第1章 異世界転生 ④

「ナルミ様は少々短気が過ぎるのでは?」


「……ごめんなさい」


 通りの端――人の流れの邪魔にならないところで座り込み、セシリアから手当を受けつつ、俺は頭を下げた。セシリアはぷんすかしつつ、俺に回復魔法をかけている。


 ちなみにケンカは俺が勝ったカタチだ。相手が何度も倒されてボロボロになっても立ち上がる俺にたじろいだところに、渾身のタックルからマウントを取って二、三度殴ったあたりで相手の連れが俺の肩に手を置いて自分たちの負けだと降参した。


 ちなみに決着がついた後は恨み言を言うでもなく、二人はセシリアに悪かったと頭を下げていた。セシリアも自分の不注意と俺の蛮行を何度も謝り、彼らの傷を(と言っても、片割れは一回蹴っ飛ばしただけだが)回復魔法で癒やし――


 そして今は俺の治療アンドお説教タイムと言うわけだ。正直彼らより俺の方が重傷だ。勝つには勝ったが、内容的にはほとんど負けてる。


「だってさ、あんなでかい声でセシリアを恫喝してさ」


「だっては男らしくありませんよ、ナルミ様。それに前方不注意でぶつかったのは私の方です」


「でも、どう見たって怪我なんてしてなかっただろ? セシリアに因縁つけたかっただけだぜ」


「でもも男らしくありません。仮に彼らの意図がそうだったとしてもです。原因を作ったのは私なのですから……誠心誠意謝って、事態の解決を図るべきです」


 ぐうの音も出ない。シスターだけあって言うことが立派だなぁ……


「ですが」


 治療の手を止めずに、セシリアははにかんだ。


「私のことでナルミ様がお怒りになってくださったのは、嬉しかったです」


 どきりと心臓が跳ねる。それほどセシリアの笑顔は可愛かった。


「はい、終わりましたよ。どこかまだ痛むところはありますか?」


「もうなんともない。ありがとう、セシリア」


「どういたしまして」


 セシリアが頷いて微笑む。


 初めて魔法というものを間近で見たが、圧巻の一言だった。傷や痣にかざしたセシリアの手が燐光に包まれ、ほのかな光を帯びる。その光を当てられた部位は痛みが和らぎ、ゆっくりと逆再生のように傷が塞がっていった。目を疑う光景だったが、実際に傷は塞がったし痛みもなくなったとあっては、その効果を疑う余地はない。


「高位の回復魔法なら話はまた別ですが、私の 回復ヒールは人の治癒力を促進させて回復を促すだけのものですから、相応に体力を消耗しているはずです。私の魔法をあてにしてこういう無茶を繰り返さないでくださいね?」


「ああ、わかった」


 なるほど、そういう仕組みか。ということは高位の回復魔法は魔法力で体力をカバーとか、そんな感じなんだろうか。他の魔法はどうなんだろう。


「それにしても――ゴールドクラスの冒険者とケンカをして勝ってしまわれるなんて……ナルミ様は名のある冒険者なのでは?」


 未知の技術に思いを馳せていると、セシリアさんがそんなことを言う。


「そんなことはないよ……っていうか冒険者とか実はよくわからなくて。ゴールドクラスって凄いの?」


「凄いですよ! 冒険者は六つの等級に分かれています。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン」


「下から三番目じゃん」


「……本当にナルミ様は冒険者に疎いようですね。オリハルコンは歴史上数えるほどしかいないと言われています。魔竜や魔王軍の大物を討伐した勇者や、多くの人々に死をもたらした病魔を破った神官とか……本物の英雄に与えられるのがオリハルコンプレートです」


「なるほど」


「アダマンタイトもそうです。英雄的成果を挙げた冒険者に与えられるプレートです。オリハルコンに比べれば少し格は落ちますが、それでも英雄と呼んで差し支えないでしょう。この二つのクラスは別格なのです」


 何気に新しい情報が出たぞ。ここは王都なのか……そういやセシリアの教会には王家の人が――って言っていたな。


「そういった訳で、ミスリルクラスが普通の天才が到達できる最高クラスになるわけです」


「普通の天才」


「アダマンタイトやオリハルコンは天才の中でも限られた……最高峰にいるものしか届かないんですよ。それこそ時代や神に選ばれたような冒険者が。そこから漏れた天才たちがミスリルクラスの冒険者です。ミスリルクラスの冒険者は王宮騎士団の騎士様たちと互角以上と言われてますから、そのことからもミスリルクラスが超一流と伺えますね」


 王宮騎士団。現代人でアニメやラノベに触れている俺的にはあんまり強くないイメージなのだが……しかしセシリアの力説ぶりから察するに、騎士団もミスリルクラスもいわゆる「本物」なのだろう。


「その予備軍がゴールドクラスですよ? 一流と言って差し支えない冒険者です。そんな彼らを相手に一歩も引かないとは……やはりナルミ様は名のある武人なのでは?」


「ないない! ないって!」


 上目遣いで懐疑的な視線を送ってくるセシリア。いや、たしかに彼らは強かったし実際ボコボコにされもしたが……俺も場数は踏んじゃいるが、だからといって腕っ節に自信があるわけじゃあない。単に慣れてるってだけだ。そんな俺が一応勝てたわけだし、セシリアが言うほど凄い奴らには思えないが……


(ふふふ、私の出番の予感)


 突如響く心の声。出やがったな、アトラ!


(満を持して私登場)


 お前どんどんキャラ壊れてくね!?


(ところでどうでしたか、ナルミ。私が授けた能力は)


 聞こえないふりかよ、おい。便利な耳してんな……つか能力ってなんだ? 俺はそんなもん使った憶えはないぞ?


(私がナルミに授けた能力はその名も《英雄体質》……異性の好意を集めれば集めるほど己の力が高まる、伝説級の英雄たちもその身に宿していた特殊な力です)


 な……なんだと……!?


(ナルミにわかりやすく伝えると常時バフがかかるパッシブスキルです)


 便利な言葉知ってるね!? っていうかなんだよその能力は……そんなもんどうでしたもなにも全然実感ねえよ。大体前提条件おかしいだろ。好意? 俺が女の子に好意抱かれるわけないだろ……怖がられるのが関の山だ。有り得ない。


(本当に?)


 不意に、アトラの声が(あくまでイメージだが)真剣さを増す。


(セシリアから冒険者の話を聞いたでしょう……ただの高校生だったあなたが、異世界で荒事を生業とする冒険者相手にケンカで勝てるわけがないでしょう?)


 そう聞かされてはっとする。確かにそうだ。あんなプロレスラーみたいな大男と殴り合って、カタチだけとは言え勝ったのだ。さっきはカチンときていて気づかなかったが、普段ならあんな大男に凄まれたらそれだけでビビってしまう。


(その通り。《英雄体質》によってセシリアから向けられた好意が、あなたを強くしたのです)


 まじでか……セシリアが、俺のことを?


(あくまで私の使徒に対する尊敬ですが)


 急激に上がった気持ちが急降下した。ですよね……


(逆に言えば、尊敬だけでただの高校生だったあなたを冒険者とやりあえるほどに強くしたのです。ナルミ……本物の愛を受けなさい。多くの女性から子を産み、家族となり、添い遂げたいと想われるのです。その愛があなたに英雄のごとき力をもたらすでしょう。そして人類を率いて魔王を倒すのです)


 ちょっと待て、お前今さらりとハードル爆上げしたな? 俺の輪廻転生条件って『子孫を残す』だったよな? 魔王討伐どこから出てきた!


(見守っていますよ、ナルミ……)


 急に雰囲気を出したアトラ。てっめえ都合悪くなったらそれかよ! チェンジ! 多くの女の子から好かれるとか、一人でも無理ゲーなのに難易度ナイトメアだろ! 女の子に好かれる能力とかにしてくれ!


(この世界は甲斐性があれば一夫多妻もオッケーです……)


 聞いてねえんだよ、そんなことは!


 しかしもうアトラは耳を塞いだのが、返事は返ってこなかった。


「……ナルミ様?」


 ふと気がつくと、セシリアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「ああ、いや、ごめん……アトラが急に話しかけてきて」


「ああ、アトラ様のご神託を……!」


 セシリアは感激して胸の前で十字を切り、ロザリオを握って俺に祈る。心持ちだるかった体がふっと軽くなったような気がした。これも《英雄体質》の効果なんだろうか……そうなんだろうな。一層俺への尊敬……っていうか信心深まったみたいだし。


 ともかく、確認しなきゃいけないことがもりもり増えた。魔王だと? そんなもんがいるのか、この世界は。そういやセシリアもオリハルコンクラスの説明してくれたとき、さらっと魔王軍とか言ってたよな……


「……とりあえず、回復魔法、ありがとうな。傷も治ったし教会行こうか」


 そう告げると、セシリアは表情を輝かせた。


「――はい! アトラ様の使徒様が教会に足を運んでくださるなんて感激です! 神父様もお喜びになります! ああ、主よ……この幸運を感謝します」


 ……君が思ってるほどアトラって立派な神様じゃない気がするよ? っていうか感謝するのはアトラじゃなくて君自身の信心だ。アトラはセシリアの近くを狙って俺を転生させたような気がするし……


 嬉しそうな笑顔をセシリアにそんなことは言えず、俺は黙して彼女と教会を目指した。


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