第2章 冒険者 ①

「つまり、ナルミ様はアトラ様のお導きでこことは違う世界からこの地で人生を全うするためにやってきた異世界人だと。そういう理解でいいのですか?」


 セシリアのクッキーと神父が淹れてくれたお茶で一服しつつ、(面倒なので)輪廻のくだりだけぼかしつつ、三人に事情を話すと、ふんふんと熱心に聞き入っていたセシリアがそうまとめた。


「うん、そんな感じ」


「異世界に、異世界人……にわかには信じられませんが」


 渋い顔をするのはやはりイーヴァだ。顔に理解に苦しむと書いてある。


「まぁなぁ……気持ちはわかるよ。俺も異世界なんて実在するとは思ってなかった。けど俺は自分自身の体験として観測しちまってるからなぁ……」


 少なくとも俺は三つの世界を観測している。俺がいた世界にアトラがいた世界、そしてこの世界……よもや実は全てアトラのブラフで、この世界は俺と同じ世界の別の惑星――死んだ俺は超技術で蘇生され、何らかの理由で人類が存在する地球外惑星へ送られた、なんてSF展開してるってことはあるまい。


 よしんばそうだとして、この世界では魔法という技術が確立され、存在している。結果SF展開だったとしても俺がこのファンタジー世界で生きていくということは変わらない。疑うだけ無駄な発想だ。


「ナルミ様の置かれた状況は理解しました。その上で、セシリアにはどんな頼みを?」


「おう、それだよ、神父さん。言ったように俺はこの世界は右も左もわからない。当然知り合いなんていない。だけど俺はこの世界で生きていかなきゃならないんだ」


「というと、この世界についての知識や衣食住といったところは最低限必要ですね」


 合点がいったと頷くセシリア。頭がいい子で非常にありがたい。


「まさにそれなんだ……俺は飯の食い扶持もなければ今夜寝る宿もない。この世界のお金なんて当然持ってないし」


「お金が必要であれば、信者の皆様からいただいた寄付金をいくらでも」


 すかさず口を開く神父。おい、あんた今とんでもないこと言ったな?


「……それは信者と教会のために使おうぜ?」


「しかし一信者としてアトラ教の教皇をお金で困らせるわけにはいきますまい」


「だから教皇はやらんと」


「神父様……私も一信者として寄付金を一個人の為に使うなどと言われては聞き逃すことはできません」


 イーヴァも溜息をつき、神父を窘める。


「困っている方を助けるのも教会の務め……ですがそれは保護し、力を貸すということであって、扶養するものではありませんよね?」


 蛇に睨まれたカエルよろしく、イーヴァに見据えられ恐縮する神父。大司教の威厳とは。


「大丈夫ですよ、ナルミ様。私、少しですがお給金をいただいております。私の稼ぎでナルミ生を扶養するのは問題ありません」


 ふん、と鼻息荒く両手に力を込めて、セシリア。頼りがいがあるどころか、ギャップで非常に可愛いが。


「それは俺の自尊心が問題だらけなので最後の手段にしような?」


「最後も最初もありません! お姉様のヒモなど……あなた死にたいのですか? だったら今すぐ消し炭にして差し上げますわよ」


 イーヴァのヘイトが俺に向く。


「わかってる! わかってるからその殺気を引っ込めてくれ――セシリア、君に頼みたいのはこの世界についての知識を教えて欲しいのと、俺にもできそうな仕事を紹介して欲しい……ついでに図々しく言わせてもらえば仕事が見つかるまで飯を食わせて欲しい。あとは夜露を凌ぐために教会の軒下でも貸してもらえればありがたい」


 現代人の俺に野宿の経験などないし不安しかないって感じだが、さきほど街を歩いた時はいい陽気で、道行く人は薄着の人が多かった。凍死の心配はしなくてもいいだろう。


「本当に図々しいですわね」


「しょうがないだろ……」


 すかさず飛んでくるイーヴァの口撃。


「仕事ということであれば、ナルミ様にならすぐに紹介できるものが」


「教皇以外ならなんでもやりますよ」


 嬉々として口を開く神父に答えると、彼はしょんぼりと俯いた。代わってセシリアが力強く頷いてくれた。


「お安い御用です、ナルミ様。食事はもちろん、夜は軒下と言わず、大聖堂の宿泊室をお使いください」


「そんなものが?」


「遠方にお住みの神父様がお見えになったときに、別に宿を取らずともいいように幾つか部屋があるのです。ナルミ様の住居が決まるまで、そこを使っていただければ……構いませんよね、神父様?」


「勿論です。これも主のお導き。むしろこちらからお願いしたいくらいです。ナルミ様の近くで、アトラ様の教えを学ばせていただければ」


 セシリアの言葉に、神父が深く頷く。アトラのお陰で取りあえずの住処は確保できそうだ。とは言え、それにいつまでも甘えているわけにもいくまい。はやいとこ稼ぎ口を見つけて自活できるようにならなければ。


「お仕事に関してもいくつか心当たりがあります。孤児院は人手不足で子守や家事を担う手が足りていませんし、教皇がお嫌でしたら司祭でも司教でもナルミ様ならこちらからお願いしたいくらいです」


「いや、神職はちょっと……」


 確か結婚できないんだよな、司祭とか司教って。無理無理。俺そっちの道選んだら人として輪廻に戻れないじゃん。


 まあ正直、今世を謳歌できれば来世のことは来世に考えるって手もあるけど、その場合最悪苔に生まれ変わるんだよな、俺……


「他にもイーヴァ様にお願いして、お城で働き口を探すという手も」


 そう言ってセシリアはイーヴァに期待たっぷりの視線を向ける。イーヴァは一瞬俺にあからさまに面倒だという視線をよこすが、


「……まあ、お姉様の頼みということであれば、わたくしには断れません。庭師や掃除夫ぐらいでしたら、わたくしの裁量でねじ込めると思いますが」


「だそうです。イーヴァ様はお優しい方。いざとなればきっとナルミ様を助けてくださいます」


「お、おう……そうか、ありがとうな」


「言っておきますが、あなたの為ではありませんよ! お姉様の頼みだから仕方なく、ですからね? そこのところをきちんと覚えておいてくださいませ」


 声を荒げて、イーヴァ。これで頬を染めていたらナイスツンデレって感じだが、今のところツンアンドツンって感じだ。デレがない。王城であくせく働けばいつかイーヴァがデレる日がくるのだろうか。


 庭師か掃除夫――この世界に縁もゆかりもない身としては、路地裏で野垂れ死ぬのが嫌ならば城での仕事ってのはかなりいい待遇なんだろう。しかし一生彼女のコネで仕事にありついたとしたら、一生頭が上がらないに違いない。イーヴァに頭が上がらないってのもな……いやいや、イーヴァはお姫様だよ。頭上がらなくてそれが普通だよ。


 そんなことを考えていると、セシリアが言葉を継ぐ。


「――ですが、ナルミ様にはもっと相応しいお仕事があります」


「俺に相応しい仕事?」


 言っちゃなんだが学生もろくに務まらず異世界転生した俺に、どんな仕事が相応しいというのだろう。専業主夫くらいしか思いつかないが――


 しかしセシリアが口にしたのは予想の範囲外だった。自身の胸のタグプレートを手に、


「冒険者です」


 にっこりと笑った。

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