第2章 冒険者 ④

「よう。ここにいるってこたお前も冒険者なんだろ? 同業者ならどっかで仕事が被ることもあるだろうさ。それがケンカに負けた相手なら、腕の方は信用できる――仲良くしようじゃねえか。俺はクリフトンってんだ。クリフでいいぜ。よろしくな」


 茶色の方――俺と殴り合いをした男が、断りもせず同じテーブルに座る。金髪の方もそれに倣い、


「俺はレイモンド。ダチはレイって呼ぶぜ。名前を教えろよ、兄弟」


 洋画に出てくる軍人かな? そう思わせるノリの二人だ。それが本当に軍人ノリでしゃべっているのか自動翻訳の結果俺のイメージがそう捉えているのかは不明だが、


「俺はナルミ、彼女はセシリア。まあ、よろしく」


 名乗ると、二人がそれぞれ手を差し出してくる。セシリアとそれぞれ握り返すと二人は交互に口を開いた。


「ナルミにセシリアな。それにしても兄弟、お前見た目からは想像できないタフガイぶりだったな。クリフが負けるとは思わなかったぜ」


「お前も一回やり合ってみろよ。殴っても殴っても倒れないんだぜ。アンデッドかと思ったよ。まあ嬢ちゃんの回復魔法が効いてんだから、そうじゃないみてえだけどな」


 気安い口調で俺たちに話しかけ、はっはっはと笑う。冒険者とはこういうノリなのだろう。


「いや、俺も悪かったよ。ちょっと短気だったよな」


「それ以上は言いっこなしだぜ? 俺たちゃもうダチだ――グリーンウッドに行くことがあったら酒場でクリフと殴り合ったダチだって言えよ。そこら歩いてるガラ悪いのは大抵言う事聞くからよ、覚えときな」


 文脈的に地名なのだろう。俺の肩を叩いて笑うクリフトンに、セシリアが尋ねる。


「お二人は、地元の方じゃないのでしょうか」


「ああ、俺たちはグリーンウッドを出身よ。レミリアには観光兼ねて出稼ぎにな。王都なら依頼もたくさんありそうだしよぉ」


「つーわけで俺らはここらへんのこと、良くわかんなくってなぁ。どうだ、兄弟。大がかりなクエストあったらよ、俺らとパーティ組んで一緒に仕事しねえか? 俺らに土地勘はねえが、どれだけ働けるかはわかったろ?」


 セシリアの問いに答えつつ、クリフトンとレイモンドはそんな提案をしてくる。ゴールドクラスの冒険者に腕を認められたというのはありがたい話ではあるが。


「すまない、それはちょっと難しいかも」


 そう答えると、二人は怪訝そうな顔をする。


「おいおい、兄弟――即決でお断りとはすげねえじゃねえか。嬢ちゃんがブロンズなのを気にしてんのか?」


「そんなら全然余裕だぜ? 回復魔法の効果はクリフの体で実証済みだ。むしろありがてえぐれえよ。俺らは盾持ちだからな。回復役がいてくれりゃあ経費も減らせるし継戦力も上がる。一石二鳥ってなもんだ」


「え、ええとですね、ナルミ様が仰りたいのはそういうことではなく」


 慌ててセシリアが間に入ろうとするが、視線でそれを制す。こんなこと、自分で言うべきだ。


 俺は自分の胸元を指して、


「俺、まだ持ってないんだよ、プレート。だから下げてないんだ。今日はギルドに冒険者として登録するためにここに来たんだ」


「マジかよ……じゃあ兄弟、お前冒険者の経験もなしにクリフに勝ったってのか?」


「待てよ、レイ。誰だって初めてはあるぜ……つまり俺たちは超有望なルーキーに絡んじまったのさ」


 俺の言葉が想定外だったか、レイモンドが首を振り、それをクリフトンがなだめる。丁度セシリアが頼んだシナモンティーをトレイに乗せたウェイトレスが現れ、二人は一旦口を噤んだ。ウェイトレスが俺とセシリアの前にカップを置いて伝票らしき札を置いて去って行くのを待ち、言葉を続ける。


「……そんなわけで、あんたらの申し出は嬉しいけど一緒に仕事は難しいよ。セシリアはまだしも、俺はまだ得物も決まってない新人未満だから、あんたらに迷惑かけちまう」


「だったらなおさらだ。俺らと一緒に仕事すりゃあすぐにクラス上げられるぜ?」


 俺の何が気に入ったのか、レイモンドがそんな風に言ってくれる。


「……そういうもんなの?」


 尋ねると、セシリアはこくりと頷いた。


「強いパーティに参加しても、成果は成果です。ゴールドクラスの方と一緒に仕事をすれば、それだけ難易度の高い依頼を受けられますから、昇格への近道とも言えますが……」


「まあつまり、それだけ経験が積めねえってことでもある。上の連中におんぶに抱っこで仕事こなしても、自分の力じゃねえからな」


 セシリアの言葉を継いだのはクリフトンだ。そのまま相方のレイモンドに告げる。


「なあ、レイ。ここは俺らが遠慮しとこうや。俺らの仕事に付き合わせて無理くり昇格させても兄弟の為にならねえ。なぁに、こいつならすぐに昇格して一人前の冒険者になるさ」


「……そうだな。よぉナルミ。俺たちゃしばらくこの街にいるつもりだからよ。なんか困ったらいつでも言ってこいや。冒険者の先輩としてなんでも聞いてやるぜ。暇なときゃここで時間潰してるからよ」


「うん、その時はよろしく頼むよ」


 伝えると、二人とも満足げに頷いて席を立つ。


「じゃあな。兄弟の腕じゃブロンズの仕事はかったりいかもだけど、最初の仕事は気合い入れろよ」


「どんな名高い冒険者もみんなそこからスタートするんだ。そこで転けちゃ明日はないぜ」


 言いながら、クリフの方がウェイトレスが置いていった木札を手にする。


「おい、それ――」


「兄弟の冒険者デビュー祝いだ、気にすんない。シルバーになった時には朝まで呑ませてやるから覚悟しとけよ?」


「回復役は文字通り生命線だぜ。そっちの嬢ちゃんと仲良くな」


 そう言い残して、二人は少し離れたテーブルへと移っていった。ウェイトレスを呼んで何か注文している。その姿を見つめながら、セシリアが口を開いた。


「ナルミ様のことをずいぶん気に入ったようですね、あのお二人は」


「……みたいだね」


「それだけナルミ様の力を認めているのですよ。ゴールドクラスの冒険者にあそこまで言わせるのですから、やはりナルミ様には才能がお有りなのです」


 微笑んで、セシリア。いや、それアトラからもらった意味不明な能力と君のお陰なんだけど……これ、伝えた方がいいよな。伝えないのは何か不誠実な気がする。


「あのな――」


(じゃじゃーん、とゴージャスな効果音で私登場)


 アトラ! 効果音っつか自分で口にしてんじゃねえか。いや口にはしてないな、脳内に直接響いてるんだし。たった一言で相当ややこしい奴だな、お前は!


(そんなまさか。私ほどシンプルでわかりやすい女神は他にいませんよ? 例えるなら単細胞生物レベル)


 生物レベル地に落ちてんじゃねえか! ……つうかなんの用だよ。


(セシリアに――というか、他の誰かに私から《英雄体質》を授かったことを話すべきではないでしょう)


 いや、後からお前からもらった能力とセシリアの尊敬のお陰だなんて知れたらかっこ悪くねえか? それとも知られたら駄目なのか?


(駄目ではありませんが)


 じゃあよくね?


(そんなことを知れば敬虔な信者であるセシリアからの尊敬と信心がマッハで天元突破です。ナルミは崇められて奉られてもう教皇まっしぐらって感じだと思いますが)


 あ、話すのやめとくな。サンキューアトラ。


(……そんなに私教の教皇は嫌ですか)


 嫌だが?


(……しくしくしく)


 アトラの声が遠のいていく。こんなわざとらしい嘘泣きの余韻残してく女神崇拝したくねえよ、俺。


「――ナルミ様?」


 気がつくと、セシリアが俺の顔を覗き込んでいた。


「ああいや、なんでもない――お茶、いただこうか」


「ええ、そうしましょう」


 湯気とともにエキゾチックな香りを放つカップに口をつけ、俺は俺に剣士が務まるのかなぁとか、剣を買うのに金を借りなければなぁとか、そんなことを考えていた。



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