第1章 異世界転生 ②
引いていた手を放し、セシリアさんは首から提げたロザリオを握りしめた。同時にえも言われぬ圧を感じる。これ攻撃魔法の予兆とかじゃないよな!?
「違う! 俺とアトラは面識があって……おいアトラ! なんとかしてくれお前のせいだろこれ! 今すぐ転生人生終わりそうなんだけど?」
(やれやれ、私は便利なアイテムではありませんよ)
「お前が便利アイテム的に声かけてきたんじゃねえか!」
(仕方ありませんね……この世界の住人とはあまり接触したくないのですが)
頭の中で声が響き、同時にセシリアさんの手の中のロザリオが発光する。
「! 私はまだ、魔法など……」
セシリアさんが驚き、叫ぶ。やっぱ魔法の予兆だったのかよ!
(伝えなさい、ナルミ。それは私の神聖力の滴だと)
「……それは、アトラの……神聖力? 力の一端なんだそうだ」
言われたように伝えると、彼女は握ったロザリオに目を瞠る。
「確かにこの聖なる波動は人間の魔力とは別種の……これは、あなたが?」
「いや、アトラが君にそう伝えろって」
「まさか、アトラ様の神託を!?」
神託というより直接脳内に響く厄介なやつだが。というかそもそも対面しているが。
ついでなので伝える。
「君のことはアトラから聞いたんだ。私の――アトラ教の敬虔な信者だから、彼女を頼れって、君の名前を」
「アトラ様が、私のことを……」
そう呟くとセシリアさんは瞳を潤ませ、その場に跪いた。胸の前で十字をきり、未だ発光し続けるロザリオを包み込むように両手で握り、祈りを捧げる。
「ああ、主よ……感謝します。あなたをこれほど近くに感じたことはありません。この卑小の身には余りある幸福……全ては御心のままに」
うん……この人ちょっと扱いづらい人なのかな? どう声をかけるべきか悩んでいると、セシリアさんはすっと立ち上がった。砂埃で汚れた膝を払い、そして俺に向き直ると再び跪いた。なんで?
「――失礼しました、我が無礼をどうかお許しください、ナルミ様――いえ、使徒様」
「使徒様?」
「先ほどの様子から察するに、ナルミ様はアトラ様に自由に謁見できる立場のお方なのでは? そのようなお方、使徒様とお呼びせずいかようにお呼びすれば」
「いや、もっとフランクなあれだからね?」
「というと、ナルミ様はアトラ様の佳き人なのですか……?」
「全然違うから!」
(相手の好意を確認せずに全否定は相手に失礼ですよ、ナルミ。私がナルミに本気だったら傷つくじゃないですか)
「えっ……あ、ごめん」
(まあ、男性として意識するほどではありませんけれど)
「そりゃそうだろうね! ちょっとお前もう黙っててくれないかな!」
セシリアさんがびくりと震える。
「ああ違う、今のはアトラに……」
「やはり、アトラ様とお言葉を交わす間柄! しかもそのような言葉使いを許されている仲なのですね!」
今度は表情がぱっと輝いた。ああもう! なんていうかもう!
思わず耳を塞ぐが、それでもアトラの声が聞こえる。
(ふふふ。まあ、あまり声をかけてはあなたの為になりませんね。私は天界からあなたのことを見守っています。二度目の人生、悔いのないように……叶うならば、子をなし、あるいは人類を導いて輪廻の輪に戻ってください)
言葉尻は、微かに震え消えいくようだった。これで本当にアトラからの干渉は終わりってことか……? あ、授かった能力とやらの詳細聞いてないぞ!
しかし、アトラからの返事はなかった……一体なんなんだ、俺のチート能力は……
「……ていうか、セシリアさん。そろそろ立ってくれないかな?」
「私のことは、どうぞセシリアとお呼びください」
「……ね、セシリアさん。ほら、人目もあるしさ」
なだめるように言う。行き交う人々とは趣の違う服を着る俺が目の前にシスターを跪かせている図は、中々に人の興味を引くようだ。そこかしこから視線を感じる。
しかしセシリアさんは頭を垂れてその場に跪いたまま。「私のことは呼び捨てで呼んでよね。さん付けで呼んだら返事してあげないんだから!」――そんなことを言うアニメキャラが頭をよぎった。
「……セシリア、とりあえず立とうか」
「はい、使徒様」
すっと立ち上がるセシリア。
「……使徒様は止めようか」
「はい、ナルミ様」
「……様も止めて欲しいな」
「いえ、ナルミ様」
そこは譲らないのかーい。
「俺としては、もっとこう……セシリアさんと、友達みたいになりたいかな、なんて」
「……ナルミ様は、私が私らしく振る舞うことをお望みなのでしょうか」
「……うん、そんな感じかな」
というか、アトラはセシリアに頼れと言った。彼女が俺をナルミ様と呼ぶのは百歩譲ってまあいいとして、四六時中かしこまられたんじゃあ頼れも何もあったもんじゃない。命令と変わらないじゃないか。
そんなこと、できるはずがない。
「俺は、その……実は、この街が初めてなんだ。色々教えて欲しい」
往来の目もある。転生などは置いておいて、とりあえずそう伝えると彼女は僅かに微笑んだ。
「そうでしたか。それでは先にお伝えしたように、近くに教会があります。ナルミ様は怪我はないと仰ってましたが、少しお疲れのように見えます。教会で少し休んでいっては如何ですか? そこで、私にわかることでしたお話させていただきます」
口調はそれほど変わらなかった。それでもだいぶくだけた態度でセシリアが言う。
「うん――ありがとう」
「はい。こちらです、着いてきてくださいね?」
そう言って彼女は微笑み、石畳を歩き出す。どうやら必要以上にかしこまった態度は取らず、『彼女らしく』接してくれるらしい。
俺は安堵を覚えながら、異世界の街を歩き始めた。
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