第2章 冒険者 ③

 そこは賑やかな露天が並ぶ通りを抜けて、店舗型の店が並ぶ一角にあった。飲食店や酒場と思われる店舗とは違い、重厚そうな造りになっている。剣と盾が象られた看板がある外観は、見るからに冒険者ギルドとわかるそれだった。横に酒樽の意匠もあるので、冒険者たちの社交場的な酒場が併設されているのかも知れない。


 この手のギルドとしちゃあるあるだ。


「ここが、レミリア王国王都レミリアの冒険者ギルドです。ギルドは国家に囚われない組織なので、一度登録すれば世界中で活動できるんですよ」


「なるほど……どこかに本部があって、そこを中心に各都市に支部があるって感じなのかな」


「はい。冒険者ギルド本部は隣国のマイルレッドにあります。冒険者産業で栄えた町で、世界中から難関な依頼が集ることでも有名ですね.アダマンタイトやオリハルコンを目指す冒険者が集う聖地でもあります。そうでなくても、超一流の武具が揃う町なので、ある程度お金が貯まったらいずれナルミ様も訪れてみるのもいいかもしれませんよ」


 ふぅん……しかし生活できるだけ稼げればいい俺には縁が無いだろうな。


「ともかく、ここで登録すれば冒険者として活動できるわけだ」


「ええ、早速入りましょう」


 フィクションなんかでよく見る展開――ベテラン冒険者が新入りを相撲部屋的な意味で可愛がる――そんな展開を予想して尻込みしている俺を横目に、セシリアは颯爽と建物に入っていく。置いていかれないように着いて行くと、中は予想通り冒険者たちの集会場を兼ねているようだった。比較的厳粛な一角と、丸いテーブルがいくつも並び奥に厨房が見える吹き抜けのスペースに分かれている。特に仕切りはなく、自由に行き来できるようだ。


「どうぞ、こちらです」


 セシリアは慣れた足取りでその比較的な方のスペースに足を向けると、そのまま奥にあるカウンターへと進む。途中で大きな掲示板とそこに貼られたいくつものビラ。これがクエストなのだろう――と、ここへ来て新たな問題が発生した。横目でチラ見した感じ、ビラに書かれた内容が多様な図形が並んでいるようにしか見えない。


 言葉は転生特典か何かで通じているが、文字はさっぱり読めない。当然か。


 ……まあ、いいか。その内覚えればいいことだし、クエストだって係の人に初心者向けのクエストを紹介してくれとか頼めばいいよな。


 カウンターの向こう側では、俺やセシリアより少し年上くらいの美人さんがにこにことしたスマイルを携えて待機していた。


 その美人さんがセシリアを確認し、口を開く。


「こんにちは、セシリアさん。今日はどのようなご用件ですか?」


「こんにちは、リサさん。今日はこちらの方を冒険者登録していただこうと思いまして」


 そう言ってセシリアは身を引き、俺に窓口の正面に立つように促す。それに従ってカウンターの正面に立ち、頭を下げる。


「ど、どうも」


「こんにちは! 私は冒険者ギルド・レミリア支部窓口担当リサ・リースです。お名前をいただいてもよろしいですか?」


 にこやかに笑う彼女は羊皮紙らしきものと羽ペンを手に、俺に自己紹介を促す。筆記具に限らず、現代知識切り売りしたらそれで商売できるんじゃないかという疑問がよぎったが、取りあえず置いておくことにして名前を告げる。


「ナルミです。八千代ナルミ」


「ナルミさん、ですね? 冒険者ギルドのクラスシステムはご存じですか?」


「はい、一応。ブロンズからって奴ですよね」


「その通りです」


 リサさんが満足気に頷く。


「では、ジョブはどういたしましょうか?」


 続く彼女の言葉に、セシリアはあっという顔を見せた。うん、なるほど。俺も失念していた。確かセシリアは神官だったよな。それらしき職業があるというわけだ。


 俺に恥をかかせないようにとでも思ったのか、セシリアが慌てて耳打ちしようと顔を寄せてくる――近い近い! 万が一早鐘のような心音を聞かれては困るので、俺はセシリアの両肩に手を置いてそっと遠ざけた。心配そうな表情を見せる彼女だが――俺だって現代っこだ。そこまで鈍くはない。


「それって後からでも変更できますか?」


「勿論です。冒険者として活動していくうちに新たな適正を見つける方も大勢います。ですが登録しないと管理できないもので――今ナルミさんが得意なジョブを申請していただければ大丈夫ですよ」


 やはりか――思った通りだ。一度決めた職をずっと変えられないなんて非効率なわけがないもんな。なら話は簡単だ。


「じゃあ取りあえず剣士で」


「承りました。登録料として一万ゴールドいただきますがよろしいですか?」


 げ。それは聞いてない! 当てずっぽうでありそうな剣士がオーダー通ったのはいいとして、俺は素寒貧だ。一ゴールドだって払えない。


 しかし、焦る俺にセシリアがすっと硬貨を握らせた。視線を落とすと、手の中には金色のコインが十枚――セシリアを見ると、黙って頷いた。


 ありがたく借りることにして、それをリサさんに手渡す。


「一、二――はい、確かに。それでは冒険者プレートをご用意いたしますので、しばらくお待ちください」


 そう言ってリサさんは手元の紙になにやら書き込み、奥にいる別の誰かにそれを渡す。


「これでしばらく待っていればナルミさんも冒険者です。プレートができるまで、お茶をいただいて待ちましょう」


 にっこり笑い、セシリア。そのまま丸テーブルの方へと向かっていく。っていうか、そのお茶もセシリアに払ってもらわないと飲めないんだよなぁ……


 若干情けない気持ちでセシリアに着いていくと、彼女は空席の一つを選び腰を下ろす。それに倣って同じテーブルに着くと、


「ナルミさんは何をお飲みになりますか?」


「ごめん、何があるのかわからないし、メニューも読めそうにない……セシリアに任せるよ」


「わかりました――あ、すみません、シナモンティーを二つお願いします」


「かしこまりましたぁ!」


 丁度通りかかったウェイトレスに声をかけるセシリア。元気そうなウェイトレスの少女から思いのほか元気な返事が返ってくる。ノリが居酒屋だ。


 そのウェイトレスが厨房へ戻るのを見届け――俺はセシリアに頭を下げた。


「ごめんな、セシリア。登録にお金かかるんだな……考えればそりゃそうだって感じだけど、全然頭になかった」


 告げる。しかしセシリアは俺を見てにこにことするばかりだ。それを見てはっとする。


「ありがとうな。お金、稼げるようになったら必ず返すから」


「はいです。でも気になさらなくていいですよ。これでナルミ様と一緒に冒険者のお仕事ができるので、私嬉しいです」


 嬉しそうにセシリア。しかし……


「けど、一万ゴールドって安くない金額だろ?」


 通貨の価値がわからないが、一万と聞くだけでもう高い。手渡された硬貨だって、あれ金貨だよなぁ……それが十枚。高額なイメージしかない。


「まあ、一万は安くない額ですが――冒険者としての依頼の報酬から考えれば、そう高い登録料ではないですね」


 そりゃあ腕が立つなら冒険者は稼げるイメージあるけれど……


「……ちなみに、シナモンティーっていくら?」


「一杯五百ゴールドです」


「……安い素パンは?」


「素パンて。面白い言い方をなされますね」


 セシリアはくすっと笑い――


「安いもので百ゴールドとか、百五十ゴールドとかでしょうか。三百ゴールドくらいだと焼きたてのパンが買えますね」


 ううむ、なるほど? シナモンティーをカフェのお茶代として考えれば、一ゴールド一円くらいなのかな……ってことは登録料に一万円? だとすれば安いぐらいに感じるが……このあたりはおいおい確認して補完していこう。


 ――と。


「おいおい、どっかで見た顔だな」


「んだよ、プレート下げてねえと思ったがやっぱ素人じゃなかったんだな」


 頭上から、荒っぽい声が降ってくる。見上げると、確かにどこかで見た顔だった。


「ああ、あんたら――」


 俺たちを見下ろしていたのは、茶色い短髪の筋肉と金色な短髪の筋肉だった。

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