第1章 異世界転生 ③

 ローファーで石畳を歩くとそこそこに足が痛い。意外な発見だった。


 考えてみれば俺は下校中――というか死んだ時の服装そのままだ。学校制服のブレザーに、ローファー。手荷物は何もない――ポケットに入れていた財布やスマホ、身につけていた腕時計もだ。このまま異世界で普通に暮らせとか言われてもハードモード過ぎやしないか。目覚めた時、セシリアが近くにいてくれて助かった……いや、セシリアの近くに転生されたのか?


 そんなことを考えていると、鮮やかな青い修道服に身を包み、少し先を行くセシリアが立ち止まって振り返る。


「大丈夫ですか?」


「いや、大丈夫……なぜ?」


 普通に歩いて着いていってるつもりなのだが。


「歩幅が一定でないご様子なので」


 確かにでこぼこの石畳に難儀していたが、まさか背中に目がついているのだろうか。やや、ずっと背中を見ているのだ、小柄で華奢な彼女の背に目はついていないとわかっているのだが。


 まさか、あの金髪に隠れた場所に? ……まさかな。


「そんなことわかるのか。うん、まあ、ちょっと石畳に慣れてなくて……」


「歩くペース、落としましょうか?」


「やや、体力的には問題ない。大丈夫だよ。ちなみに教会まであとどれくらい?」


 かれこれもう十分ほど歩いている。さすがに疲れただのと言うつもりは全然ないが、すぐ近くという話じゃなかったか?


「あと二十分くらいでしょうか」


 異世界の『すぐ近く』を舐めてた。てっきり徒歩五分とかそんなものかと……


 しかしいいことを聞いた。どうやら時間の単位は一緒らしい。それとも転生特典で自動翻訳でもされているのだろうか。


 まあ、それはどっちでもいい。


「私がお世話になっている教会はお城の近くにありまして……土地柄王家の方や貴族の方もお見えになるんですよ」


 そう言って彼女が指さしたのは高台にそびえ立つキャッスルだ。なるほど、あそこまで歩くわけね……確かに二、三十分はかかりそうだ。


「アトラ教の聖地――レミリア大聖堂。アトラ教の総本山です。国内外から信者の方が参拝に見えられるんですよ。それにアトラ教は国教ですから、王家の方も」


 言いながらさりげなく歩調を落とし、俺の横に並んでセシリア。俺のペースに合わせて歩く、ということなのだろう。気遣いができる優しい子だ……しかし美少女と並んで歩くのは緊張するので先に行ってくれていいんだよ? 情けなくてそうとは言えないが。


「そうなんだ……その総本山のシスターってことは、セシリアって結構偉い人?」


「いいえ、私は駆け出しです。シスターとしても、冒険者としても」


 そう言って、彼女は首から提げたロザリオの他にもう一つ、タグのついたペンダントを俺に見せるように掲げた。そのタグはくすんだ銅で――


「ブロンズクラスです。まだ夜回りや野犬退治、警備ぐらいしかできませんが……でも、浄化プリフィケーション除霊ターンアンデッド回復ヒールの魔法が使えるので、ギルドからお声をかけていただくこともあるんですよ」


 それは指名ということだろうか? なんにせよ、ギルドと冒険者の役割がわかってきた。どうやらイメージと大きな違いはなさそうだ。


 ――と、


「きゃっ」


 俺との話に夢中になっていたせいで、セシリアが通行人とぶつかってしまった。俺のほうも聞き入っていて気づかなかった。


「すみません、不注意で――大丈夫ですか?」


 咄嗟に謝罪し、相手を気遣うセシリア。だが相手が悪かった。


「どこに目つけて歩いてんだ!」


「痛えな、姉ちゃん。こりゃ看病してもらわねえとなぁ」


 盛り上がった筋肉を見せつけるような薄着の厳めしい顔の大男が二人、低い声でセシリアに詰め寄る。


 テンプレートな悪党だ。気の弱そうな相手を恫喝し、因縁をつける常套句。まともに取り合う必要はない。


 しかし、素直なのか純真なのか――多分両方だろう――セシリアはおろおろしはじめる。


「ああ、これは申し訳ありません……傷を見せてください。私、回復魔法を使えますので」


「そうかよ、じゃあ俺らの宿でゆっくり看病してもらおうか」


「一晩かけてな」


 薄い笑みを浮かべる男たち。対するセシリアは困ったように、


「そんな大怪我を――すみません、ナルミ様。私、この方たちの治療を――」


 口上の途中の彼女の手を引き、自分の背中に隠すように立ち位置を変える。俺にしては美少女相手に大胆な行動だが、何故だが赤面することも躊躇いもなかった。


「ああ、なんだ、ガキ」


「女の前で格好つけたいのか? そういうのは相手見てやった方がいいぞ?」


 にやにやと俺を見下ろして二人。二人とも俺より頭一つ高いだろうか。体格はプロレスラーのそれ。しかし、恐怖心は湧かない。


「女の子にぶつかって怪我をした? セシリアが怪我したってんならともかく、あんたらのゴツい体は見せかけかよ」


 言ってやると、二人のにやけ顔が険のあるものに変わる。


「いい度胸してんじゃねえか」


「生意気な面しやがって。てめえ覚悟はできてんだろうな?」


 ごきりごきりと拳を鳴らし、二人。背中からはセシリアの声。


「駄目です、ナルミ様……この方たちは丸腰ですが、ゴールドクラスの冒険者――とても敵うような相手ではありません!」


 言われて、二人の胸に金色に輝くタグプレートが下がっているのが目に入った。金――現代オリンピックならゴールドメダル。ゴールドクラスの冒険者がいかほどか定かじゃないが、決して弱くはないのだろう。


 だが、そんなものを首から下げて女の子を恫喝するこいつらが許せなかった。


「でかい体しやがって――往来で女の子を恫喝なんかして、恥ずかしくないのかよ」


「よく言ったな、ガキが!」


 男の一人が激高して殴りかかって来る。読み通りだ――振るわれた拳をかがんで避けて、起き上がり様に腹部めがけて――顔は高くて威力が半減しそうだったから――拳を叩きつける。


「ぐえ――」


「このチビが!」


 それを見た片割れがつかみかかってくる。それも予想通り――つかまれる前に肩から体当たりをして相手の体勢を崩す。


「あんたらがでかいだけだろ――これでも地元じゃ平均なんだよっ!」


 体勢が崩れたところに、体重を乗せた前蹴り。大して効いてないだろうが、崩れた体勢じゃ受けることもままならない。堪えきれずに尻餅をつく男。突如往来で始まった殴り合いに、周囲の人が悲鳴や歓声をあげる。


 自分で言うのもなんだが、俺の目つきの悪さと悪人面は生まれつき――目が合っただけで因縁をつけてくる奴は後を絶たなかった。逃げの一手じゃどうにもならず――負けず嫌いもあって、ケンカの場数じゃそこらのチンピラに負けてない。


 ……だから余計に怖がられたりしたのかなぁ。


「ナルミ様――!」


 セシリアの声が響く。何事かと思った途端、頬に痛みと衝撃が走った。体がぐらりと揺れる。くそ、一人目か――さすがに体格が違う。一発じゃ倒せなかったか――


 しかし、ここで倒れられない。ぐっと足を踏ん張って、力任せに殴り返す。


「っ! このチビ――」


「セシリアに謝れよ、怒鳴ってごめんなさいってな!」


 再び殴られ、殴り返し――目の端で、尻餅をついていた男が起き上がるのが見える。


「来いよ! チビ相手に二対一で恥ずかしくねえってんなら相手になるぞ、冒険者!」


「ぐっ――」


 先んじて声を上げると、二人目の方は憎々しげに動きを止める。衆目の前だ、明らかに体格の違う相手に二人がかりは恥と判断したのだろう。人目がなければともかく、あればこの手の連中は見栄を張る場合が多い。


「上等だ、サシでやったらぁ!」


 対して息巻く一人目。覆い被さるように躍りかかってくる。俺は鉄の味がする唾を吐き捨て、その男を迎え撃った。


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