第1章 異世界転生 ⑦

 結果から言うと神父もイチコロだった。セシリアの手の輝くロザリオにアトラの気配でも感じたのか、感涙を流して感謝し、祈る。


「ああ、主よ。我が娘にこのような素晴らしいものを……感謝します」


「あれ、親子なの?」


 神父の祈りの言葉が気になってセシリアに尋ねる。聖職者って結婚できないんじゃなかったか? それとも現代とはそこらへん違うのだろうか?


 セシリアは俺の言葉に頷き、


「私は孤児院の出なのです。王都の孤児院は全て教会の管理なので、孤児院の子は皆神父様の子供ですね。私もシスターになるまではお父様とお呼びしていました」


 こそっとセシリアと話している間に、神父とイーヴァが言葉を交わす。


「この神聖力――アトラ様のものと断言はできませんが、神々の御力であることに間違いありません。神器と呼ぶに相応しい。これを彼がアトラ様の御力と仰ったのであれば、本物に相違ありますまい」


「神父様! 神父様までその方の言葉を信じるというのですが!?」


 ロザリオの効果で俺をアトラの使徒と信じて疑わない神父だが、気に入らないのはイーヴァだ。『お姉様』であるセシリア手製のクッキーを目の前にしても心が安まらないようで、ものすごい剣幕で神父に食ってかかる。


 が――


「イーヴァ様。お気づきになりませんか。彼の内に秘められた善なるオーラを」


 善なるオーラ? なんだそりゃ……アトラも俺の事を善人だとか言っていたが――それも、人類から数千年も失われるのが惜しいほどと――俺にしてみれば自分が後から後悔しないような選択をしているだけのつもりなのだが。


「それに、彼から感じる神聖力の残滓。これはアトラ様の神託が下った証拠に他なりますまい」


 ますますわからん。残り香みたいなものだろうか。だとすれば対面してるし、今生の別れを臭わせつつ脳内に語りかけてくるしで残っててもおかしくはないだろうが。


 ところで、なんで神父までイーヴァを様呼びなんだろう。セシリアとイーヴァが違いに様と呼び合うのはフィクションの女子校のアレ的なノリかと思ってスルーしてたが、神父までとなると……


「なあ、セシリア」


 まだ納得がいかないといった様子で神父を恨めしげに見るイーヴァに聞かれないよう、小声でセシリアに尋ねる。


「なんでしょう?」


「イーヴァってどこかの偉い人? 神父さんまで様って呼んでるけど」


「! 聞こえましたよ! 今私を呼び捨てにしましたね!」


 相当声を抑えていたつもりだったが、どうやら聞かれてしまったらしい。怒りの矛先を俺に戻したイーヴァがびしっと俺に指を突きつける。なんだか体温高そうな娘だなぁ。


「不敬です! 死刑!」


 死刑を宣告されてしまった。特に驚きはない。早くも俺この世界に慣れてきたな? 不敬ときたか……やはりどこかの偉い人らしい。


「イーヴァ様はここレミリア王国の第一王女にあらせられます。 イーヴァ様、駄目ですよ。私、イーヴァ様が優しい方だと知っています。ナルミ様は冒険者のことも知らないようなお方、イーヴァ様のこともご存じなかったのです。そのような方を罰するイーヴァ様ではございませんよね?」


 セシリアの言葉にイーヴァはぐぬぬと顔を歪ませる。


「そんな顔をされては駄目です。イーヴァ様はいずれ人の上に立つお人。笑顔でいてください。その方が王都の民も安心して日々を過ごせます」


 民を出されてはイーヴァも抗えないらしい。こめかみに力が入っているのがモロバレだが、それでもにっこりと微笑んで見せた。セシリアは満足げに頷き、


「お綺麗です、イーヴァ様」


「お姉様に喜んでいただけるのならわたくし、本望です……」


 こめかみをひくつかせながら、イーヴァ。しかし俺を見る目には鋭いものが残っている。なんだかなぁ……


 それにしても王女とは……というか王女なら逆にセシリアや神父の態度がおかしくはないだろうか。とても王族に対する態度のようには……あれか? 俺が思っているより教会の位置づけが高いとかだろうか。


 まあ大体人間関係がわかってきた。本来一番立場が上なのはイーヴァだが、セシリアをお姉様と呼んで慕っていて、強く出られない。セシリアは神父の義娘。神父は内気なんだか弱気なんだかの上、王女であるイーヴァに軽くビビってる。


 ……じゃんけんかな?


 ――と。


「さて、申し遅れました……私、アトラ教の大司教、エルマー・クリオドットと申します」


 イーヴァの勢いに圧されて自己紹介もしていなかった。エルマーと名乗った神父が俺に恭しく頭を下げる。


「あ、どうも。八千代ナルミです」


 あれ、大司教? 大司教って確か、とてつもなく偉い人じゃないか?


 その推定超偉い人は、頭を垂れたまま顔を上げない。


「ナルミ――いえ、使徒様。アトラ様のご神託、是非我々にご教示いただけないでしょうか」


「いえ、ご教示って……っていうかまず顔を上げてください。あと使徒様もやめてください」


 慌ててそう伝える。すると神父は顔こそ上げたものの、今度は跪いて俺を見上げた。


「もったいなきお言葉、ありがとうございます。是非、我らにアトラ様の教えを」


 もう! アトラ教の俺に対するリスペクトはなんなの?


「いや、アトラはそんな超リスペクトしなきゃならないような神様じゃないっすよ? 黙ってると威厳あるんですけど、なんていうか口開けたら俗っぽい感じで」


「なんと! ナルミ様はアトラ様に拝謁まで許された方なのですか!?」


「そうなのです! それもナルミ様の口ぶりからして、アトラ様と親しいご関係にあるようなのです! すごい方なのです!」


 眼を見開いて驚く神父に、黄色い声を上げるセシリア。


「ななななんと! ナルミ様、是非アトラ教の教皇に! そして我らにアトラ様のお言葉をお教えください!」


 教皇はさすがにわかるぞ。一宗のトップ……だよな? 猊下ってやつだよな?


「いやいや、俺はそんないいもんじゃ……っていうか、俺が教皇とか今の教皇が可哀想じゃないすか」


「現在、アトラ教には教皇が不在なのです。代々教皇が神託を受け、次の教皇を指名するのですが……先代の教皇は、次代を指名する前にお亡くなりになってしまわれて」


 残念そうに、セシリア。


「そういうシステムなんだ……あれ、ってことは大司教の神父さんがアトラ教で一番偉い人?」


「教皇が不在なのでそういうことになりますね。とは言え、現役の司教の中で一番年寄りで、他の司教を束ねる立場にあるだけでございますが」


 いや、十分だろ……いくら相手が王女だからって、そんな人が自分でお茶淹れたりすんなよ。


「そんなわけでして、ナルミ様には是非我らの上に立ち、教皇としてアトラ教をもり立てていただきたいのです。アトラ様に拝謁されたナルミ様なら資格は十分かと。我らに導きを!」


 熱心に俺を教皇に推す神父。


「アトラならセシリアに次の教皇を、とか言いそうだけどな」


「そんな、私ごときではとてもそんな大役は」


「セシリアに無理なら俺にだって無理だよ。大体俺、アトラそこまでリスペクトできねえし」


「そこをなんとか!」


 なおも押してくる神父。嫌だ。っていうか私ゴイスーとか言っちゃう神様を崇める宗教の教皇とか嫌だよ、俺。


 つうかそこんとこどうなんだ、アトラ――教皇が不在ってんなら、セシリアが教皇でいいんじゃないか? お前セシリアのこと敬虔な信者だっつってたじゃん。ロザリオに神聖力か? そんなもん宿してやるぐらいだ、気に入っているんじゃないか?


 ……返事なしかよ! くっそ、読めない奴だな……


「……そのうち神託下りてくるんじゃないかな。誰がいいかってアトラに聞いておくよ」


「そうですか……アトラ様の使徒様が教皇になってくだされば、よりアトラ様の教えを学ぶことができると思ったのですが」


 そう伝えると、残念そうに神父が言う。俺が教皇になってもアトラはうどんが好きとかAAから察するに日本のネット事情に詳しそうとかそういうのしか教えらんないぜ。


「ナルミ様、ナルミ様」


「ん?」


「ナルミ様は、アトラ様が私を頼れと仰ったと言っておられました。なんなりとお申し付けください。私にできることであれば、なんでもいたします」


 ロザリオを握りしめ、セシリア。この子こんなに素直で大丈夫なんだろうか。イーヴァの気持ちが少しだけわかる気がする。


 そのイーヴァはセシリアと神父からいいだけリスペクトを集める俺を恨めしそうな眼で見ていた。なんかごめんな。


「いや、そんな大層なものじゃないんだ」


「どうぞ遠慮無く。私もこの身を賭して力になりましょう」


 これは神父だ。だからどうしてアトラ教はそんなにアトラに全力なんだよ。


 多生気後れしつつ、俺はセシリアと――ついでにイーヴァと神父にお願いをした。


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