38 答えは既に出ている
アルヴィは再び実験室に戻った。もちろん、黒獣を討伐する武器を作るためだ。
しかし実験室で待っていたクロエがアルヴィを制止した。
「アルヴィ、何をしようと言うですか?」
「あの黒獣を倒す兵器を開発する。今から二十時間以内だ。その次に――」
「そんなことをしている場合ではありません」
「そんなこと? 君は領主の話を聞いていなかったのか」
「聞いていたからこそです、アルヴィ。我らはこれから〝シュライハズ王国〟の復活をめざし、国土を取り戻すのです。こんなところで異端審問に巻き込まれるなど、時間の無駄でしかありません」
「――そうだな。例えばシュライハズ王国の技術参謀が、小物の領主の脅しに屈して逃げた、というのは今後の王国の運営に支障があるのではないか? それに黒獣はいずれ倒さねばなるまい」
「ものは言いようですね。ですが我々が黒獣を倒したところで、あなたが異端審問を受けることには変わりありません。残された時間を考えれば、今ここで私と旅に出るのが最善でしょう」
「いいや、それは次善だ。最善策は、領主に立ち向うことだ」
そう言う間も、アルヴィはひたすらに手を動かし続けている。
かつて作り上げた銃のパーツや金属加工用の道具を組み上げ、より強力な武器を生みだそうとしているのだ。
「……あなたにしては珍しい。ただ研究できる環境を求めているのでは?」
「俺としても心静かに研究できる環境があればそれで十分だと思っている。しかしこの村は、いかに領主が腐っているとはいえ、我が友の故郷だ。見捨てる訳にはいくまい。異端審問を受ける。村も守る。それが俺が出した答えだ」
「ですから、黒獣を倒したところで……」
反論するクロエのセリフを遮り、アルヴィが告げた。
「次の展開は見えている」
「次の……? それはどういう意味ですか?」
「数秒後に、ミハイロが実験室に駆け込んでくるだろう。そうすれば全てのパーツが揃う」
――どんどんどん!!
屋敷の扉が叩かれ、外からミハイロの声が聞こえてきた。
「まあ……!? どうして分かったのですか?」
アルヴィの予言めいたセリフが的中し、クロエは目を見開いた。
「当然のことだろう。そして友は、ひどく動揺しているはずだ。クロエ、すまないが友の心を落ち着かせる必要がある。紅茶をいれておいてくれないか」
何が何だか分からないが、アルヴィは動くつもりはない。
そう察したクロエは、苦笑しながら肩をすくめた。
「分かりました。今はあなたを信じましょう。ですが王女にお茶をいれさせる配下など、聞いたことがありません」
*
「おーい、アルヴィ! 大変だ!!!」
ミハイロは青ざめた顔で実験室に駆け込んできた。
「あ、アルヴィ、大変だよ!」
「話は既に聞いている。くそ、領主のやつめ……!! こうなったらアルヴィ、君は逃げるべきだ」
「それは駄目だ」
「駄目……? どうしてさ。このままじゃ君は死刑だ。研究もできなくなるんだぞ!」
「領主アーバムは俺が逃げた場合、俺に関係した人間を異端審問にかけるらしい。つまり、君たちだ」
「なっ……何だって!!!」
青ざめていたミハイロの顔が、真っ白になる。
友を守るための言葉が、そのまま自分と家族を殺す言葉になっていたのだ。
「あの悪徳領主め!! こうなったら仕方がない。僕も父さんと母さんに話してくる。みんなで逃げるしかない。ああ、何ということだ。こんなことで一家離散とは…………!!」
しかし一介の武器職人の家族が、突然に住む家から飛び出してしまえば路頭に迷うのは明らかだ。それに異端審問から逃げたとあれば、各地に手配書が回されてしまうだろう。
その選択の先にあるのは、暗い未来だ。
「逃げる……か。それも一つの選択だ。だが俺としてはそれは賛成しない」
「どうしてさ!? このままじゃ君だって……処刑されるんだ。あの領主が正しい裁きをするはずがないだろう! 自分の領地にモンスターを呼び寄せようとするような奴なんだぞ」
「それも一理あるな。だが――ミハイロ、お前はこれからの人生で、『あの邪悪な領主から逃げた』という事実を抱えたまま生きていくことに、耐えられるか。そんなつまらん過去を持つ吟遊詩人の言葉を、誰が聞きたいと思う。そして異端審問よりも厄介なことがある。黒獣などと言う化物がこの村を襲うようだ」
「黒獣……?」
「時間がないから説明は省く。が、モンスター討伐ギルドの手に負えるようなやつではないのは確かだ。間違いなく全滅するだろうな」
「ど、どういうことだよ。その話が本当だとしたら、君はそのモンスターを倒すつもりなのかい!?」
「当然だ。異端審問も受ける。黒獣も倒す。実に面倒だが、これが最適解だ。友の故郷は守るにこしたことはない」
「君というやつは……!! 確かにここは僕の故郷だ。でも、ひどい故郷だ。領主は君を殺そうとしているんだ……!! そんな場所を君は守ろうというのかい!?」
ミハイロは感極まり、涙ぐんでいる。
狂っている、とも言えるようなアルヴィの決断に、勇気に心がふるえている。
しかしアルヴィはどこまでも冷静だった。
「何を感動しているんだ。これはあくまでも、合理的に考えた結果にすぎない。逃げるという結論が出たならば、逃げるまでだ」
「本当なのかい? 異端審問は明日だって言うじゃないか」
アルヴィは何の気負いもなく、ただ一言で答える。
「問題ない。既に答えはでている」
「も、問題ない? そんなはずがないだろう。まさかアルヴィ、本当の本当に狂ってしまったのかい……!?」
「確かにマッドサイエンティスト、などと呼ばれていたこともあるが……友よ。俺は狂ってはいない。俺が問題ないと言えば、問題はないのだ。まったく、俺はただ研究がしたいだけなのだがな。しかしこうなっては仕方があるまい」
どこまでもアルヴィは合理主義だ。
領主に立ち向かう方が、メリットは大きく、勝機もある。
つまるところ、合理性を突き詰め論理的に考えた答えが「立ち向かい、戦うこと」なのだ。アルヴィはただ単純に、そう考えているのだ。
「お茶が入りましたよ……え、大丈夫ですか!?」
クロエが実験室に入ったとたん、驚きの声をあげた。
ミハイロは涙と鼻水を垂らし、大変なことになっていたのだ。
「うう、クロエさん……。恥ずかしいところを見られてしまいました……」
「友よ。とりあえず顔を拭こうか。そして三人で茶を飲もう。その後で、作戦会議だ」
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