第2章 冒険者 ⑤

「お待たせいたしました、冒険者プレートのご用意ができました」


 セシリアとシナモンティーを楽しんでいると、ほどなくリサさんが俺たちのテーブルに訪れた。手にはチェーンがついたブロンズ製のタグプレート。よく見ると、目立たないように記号が彫ってある。俺の名前だろうか。


「ありがとう」


 受け取って首にかけると、リサさんは頷いた。


「これで、ナルミさんはギルド所属の正式な冒険者となります。ギルドを通して依頼された仕事を達成することで報酬を得ることができ、また達成した仕事により一定の評価を得ることで昇格することができます。クラスによって受けられる仕事の難易度が変わります。ナルミさんのこれからのご活躍を冒険者ギルド一同、心よりお祈りしております」


 そう言ってリサさんは恭しく頭を下げ、そして去って行く。


「おめでとうございます、ナルミ様。これから一緒にがんばりましょうね!」


「ああ、うん、まあ、うん……」


 セシリアに答える言葉に力を込められない。逆に言えばこれで斬った張ったの生活をしなければならないわけだ。ううむ、俺に務まるのだろうか……そんな考えが頭をよぎる。


 まあ、やるしかないな。大体、暗殺者になろうってんじゃない。聞く限り相手はモンスターか悪人だ――まさか善人の殺しの依頼をギルドが受けるとは思えない――この世界で生きていくなら相応の覚悟を決めなければ。


「早速何か依頼を受けてみますか?」


「いや――まず申し訳ないけど教会からお金を借りて装備整えなきゃな。さすがに素手で冒険者の仕事に挑むのはちょっと」


「そうでした――そう言えばあまり悩まずに剣士と。心得がお有りなのですか?」


 そういうわけじゃない。ただ、中学の体育で剣道があった。その分だけ他の武器より馴染みやすいかなと思っただけなのだが。


「期待に応えられなくて申し訳ないけど、武器や武道の心得は全くない。ただ剣が一番入りやすいかなって」


「そういうことでしたら、私、心当たりがあります」


「……心当たり?」


「はい。知り合いにミスリルクラスの剣士がいます。その方にお願いして、剣の手ほどきを受けてはどうでしょうか。きっと最初の一振りもナルミ様に合うものを見繕ってくれるんじゃないかと思います」


 得意げにセシリア。


「いや、ミスリルクラスって超一流の冒険者なんだろ? そんな人に俺みたいなド素人の面倒見ろだなんて」


「大丈夫ですよ。その人は――ああ、噂をすれば」


 セシリアが俺からギルドの入り口の方へと視線を向ける。それを追ってみると、そこには一人の二十歳ぐらいの女性が立っていた。薄茶の髪をポニーテイルに結び、鈍色の軽鎧を身に纏うその彼女は何気なく歩くだけでその所作に無駄がないことが伺え、ただ者ではないというのが俺みたいな素人でも一目でわかった。


「姉さん!」


 セシリアが立ち上がってその女性に手を振る。姉さん――セシリアのお姉さんか。や、でも彼女は――


 その女性はセシリアに気づくと、手を上げて答える。


「よう、セシリア――先に用を済ますからちょっと待ってろなー」


 言って彼女はギルドの窓口へ向かう。それを見送ったセシリアは座り直し、


「彼女が、ミスリルクラスの剣士です」


「セシリアのお姉さんか」


「血は繋がってないんですけどね。私と同じ孤児院出身で、元はアトラ教のシスターだったんですよ。ですが剣の才能があって、今は冒険者一本でやっています」


「凄い人なんだな」


「はい。でもそんなこと全然鼻にかけなくて、孤児院の弟妹に優しい素敵な人です」


 自慢の姉という奴か。セシリアと話していると、用が済んだのかその女性が俺たちのテーブルに近づいてくる。


「セシリア――また冒険者のアルバイトか? お前は危ない仕事はしなくていいんだよ。孤児院の金が足りないんだったらアタシが稼ぐからさ」


「姉さん、私だってもう子供じゃないんだから」


「泣き虫セシリアがいっちょ前なこと言って」


「もう、やめてよ姉さん」


 おお、敬語じゃないセシリアは初めてだ。セシリアにとって、彼女は気の許せる身内というわけだ。


 その彼女が、同じテーブルにいた俺に気づく。


「おっと、初めて見る顔だな? なんだ、お前のいい人か?」


「違うよ、もう――ナルミ様、紹介します。こちら先ほどお伝えしたように私の姉のアシェリー・ロンハート。ミスリルクラスの剣士です」


「初めまして、ナルミです」


 立ち上がって頭を下げる。すると、アシェリーさんはニカッと笑った。その胸元には白銀のプレートがきらりと光っている。これがミスリルプレートか。


 眼を奪われていると、アシェリーさんが手を差し出してくる。


「おおー、礼儀正しいヤツだな。アタシの名前は聞いての通りさ。よろしくな」


「よ、よろしく」


 その手を握り返してそう伝える。女性から握手を求められるなんて現代の俺じゃじゃ考えられない。それがこの世界じゃ怖がらずに俺に接してくれる人ばかりだ。ありがたいが、その度に緊張するし照れて顔が赤くなっていないか心配だ。


「姉さん、この方は名を八千代ナルミ様――アトラ様の使徒様にあらせられます」


「へぇ――アトラ様の使徒」


 セシリアの言葉を聞いた途端、アシェリーさんが眼を細める。長い睫毛の奥で鋭い眼光が瞬いた。


「ただのナンパでセシリアがそれでいいってんなら構わないけど、セシリアの信心を利用しようってんなら容赦するつもりはない。人を疑うことをしないセシリアを欺す輩はこのアタシがぶった斬ることにしてんだ。さて、あんた本物か?」


 イーヴァといいこのアシェリーさんといいセシリアへの好感度が高過ぎる!


「待って、姉さん――ナルミ様はアトラ様と拝謁もした本当に凄い方なんです!」


「セシリアは下がってな。アタシが見極めてやるよ――首を刎ねて生きていたら本物だ」


「死ぬ! それ死ぬから! 本物とか偽物とか関係無いから!」


「本当にアトラ様の使徒なら、アタシの剣はきっと届かないよ。アタシもアトラ様の信者だからね――さあ、祈りな」


 祈ったところでアトラにそんな甲斐性はねえ!


 慌てて逃げだそうとするが、握手が悪手だった。がっちり手を握られて逃げられない。


 そしてじゃらんと金属のこすれる音。アシェリーさんが空いた手で腰に佩いた剣を抜いた音だ。うおお、転生初日でまた異世界生活終わりそうなんだが!


(こうしてナルミの異世界冒険者生活は道半ばで終わりを迎えたのだった。完)


 うるせえアトラ、黙ってろ! 道半ばどころかまだ始まってもねえのに死んでたまるか!


((◔౪◔))


 こいつ……今度会ったら絶対ぶん殴ってやる……!


「止めてってば、姉さん! アトラ様の天罰が下ります! これを見て!」


「! これは……まさか神聖力の輝き? セシリア、こんなものをどこで――」


 必死の形相でロザリオをアシェリーさんにつきつけるセシリア。その輝きに彼女は目を剥いて俺とロザリオを交互に見る。


「ナルミ様はアトラ様の神託で私を頼ってこのレミリアにいらっしゃったのです。そしてアトラ様が、私の力をナルミ様の為に使えとこのロザリオに御力を宿してくださったのです。神父様も、ナルミ様から善なるオーラを感じると」


「アタシはそこまで徳高くないからなー……そんなもん感じないけど」


 アシェリーさんがうさんくさそうに俺の全身を眺める。手を握られ――掴まれたままなので逃げようもない。


「……ま、たしかにクソ悪い目つきのくせに邪気は感じらんないなー」


 だが、信じるに至らないまでも疑いは晴れたのか、アシェリーさんは俺の手を解放した。


「悪いな、この子は人が良すぎて悪い虫がよくたかるんでね――気ぃ悪くしないでくれな」


 そしてぽんぽんと俺の肩を叩く。


「……わかる気はします」


「だろ? まあ許してくれな。んで、仕事の打ち合わせでもしてたのかい?」


 さっぱりした様子で、アシェリーさん。いや人殺しかけてこんないい笑顔されてもなー……


 セシリアはそう言う彼女の言葉に首を横に振ってから、


「姉さん。ナルミ様は今しがた冒険者登録を終えたばかりの新人なのです。剣の道をということなので、姉さんに手ほどきをしてもらえないかなとお話していたところで」


「ふぅん」


 値踏みするように俺を見て、アシェリーさん。


「剣の経験は?」


「握ったこともありません」


 即答すると、彼女は深い溜息をついた。


「……セシリア、あんたの頼みは聞いてあげたいけどねー。さすがにド素人をそれなりに使えるようにしろっていうのは、ちょっと」


「そこまでじゃなくていいんです。剣の使い方のコツとか、練習方法教えていただければ。お願いします」


「私からもお願い、姉さん」


 アシェリーさんに頭を下げると、俺に続いてセシリアも頭を下げる。


「……仕方ねぇな。丁度一仕事終わったとこだし、次の予定まで時間あるし、ちっと付き合ってやるよ」


「ありがとうございます!」


「ありがとう、姉さん!」


「んじゃ取りあえずアタシんち行くかー。ここで剣振り回すわけにもいかねえしなー」


 やれやれと、肩を竦めるアシェリーさん。どうやら俺は本当にド素人のまま冒険者稼業に身を投じなければならないという事態は避けられそうだ。


「ナルミっつったな、あんた」


「は、はい」


 胸中で安堵していると、アシェリーさんから鋭い視線が飛んでくる。


「セシリアに免じてあんたが悪人じゃねーってとこまでは信じとくわ。けどセシリア欺したりしたらあんたでミートパイ作ってモンスターに食わせるからな」


 セシリアに聞きとがめられることを嫌ったのか、アシェリーさんは小声で俺にそんなことを言った。みんなセシリアが好きだなぁ……セシリアが俺の《英雄体質》を持っていたら歴史に残る救世主になりそうだ、そんな気がする。


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