第2章 冒険者 ②

「冒険者? 俺が?」


「はい。ナルミ様なら、いずれ冒険者として大成なさるかと」


「冒険者として大成? この方がですか?」


 俺を見て訝しげな声をあげるイーヴァ。わかる。わかるぞ。


「ナルミ様は冒険者を知らない身でありながら、ゴールドクラスの冒険者と殴り合いのケンカをして勝ってしまわれたんですよ。それも二人相手に。 そのポテンシャルにアトラ様の加護があれば、果てはアダマンタイトかオリハルコンか――」


「……とてもそんな器には見えませんが」


 ん、まあね。ケンカに勝てたのもアトラからもらったチート能力のお陰だからね。


「……まあお姉様が嘘を仰るはずがありません。本当なのでしょう。信じがたいですが」


 随分辛辣だ……慣れてるけども。


「しかし冒険者って斬った張ったの世界だろ? 俺そんな経験ないし、ちょっと怖いな」


「ですが、誰かがやらなければならない仕事ですよ。冒険者が危険な仕事を担うことで、町や村の人は平和に暮らせるのです」


「……魔物や盗賊の討伐に、市街の治安維持。王家の人間としてこういった仕事は本来国で対応しなければならないと思っていますが、兵士や騎士の数には限りがあります。起こる事件全てに対応することは難しく、冒険者の皆様にはギルドを通して助力していただいてます」


 話を聞く限り冒険者はイメージ通りの職業のようだ。国や町村から受けた依頼をこなすってことなんだろう。なるほど、セシリアがシスターと兼任で冒険者として登録し、活動してるっていうのも頷ける話だ。現代風に解釈すれば、派遣の警備会社みたいな側面があるって感じなのかな。


「それにナルミ様が冒険者になれば、しばらくご一緒できます。ナルミ様はすぐに昇格してしまわれるでしょうが、最初は誰もがブロンズクラスからなので――ナルミ様と一緒にお仕事できれば、私嬉しいです」


「よし俺冒険者になる」


 セシリアがそう言うなら仕方ない。俺を怖からずに接してくれる初めての女性だ。彼女がそう言うのなら、俺は冒険者になろう。そして冒険者をしながらお嫁さんになってくれる人を探すのだ。間違っても魔王を倒そうとか思わない。


(ちっ)


 舌打ち聞こえてんぞ、性悪女神。


(ここには美人でお胸が豊かな愛らしい女神しかいませんが? はて、性悪とは)


 お前マジでどうかしてるな? なあ、俺本当に家庭築けたら輪廻転生できるんだよな? 魔王倒さなかったら苔からやり直しとかないよな?


(女神嘘吐カナイ)


 急に言葉怪しいじゃねえか! くっそ、こいつマジで信用できねえ……


「……お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


 ふと気づくと、セシリアが俺の顔を覗き込んでいた。ついでに視界の端に眼を三角にしたイーヴァも映ってる。


 頬が熱くなるのを感じながら慌てて誤魔化す。


「だ、大丈夫。んで、冒険者になるにはどうしたらいいんだ? 何かテスト受けるとか?」


「いえ、冒険者ギルドに登録すれば誰でも冒険者になれます。ですが規律を何度も破ると資格を失ってしまうのでお気をつけください」


「規律か――そりゃそうだ。普通に考えてあって当たり前だよな」


 先の二人組を思い出す。彼らのせいで俺の冒険者のイメージは盗賊よりの荒くれ者って感じなのだが。


 俺の表情で察したのか、セシリアが困ったように笑う。


「まあ、冒険者になろうって方は腕っ節に自信のある方ばかりですから……ああいったことも本当は御法度ですからね?」


「うん、まあ大丈夫。自分から仕掛けたりしないよ」


 頷いて、目の前のカップの中身を飲み干す。幸い日本で飲む紅茶とそう変わらないものだ。鼻に抜ける香ばしい匂いを堪能し、


「――神父さん、ご馳走様でした。さて、じゃあ俺早速冒険者ギルドに行ってみるよ」


 告げて立ち上がると、セシリアも同じように席を立つ。


「神父様、今日はナルミ様のお供をしようと思いますが、構わないでしょうか」


「お姉様、もう行ってしまわれるのですか?」


 悲しげな声を上げるイーヴァ。そうだよな、セシリアが帰ってくるのを待っていたって言ってたもんな。


 セシリアは諭すようにイーヴァに告げる。


「イーヴァ様、困っている方を助けるのもアトラ教の信徒の務めです。次の時はイーヴァ様がお好きなアップルパイを焼いて差し上げますから、どうか今日は我慢してください」


「お姉様がそう仰るなら……」


 言葉とは裏腹に少し嬉しそうなイーヴァ。アップルパイで釣られるお姫様。この国の未来がちょいと心配だ。


 問われた神父は大きく頷き、


「構いませんよ。これも主のお導き。ナルミ様のお力になることで、セシリアにもきっとアトラ様のご加護があることでしょう」


「ありがとうございます――ナルミ様、ギルドまでご案内しますね」


「なんか、ごめんな」


 伝えると、セシリアは首を横に振る。


「ナルミ様。私、ごめんよりありがとうの方が嬉しいです」


 シンプルにイイ言葉を言われた。さすがシスター……なるほどな。


「うん、ありがとう。じゃあよろしく頼むよ」


「はい、お任せください!」


 明るい表情で笑うセシリア。可愛い。


 そのままいい気分で休憩室を出ようとした時、


「ナルミ様。冒険者生活に倦んだときは、是非」


「教皇にはならないからな!」


 背中にかけられた神父の言葉に、俺は食い気味にそう返した。


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