第1章 異世界転生 ⑤

「こちらがレミリア大聖堂です」


 セシリアに連れてこられた教会は、現代ならば世界遺産に登録されていそうなものだった。後ろの高台にそびえ立つキャッスルと比べても規模はともかく絢爛ぶりは遜色ない。


「すっげえ……」


 その荘厳な教会に感嘆の声を漏らすと、セシリアが解説してくれる。


「ここレミリアはレミリア国の王都――王家も代々アトラ教の信者で、二百年ほど前の王様が国の繁栄とアトラ教の隆盛を願って建てたアトラ教の総本山です。建設には十年を超える月日がかかったそうですよ」


「へえ……」


 サクラダ・ファミリアの異世界版と言ったところか。向こうは未完成だし、規模も比べものにならないが。


 だからといって決してこじんまりとした教会というわけではない。むしろ大聖堂の名はふさわしく、背景の存在感たっぷりなキャッスルがなければこれが王城かと思う造りだ。


「さあ、こちらですよ」


 正面の大きな入り口に向かい歩いて行くセシリア。アニメで見るようなこじんまりとした教会をイメージしていた俺は、思わず尻込みしてしまう。コンビニにいくつもりがいつの間にか大型ショッピングモールを目の前にしているような気分だ。迂闊に足を踏み入れたら百人規模の聖歌隊にゴスペルで出迎えられたりしないだろうか。


 そんな俺に気がついたのか、セシリアが振り返って微笑む。


「ご安心ください、ナルミ様――普段は町の人々に解放されていますし、催しの際には他の教会から神父様、シスターやブラザーが集まりますが、ここに所属しているのは神父様が一人、シスターやブラザーは私を含めて七人。緊張なさるようなことはありません」


「……そうなの?」


「そうです。それに、ナルミ様はアトラ様の使徒様。どうぞご自分の家だと思っておくつろぎください」


 それは無理だよ……こんな荘厳なところでくつろげるわけないじゃん……


「さあ、こちらです」


 教会に、アトラ教にとってある意味シンボルになりそうな俺が訪れたことが嬉しいのか、俺の手を取り、半ば連行の勢いで歩き出す。俺はと言えばセシリアに手を握られたことが嬉しかったので逆らわずにそのまま着いて行った。仕方ないじゃん……女の子と手をつなぐなんて今日が初めてだもん。体育祭のフォークダンスなんてみんな俺の前に立つと泣き出してダンスしたことないんだもの……


 どうにも困った教師が俺を女子の列に混ぜたという男子的には悲しさしかない記憶を頭から追い出し、セシリアとともに(多分)正面門をくぐり、聖堂の中へ入る。


 見た目も荘厳な大聖堂だったが、中もイメージそのまま荘厳だった。高い天井に柱……って当たり前か。天井高くて低い柱は有り得ないだろ。


 そして日の光でカラフルに輝くバラ窓のステンドグラス。その下には抽象画のような女性が同じくステンドグラスで描かれている。あれはアトラなのだろうか。


 俯瞰で見れば十字のような構造。主祭壇と思われる祭壇と礼拝堂が十字の正面に見えるため、俺たちがいるここが拝廊で、十字に交わるのは翼廊か。


 きっと現代で観光地になっているような大聖堂はこんな感じなのだろう。神秘的なその光景に言葉を失くしていると、


「レミリア大聖堂へようこそ、ナルミ様。翼廊の方に私たちが休む小部屋があります。さすがに礼拝堂では気が休まらないでしょうから、どうぞこちらへ」


 そのままセシリアは右手の翼廊から一つ外側の周歩廊へ。いくつもの扉から迷わず一つの扉を選び室内へ入る。


 そこにはテーブルや椅子、ソファなど――言うなればリビングのような部屋だった。その椅子の一つに行儀良く座る女子。


 その女子は室内に入ったセシリアを見るなり、満面の笑顔でセシリアに飛びついた。


「お姉様、おかえりなさいませ!」


「あら、あらあらイーヴァ様。お見えになっていたのですか?」


 セシリアは俺から手を放し、イーヴァと呼んだその子を抱き留める。うう、無念……


「アトラ様とお姉様にご挨拶にまいりましたの! 神父様からお姉様はお使いに出ていると伺いましたので、こちらで待たせていただきました!」


「そうですか――神父様は?」


「今、私にお茶を用意してくださっています。神父様自らお茶を淹れてくださるだなんて、なんだか申し訳ありませんわ」


「私、今朝クッキーを焼いたのです。神父様はそれをイーヴァ様に召し上がっていただきたいのでしょう」


「お姉様のクッキーですか? それはいい時にまいりました。ご馳走になります」


 なんだかミッション系の女子校みたいな会話が始まった。尊いので眺めていると、赤髪のツインテールを揺らしながら懐疑的な視線を向けてくる。


「ところでお姉様、そちらの殿方は?」


「ああ、私としたことが――」


 セシリアは自分に抱きついたままのイーヴァをやんわり引き剥がすと、俺に向かって――


「ナルミ様、この方はイーヴァ様。足繁く教会に足を運んでくださる敬虔な信者です」


 そう紹介してくれる。一信者に対して丁寧すぎる態度じゃないかと思うが、セシリアのことだ、これがスタンダートなのかもしれない。


 そして今度は怪訝そうな顔を見せるイーヴァに、


「イーヴァ様、こちらはナルミ様です」


「またお姉様、道で倒れていた方を解放するために連れてこられたのですか?」


 俺を値踏みするように睨めつけて、彼女。女性に嫌われるのがデフォ過ぎて気にはならないが――しかもこれほどの美少女に睨まれるならご褒美まである。同じ年か、少し下か――それくらいの年齢に見えた。長い睫毛が瞬く度に、俺への疑惑が募っているようだ。


 まあ、わからなくもない。俺の悪人面とセシリアの天使ぶりが釣り合わないのは承知の上だ。


 イーヴァのその言葉にセシリアは首を横に振る。


「いいえ、イーヴァ様――最初はそのつもりでしたが、別の目的でこちらに足を運んでいただきました」


「どこか地方の貴族の方か――でなければ豪商のご子息でしょうか? お召し物が――多少汚れてはいますが、驚くほど上等ですね。寄付金の件なら、わたくしに言ってくだされば――」


 確かにこの世界の基準じゃ俺が身につけている学校制服のブレザーとシャツ、スラックスはかなり上等な部類に入るだろう。質も、造りも。だがそれを即座に金に結びつけるとは……


「いいえ、そうではありません。実は私もナルミ様の素性はよく知らないのです」


「そのような方を聖堂へ? 失礼ですがお姉様、お姉様はもう少し他人を疑うということをなされた方がよろしいのでは?」


 酷い言われようだ……だが一理ある。さっきの冒険者たちとの件もある。セシリアにはもっと慎重になって欲しい。


「それに関しては問題ありません、イーヴァ様――なんと、ナルミ様はアトラ様の使徒様なのです!」


 最後は小さい子をサプライズで驚かせるように――そんなにこやかな笑顔で、セシリア。


 それを聞いた途端、俺を見るイーヴァの眼が細まり――そして。


「……お姉様の信心につけ込んだ狂言……お姉様の心を弄んだ罪は高くつきましてよ」

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