってホントに女神なのかな……


「……ナルミ様?」


 一時口を閉ざした俺を心配げに見るセシリア。


「いや、なんでもないよ、疲れてるだけ……もう少し休んだら、またギルド行ってみようか。俺にできそうな依頼を探してみよう。俺、字が読めないからさ、付き合ってくれないかな」


「喜んで! お供させてください、ナルミ様」


 セシリアの顔から不安げな影が消え、ぱあっと明るいものになる。


 それを見届けて、俺は目を閉じた。そよぐ風が疲れた体に優しく、気持ちがよかった。



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